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2125/12/13 醜さを受け入れて

「どこに行く? もうすぐクリスマスだし、駅前のクリスマスツリーでも見に行こうか」


 ぼくはハンドルを握りながら、後部座席に座る実玲に声をかける。実玲は目を閉じて、穏やかな顔をしている。ぼくはバックミラーでその様子をちらりと確認してから、運転にもう一度集中し直す。

 今いる場所がどこかも分からないまま車を走らせて、海沿いの地方都市にやってきた。その街の中心部に位置する駅を目指す。きらびやかなイルミネーションがケヤキ並木を飾って、まぶしく彩る。真っ暗な夜を少しでも明るい気分にするために、こんなイルミネーションを考えついたのだと思うと、ぼくまで気分が上がってくる。


「クリスマスに向けて、何か催し物でもやっているのかな」


 中心部に入るほんの直前まで、嘘のような田園地帯が続く場所だった。だからイルミネーションがより一層まぶしく見えた。駅の周りはすごい人だかりができていた。ぼくは駅に隣接するショッピングモールの駐車場に車を入れて、実玲をおぶって外に出る。


「……実玲。きれいだね」


 背中にいる実玲は、返事をしない。息もしていない。その身体はすでに冷たく、夜風に当たってひどく冷えていた。

 クレイに乞うた猶予の一時間。ぼくは目を覚まさないままの実玲に、伝えられることを全て伝えた。弓依の親友として十年以上、すぐそばにいた頃の思い出。感謝の気持ち。そんな弓依をぼくが殺してしまってからも、ぼくにイユという名前までくれて、まるでぼくが弓依そのものであるかのように接してくれた。ぼくがだまされていて、人類の文明を引き継ぐという遅すぎる宣言をしても、見守ってくれた。それどころか、ぼくが塞ぎ込んでいる時はいつも、励まして元気づけてくれた。拙い言葉で、ぼくは感謝の気持ちをなるべくたくさん伝えた。


「できれば君にも、このイルミネーションを見てほしかったな」


 その時のぼくの手は、ひどく震えていた。一時間後、本当に実玲を殺さないといけないのか。息もしっかりあって、温かい実玲の手。ぼくは泣いた。気がつけば涙がこぼれ落ちていて、それに気づいてからは涙が止まらなくなった。人間を殺すということが、こんなにも恐ろしいことなのだと、身をもって知った。ぼくは気づくのが、あまりに遅すぎたのだ。


「あと二週間後には、人類がいなくなっているなんて。とても、信じられない」


 もしも実玲が目を覚ましていたなら。ぼくの手で殺されなければならないと知った実玲は、どんな表情をしただろうか。どんな言葉をかけてくれたのだろうか。今となっては、もう分からない。知る手段がない。


 時間だ。いいか。


 きっかり一時間経って、クレイがもう一度部屋に入ってきてそう言った。ぼくは一つだけ、クレイに請うた。


 実玲の遺体は、ぼくが引き取らせてくれ。たとえ実玲が冷たくなっても、それでも実玲のそばにいたい。


 クレイは勝手にしろ、と言いたげな顔だった。


「実玲。……ぼくは、正しかったのかな」


 ぼくは両腕を触手に変えて、実玲の首を絞めて殺した。心臓を貫いて、血を出して死なせるのを、ぼくはひどく恐れていた。ぼくはゆっくりと絞める力を強くしていき、実玲の息がなくなっていくのを見ていた。実玲が完全に息絶えたのを確認すると、クレイはぼくに車のカギを渡してどこかへ行ってしまった。

 ぼくは冷たくなってしまった実玲を、そっと抱きしめた。実玲は自分が殺されたということも知らないまま、亡くなった。そうせざるを得なくなるまで、ぼくは現実を見ないでいたのだ。実玲を人間のまま少しでも生かしておきたいなんて言っていないで、もっと早く殺していれば、何か違ったかもしれない。


「……これが、実玲の見たかった景色かどうかは分からないけど。でも、ぼくは実玲に、この景色を見せたいと思ったんだ。自分勝手かな」


 ぼくはクレイが用意した車に実玲と二人乗って、あてもなく車を走らせた。車を止めてしまうと、ぼくはそのままどうすればいいのか分からなくなってしまいそうで、夜通し走り続けた。そうして着いたのが、今いる駅前のショッピングモールだった。


「結局人間だろうと人間じゃなかろうと、醜いことに変わりはないわけだ」


 ぼくと実玲が連れていかれたあの施設は、つい先日廃止になったと見える小さな診療所だった。山の中の集落の中心部にぽつりとあって、野生動物の気配の方が濃く感じるような場所だった。用意された車でそこを去る直前、クレイとすれ違った。その時に、ぼくは尋ねてみた。


