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2125/04/22 ぼくが擬態した日

 完璧な計画のはずだった。


 窓の隙間から弓依の部屋に侵入し、殺す。屋敷のもう一人の住人である使用人の鴨山は後回し。使用人が駆けつけてくる前に殺し、擬態し終わればぼくの勝ち。後は転んでしまったなどといくらでも言い訳ができる。対象の人間を殺して記憶を奪った時点で、元の人間の持ち合わせる語彙力の範囲で自由に言葉が使えるようになる。だから擬態し終わった後のぼくは、九條弓依そのものになれるはずだった。


「お嬢様?」


 しかし予想外のことがいくつも起きた。

 まず一瞬で息絶えるはずだった弓依が、想像以上に(もだ)え苦しんだ。ドタバタと弓依が音を立てたせいで、鴨山が早く異変に気づいてしまった。

 もっと予想外だったのは、そこから鴨山が駆けつけてくるまでが一瞬だったことだ。時刻はちょうど正午ごろ、鴨山は昼食の準備をしているはずだった。厨房から弓依の部屋まで、どう頑張って移動しても一分はかかる。そのはずが鴨山は、異変を察知してから一瞬にして部屋の扉を開けたのだ。


「お前……何者だ」


 血まみれで横たわる弓依と、返り血を浴びてその隣に立つ弓依そっくりのぼく。いくらぼくが弓依そっくりに擬態したといっても、弓依の身に何かあったと判断するには十分すぎる状況証拠だった。


「……まさか、バレるとはね」

「お嬢様に何をした!」

「知らなくていいよ。今この瞬間から、ぼくが九條弓依だ」


 鴨山はまだ、ぼくが地球外生命体だということを理解していない。今なら、鴨山も殺せる。ぼくは鴨山の瞬き一度の間に彼に詰め寄って、抱きついた。


「なッ――」


 ぼくは腕だったそれを触手に変化させて、鴨山の口に突っ込んだ。そのまま心臓を握りつぶせば終わりだ。鴨山も何が起きたのか理解できないまま、息絶えるだろう。

 だが、ぼくの触手に違和感が走り抜けた。さっき弓依を殺した時とは、まるで違う感触。心臓があるはずの位置には、何かがある気配さえ感じられなかった。慌てて触手を引っこ抜くと、先端にべっとりと機械油がついていた。油に侵されて、触手が溶け始めていた。


「……ぼくこそ聞きたいよ。君が何者なのか、とね」

「先に答えていただきましょう。弓依お嬢様に危害を加えたのは、あなたですか」


 ぼくは本能的に危機を感じ取って、鴨山と距離を取る。ぼくの胸ぐらをつかんでいた鴨山の右手は、ジュラルミン製のレーザー銃に変質していた。


「家の中で随分と物騒な武器を出すじゃないか」

「家の中で白昼堂々、人を殺す者に言われたくはありませんね」


 鴨山は表情一つ変えず、レーザー銃を一発ぼくに向けて照射した。瞬間、ぼくの左腕が吹っ飛んで床に落ちる。切れた場所から粘液が噴き出すが、それは別に問題ではない。ぼくはきっちり左腕を元通りに再生させてから、両腕を上げた。鴨山の方は驚きを隠せない様子だった。


「降参だよ。そんなもので身体の中心(コア)を撃ち抜かれたら、いくらぼくでもおしまいだ」

「……お嬢様は」

「死んだよ。君も分かっているだろう。ぼくが殺した」


 ぼくは人間が言うところの地球外生命体であること、ぼくたちを無視した人間に仕返しするために、地球を侵略する計画を進めていることを話した。


「……まさか、本当に存在していたとは」

「それはどういう意味?」

「いえ、何でもありませんよ」


 鴨山は意味深なことを言ってから、レーザー銃をもとの右腕に戻した。


「その感じ……人間が開発したロボットか何かだとみたけど。合ってる?」

「ええ。間違いありません。わたしはお嬢様がお生まれになるのと同時に九條家に雇われた、お嬢様専属の使用人。……もっとも、お嬢様が亡くなった今、存在意義を失ってしまったのですがね」


 鴨山の表情は悲しそうだった。当たり前だろう、目の前で主人が死んだのだから。ぼくもある程度の感情なら受け止めることはできる。


「あなたのような――いわばエイリアンが、多数地球にやってきているというわけですか」

「残念だけど、ぼくたちを止めようとしてもムダだよ。ぼくたちは唐突に地球に降り立って、侵略を始めたわけじゃない。正当な方法で交渉しようと試みたし、人間からの返事を五年待ち続けた。その上で、返事は来なかった。君がもしぼくたちの立場だったとして、ぼくたちと同じ行動をしないという保証はあるかい?」

「……なるほど」


 鴨山が少し笑った。ぼくにはその笑顔が理解できない。なぜこのタイミングで笑う?


「人工知能を埋め込まれたロボットであるわたしが言うのもなんですが。あまり、人間を見くびらない方がよろしいと、助言しておきます」

「どういうことだい?」

「すぐに分かりますよ。お嬢様(・・・)



”……鴨山! 無事、なのね”



 その声はぼくのものでも、もちろん鴨山のものでもない。ぼくの体内から、その声は聞こえた。


「何が、どうなってるんだ」

「おそらくあなたは、地位や名声のある人物として、お嬢様を選ばれたのでしょうが……それはどうやら判断ミスのようですよ」

”そうよ。……私は、いつかこの日が来ると思っていた”


 まるでぼくの中に、もう一人誰か別の人がいるような感覚。そして誰かいるのだとすれば、それは一人しかいない。


「九條弓依……生きていたのか」

”あいにくね。私の生命力は、あなたが思っていた以上に強かったようよ”



* * *



 目が覚めた。ぼくとしたことが、本を読んだままうたた寝をしていたらしい。


「またあの夢だよ。よほど、悔しかったんだろうね」


”あら。その言葉の割には、今のあなたはあまり悔しがっているようには見えないのだけど”


 ぼくの身体の中から、ぼくと鴨山にしか聞こえない声がする。紛れもない、人間・九條弓依のものだ。なぜ鴨山にもその声が届くのかは、よく分からないが。


「……そうだね。二か月以上経った今でも、ぼくが君を本当の意味で殺していないのが、何よりの証拠になってしまっている」

”それより、そろそろ入浴はいかが?”

「君から入浴を勧めてくるのは珍しいね」

”突っ伏して枕にしていた右腕。少し、皮膚が溶けているのよ”

「そんなもの、再生させれば終わりじゃないか」

”作り出したタイミングが違えば、少し色が違ってくるんじゃなくて? 鴨山には、あまりみっともない姿を見せたくないの”

「確かにそうだけど。君たちは本当に仲がいい」


 お互い人間だったなら、どれほどよかっただろう。といっても片方は、ぼくが人間でなくしてしまったわけだけど。

 皮膚を作り直すのも簡単じゃないんだよ、と愚痴を言いながら、ぼくは浴室へ向かう。


 人間・九條弓依は、今もぼくの中で自我だけの存在として生き続けている。

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