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2125/05/05-1 戊辰会

 五月五日は絶対に予定を空けておくように、と実玲に言われたぼくは、帰宅してすぐに鴨山にそのことを確認した。返事は「その通りでございます」――ぼくの言葉を遮らんばかりの勢いだった。

 ぼくはその勢いで、弓依にも詳しいことを尋ねた。


“五月五日は、半年に一度ある戊辰会の総会がある日なの”

「戊辰会?」


 学校にいた時の異常なまでの興奮は、とっくの昔に引っ込んでしまっていた。触手を出しているという、決定的な瞬間を実玲に見られてしまったからだ。人間に復讐すると決めたばかりの頃のぼくなら、それでも実玲を殺していただろう。だが、もうなぜかそんな気にはなれなかった。ぼくは弓依の話を、落ち着き払って聞く。


“あなたが考えている通り、ほとんどの人は地球外生命体なんてオカルトの範囲内でしかないと思ってるわ。でも、本気で存在を信じて、研究を続けている人もいる。そんな人たちを全国から集めてきて、情報交換をするの”


 弓依の生まれた年、2108年の干支は戊辰。それが名前の由来らしい。2121年の創設以来、弓依が会長を務めているそうだ。どうりで弓依が地球外生命体に詳しいわけだ。

 そして今日は、その戊辰会総会の当日。会場は九條家で、ぼくは会長としてみなを出迎えることになっていた。


「どんな人がいるのか、気になる」

“あら。あなたがそんなことを気にするのね”

「どれくらい出席するのかは知らないけど、下手をすれば弓依がすでに死んで、ぼくに擬態されていることを伝えなければならない。そんな話を聞くに耐えうる人物かどうか、ぼくは知っておく必要があるからね」

“実際に会ってからでも遅くないわ。みんな、良識的な人よ”


 ぼくは妙に緊張していた。ぼくのような人間でない存在にも、緊張するという状態はある。全身を覆っている皮膚のハリがなくなって、溶け出していくような感覚。実際はぼくが明確に皮膚を変質させる、という意思を発しない限り溶け出すことはないのだが。


「……ん。誰か来たみたいだ」


 入口での案内は鴨山に任せている。鴨山は戊辰会の副会長。つまり中に入ってぼくに会える時点で、鴨山に認められた戊辰会のメンバーということになる。

 ぼくは会場となるホールの入口から少し顔を出した。そして、最初の来客と目が合う。


「……あ」

「……こんにちは。元気?」


 実玲だった。気まずい空気が一気に流れ込む。鴨山以外でただ一人、ぼくの正体を知っているのだ。他人行儀な雰囲気を、実玲は醸し出していた。


「元気だよ。……話すのは久しぶりだね」

「今日はきっと、たくさんお話することになるわ。よろしくね」


 それだけ言うと、実玲はぼくの横を通り過ぎ、部屋の奥へ行った。


「実玲もメンバーなんだね」

“ええ。言おうか言わないでおこうか、迷ったのだけれど。戊辰会のメンバーの年齢層は大きく二つに分かれているけれど、若い方の取りまとめは実玲がやってくれているの”

「へえ。ぼくの正体を見て大して驚かなかったのは、そういうことだったのか」


 普段から散々地球外生命体の話をしていれば、一度くらい本物を見たところで驚きはしない、ということか。

 地球外生命体についてどれくらいのレベルの議論がなされているのか、ぼくはまだ知らない。どこまでぼくたちのことを把握しているのか分からない。いや、あるいはメンバーの中にすでに殺され、擬態されている人がいるかもしれないが。それならそれで、会った瞬間に分かるだろう。


「こんにちは、会長。お変わりないですか」

「ねえ、今日はどんな話?」

「やっぱり半年に一度でも、こうして普段会わない人たちと会うというのはいいですね。刺激になります」


 実玲が来たのを合図にするかのように、その後は続々とメンバーがやってきた。年齢層は弓依の言うとおり様々。働き盛りの会社員と見えるスーツ姿の男や、カジュアルな格好をした初老の男性、小学校低学年とも見える女の子と、その母親。そこに統一感はなかった。


“あの親子連れの方、めったに来ないの。少しやりづらくなってしまったわね”

「全員参加じゃないんだ」

“あくまで有志の集まりだから、義務はないわ。ただ、一応総会の開催日はなるべく多くの人が来られるようにしているつもり”