 醜いのは、人間だけなんだろうか。ぼくたちはそうではないと、言い切れるんだろうか。


 クレイは表情一つ変えずに、違うだろうな、と返してきた。結局人類を滅ぼし、地球を自分たちの星にしようとしている時点で、俺たちも十二分に醜い。まず何より自分のことが優先であるところは、人間も俺たちも変わらない。クレイのその言葉は、間違いなく本心からのものだった。


 クレイ。君は、人間を恨んでいるかい。


 ぼくはそのことも問うてみた。今度も即座に、クレイは首を横に振った。


 人間の醜さに憤りを覚えたのは事実だ。しかし同時に、俺たちも醜いということに気づけた。気づいた時にはもう、手遅れだったがな。


 ぼくたちが生き残っていくためには、地球に降り立つことが必要だった。降り立って、人間の理解を得て、共存してゆく。しかしただでさえ増え続ける人口に頭を悩ませるこの世界が、人間よりも数を増やしやすいぼくたちを受け入れられる余裕を持っているとは、到底思えなかったのもまた事実。たとえ人間たちが良心的で、クレイの言う醜さがなかったとしても、受け入れてもらえなかったかもしれない。だから、ぼくをだまして、地球を侵略する宣言をするように仕向けた。


 イユ。お前は全て自分のせいだと思い込んでいるかもしれないが、決してそうではない。たとえお前がリーダーでなくとも。いや、そもそもお前のような性格の奴が存在していなかったとしても、地球という星を見つければ、俺たちは今と同じ道をたどっていただろう。お前はこの言い方を許さないかもしれないが、人間が滅ぶことは、ある種仕方がなかった。だから、お前ひとりが全ての罪を抱え込む必要はない。お前が別の星で、贖罪の意識をもって文明を作り出す必要はない。


「……それでも、ぼくはぼくが犯した罪を、忘れることはないだろうね」


 ぼくは実玲と並んでベンチに腰掛けて、クリスマスツリーを見上げてそうつぶやく。ぼくのことをちらりと見て、足早に去っていく人も。ぼくのことなんて見向きもしないでどこかへ歩いてゆく人も。隣にいる実玲がすでに息絶えているなんて、到底想像がつかないだろう。それくらい実玲は穏やかで、生き生きとした顔をしていた。

 クレイの言う通り、全ての罪をぼくが抱え込む必要はないのかもしれない。でも、ぼくが命令したことで、人類滅亡のタイマーが動き出してしまったのも事実だ。これから先、ぼくが文明を作り出す時も、責任を果たす思いで向き合うことになるだろう。地球という豊かな星を見つけてしまった時から始まった、ぼくの行動が生み出した責任を。


「……実玲。君を連れて行くことはできない」


 ぼくが始めたことだから。そんなぼくが、最後まで自分勝手だったせいで、実玲を殺してしまったから。たとえ連れて行くのが、実玲の記憶を持ったぼくの分身だとしても。地球を出てまで、実玲を巻き込みたくない。実玲が生きていたら、もしかするとぼくと一緒に行きたい、と言い出したかもしれない。それでも、ぼくは実玲を地球に残してゆく。実玲には、ゆっくり休んでほしい。ぼくのことなんて忘れて、天国という世界があるのなら、そこで楽しくやってほしい。


「これは、ぼくが一人でやらなければいけないことなんだ」


 一つ、忠告しておく。俺は多くの味方を巻き込んで、お前をだました。だからお前が俺たちに逆らって、地球を脱出しようとしていると知っても、許す奴も多いだろう。ただ、そうじゃない奴もいる。俺はお前以外の全員を巻き込めたわけではない。中には当初のお前と同じように、今もなおだまされている奴もいる。そいつらはお前が地球を脱出しようとすれば、裏切り者だと糾弾して許さないだろう。そいつらに殺されないように、気をつけた方がいい。


 それが、クレイから受け取った最後の言葉だった。その後ぼくが乗っていけと言われた車のトランクには、実玲がすっぽり入りそうな木箱が積んであった。

 ぼくは実玲とひとしきり写真を撮ってから、実玲をおぶって車に戻る。実玲をそっと抱きかかえて、その箱の中に寝かせて、写真の入った端末を添えてふたを閉めた。


「……実玲。お別れだ」


 またどれくらい運転したかも分からないまま、ぼくは次の目的地に着いた。そこは九條本邸だった。久々に見る家の中は荒れ果てていて、何の気配もなかった。鴨山の気配さえ、近くには感じられない。鴨山は、今どこで何をしているのだろうか。

 ぼくは庭の方に回って、シャベルで穴を掘る。しばらく時間がかかったが、ぼくにとってはあっという間に感じた。そこに実玲の棺を置いて、土をかぶせる。掘った跡がある状態になった後に、ぼくは静かに手を合わせた。


「醜くてもいい。他人を恨んだっていい。それでも、悲しい人が出ない世界を、ぼくは作りたい。……作らないと、いけない」


 ぼくはそう実玲に伝えて、また車を走らせた。

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