 やがて総会開始の五分前に、全員揃ったと鴨山から伝えられた。最後に鴨山を部屋に迎え入れ、ぼくは集まった人たちの方を見た。


「……本日は、お集まりいただきありがとうございます。これより、第八回戊辰会総会の開催といたします」


 鴨山に渡された紙をちらりと見て、ぼくは開会を宣言した。会長が弓依でなくなってから初めての総会が、始まる。



* * *



「ひとまず、同族の匂いは感じないね」

“私の身の回りの犠牲者は、今のところ私だけというわけね。……皮肉なことに”


 総会という名前がついているが、それほど堅苦しいものではなかった。座っている順に、この半年間で地球外生命体に関して何らかの証拠が得られていればそれを発表する。論文を出していればそれを紹介する。それらに関して、ざっくりと議論を行う。その雰囲気はむしろ、和気あいあいと表現するのがふさわしかった。


「みな的外れなことを言っているね」

“やっぱりそうなの?”

「まあ人間側に明確に残している証拠が、送ったメッセージくらいだからね。それも仕方ないか」


 正確に言えば皮膚を新しくする際に、古い皮膚を溶かして捨てているから、それを拾われて証拠にされる可能性はある。ただ、ぼくたちの身体を離れた時点でその皮膚は人間の手垢などと同等の物質に変質するようにできている。それに三日に一度などという頻度で皮膚を交換するのはぼくくらいで、他の個体の皮膚はもっと長持ちだ。ぼくの擬態が下手で、作り出す皮膚が外からの刺激に弱いだけ。


「……しかし、あまり憶測で物を言われるのもいい気分じゃない」

“それなら、正体を明かした方がいいわ。どうせ遅かれ早かれ、分かることだもの”

「仮に言ったとしても、ぼくたちが人間たちを滅ぼす方針は変わらないよ」

“それはどうかしら”

「……どうしてそう言えるのか、そろそろ聞きたいんだけどね。実玲にも同じことを言われてから、かれこれ二週間が経とうとしている」

“私から言うより、実玲や他の人に言ってもらった方が説得力があるの”


 ぼくはあれこれ言い訳して、本当のことを言うのをためらっていた。大人の集まりであるならまだしも、この場には幼い子供もいる。いずれ子供さえも殺して擬態することになるとはいえ、正体を明かしてみせるのはトラウマをわざと植えつけるようで気が引けた。

 そうこうしているうちにすべての報告が終わり、総会はお開きの雰囲気を出し始めていた。そのタイミングで、ふらっと一人の手が上がる。


「会長から、一つ重大な発表があります」


 声の主は実玲だった。ぼくは強制的にその時間が訪れてしまったことを実感して、口を結ぶ。ちらりと鴨山の方を見ると、彼も肩を強張らせていた。

 実玲は高らかに宣言しておいて、その実司会をする気はさらさらないらしく、あとはぼくに任せっきり、といった様子で大人しくなってしまった。ぼくは弓依の遅かれ早かれこうなることは避けられない、という言葉を思い出して、覚悟を決めて立ち上がる。


「これから話すことは、なるべく小さなお子さんには聞いてほしくありません。……小さな人間の子供は、怖がらせることになりかねない。できれば退出してほしい。もし子供が出て行きそうにないなら、親御さんも一緒に出た方がいいと、ぼくは思う」


 途中からは肩の力を抜いて、ぼく本来の話し方になるよう意識した。その変化が伝わったのか、部屋の空気が少しぴりついた。ぼくの言葉とともに、何組かの親子連れが部屋を出て行った。再び扉が閉まるのを見届けてから、ぼくは話を再開した。


「聞いている限り、君たちは地球外生命体の実在性は薄いが、いるものと仮定して話を進めている。だけど、その仮定は意味がない。なぜならぼく自身が、その地球外生命体だからだ」


 ぼくは一度深呼吸してから、右手を触手に変化させた。同時に顔の皮膚の一部も溶かして、その下にある本来の緑色の表皮を見せる。さすがにどよめきが起こる。ぼくが見える範囲では、何人かの女性が目を見開き、口元を手で覆っていた。


「君たちの知っている九條弓依という女は、もうこの世には存在しない。その記憶を引き継いで、ぼくが擬態している。その上で何かぼくに聞きたいことがあれば、答えるよ」


 一瞬だけ、場が静まる。それから周りの様子をうかがうようにぽつぽつと、おそるおそる手が挙がった。

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