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2125/12/11-1 異様な部屋と、特別な人間

「……っ」


 視界が急に明るくなる。目の前は真っ白な天井で、ぼくは少し硬めのベッドの上に寝かされていた。


「ここは……?」


 ぼくの記憶は、トラックに突っ込まれるところで途切れていた。普通の人間なら死んでいるはずのその事故から、ぼくはどうやってこの状態にたどり着いたのだろうか。それが分からずに手を額に当てようとして、手足が拘束されていることを理解した。起き上がることができない。手錠のようなものがはめられて、ベッドに固定されているのを視界の端に捉えた。


「……まあ、この拘束具に意味はないんだけど」


 ぼくは手足をぐにゃりと元の触手に変えて、するりと引き抜き自らの力で自由の身になる。これが人間であれば、そんなにうまくはいかない。こればかりは弓依も、今の自分の身体が人間のものでないことを感謝してくれるだろう。ぼくはベッドの上で座って、周りを見渡す。


「……実玲!」


 やけに白い壁で囲まれ、ベッド以外はろくに物らしい物も置いていない殺風景な部屋。そんな異様な部屋の空気の次にぼくが気づいたのは、ぼくと同じく手足を拘束され、意識を失ったままの実玲の姿だった。多少ケガをしているようだったが、逆に言えばトラックに突っ込まれて負った傷にしてはずいぶんと浅い。


「間に合ったのか。よかった……」


 トラックと衝突するのはもはや避けられない。そう判断した瞬間に、ぼくは実玲をかばうことに集中した。ぼくの身体はいわば、人間の皮膚をまとったグミのようなもので、胸のあたりにあるコアさえ破壊されなければ、全身に大きな衝撃を受けても大した傷にはならない。血が出たり骨が折れたりすることもないし、大抵の場合表皮だけで衝撃を受け止められる。人間の内臓に似た器官は体内に作り出しているが、そもそもそこまで到達しないというわけだ。だからこそ、ぼく自身のことに構わず、人間である実玲を守ることに全力を注げた。それが功を奏したのだ。


「ここは、いったい……」


 実玲が無事だと分かれば、あとは実玲とともに逃げ続ける方法を模索するだけだ。しかしぼくは違和感を覚えていた。今いるこの場所は、いったいどこなのか。病院のようでありながら、醸し出す雰囲気はまるで病院とはかけ離れたものだった。しかもただベッドに寝かせるのではなく、わざわざ拘束している。ぼくたちを捕まえなければならない理由を持った奴がいる。そう考えた瞬間、乱暴に部屋のドアが開いた。


「おいおい何だよ、普通に抜け出してんじゃねえか。わざわざ手足の太さに合わせて調節したってのによ。がっかりさせてくれる」


 ぞろぞろと男四人が部屋に入ってくる。入ってくるというよりは踏み込んでくる、という表現がふさわしい乱暴さで、みな腰やら肩やらに武器をぶら下げていた。弓依の記憶を漁っても会ったことがない四人だと、ぼくは結論づける。


「宇宙人ってのはマジなんだな」


 いかにも屈強な男が発しそうな、強気な言葉。しかしその四人はみな、揃いも揃ってひょろひょろしていた。威勢よくぶら下げた武器も、ただの飾りにしか見えない。そう思った途端、先頭の男に隠れていた特にやせ細った男が、ぼくの額に銃口を押し当てるなり発砲した。


「……っ⁉︎」


 人間の作り出した武器など通用しない。しないのだが、あまりにも突然の出来事にぼくは面食らう。銃弾はそのまま後頭部から抜けて床に転がり、弾の勢いで後ろに弾かれたぼくの頭は、傷一つ残さずに再び前を向く。


「やっぱバケモンだ。頭ぶち抜いてもけろっとしてやがる」

「出会い頭に発砲なんて、ずいぶん物騒な話だね」

「なに、試してみただけさ。死ななかったんだからいいだろ?」


 男たちの考え方がおかしいことは、ぼくにも分かった。もしもぼくが普通の人間だったら、あっさりと死んでいた。死んでしまえば終わりだということさえ、男たちは理解しているのか疑問だ。卑しい笑顔はぼくにそんなことを思わせた。そして同時に、別の疑問を抱く。


「……どうして。人間が、ここにいるんだ?」

「知りたいか。俺たちは特別に認めてもらったんだよ。あの女を捕らえさえすれば、殺されずに済む」


 男たちの態度から、あの事故が偶然ではなく、実玲を狙った故意によるものだと分かった。しかしぼくと同じ臭いはしない。いやというほどの人間臭さが、四人から漂っていた。ただ人間を殺し、その臭いを身にまとっただけでは絶対にあり得ない濃さだった。


「殺されずに済む? 奴らに会ったのか」

「ああ、会ったさ。お前みたいな気持ち悪い、緑色の皮膚をした連中だったよ。正直、擬態した状態でいてくれて助かる」


 そう言われてぼくは、改めて寝ていたベッドを見る。事故で負った傷の名残か、深緑の皮膚片がちらほらシーツの上に落ちていた。


「……出会っておいて、殺されない人間がいるとは。驚きだよ」

「あくまで交渉さ。あの女を捕まえさえすりゃ、俺たちは生き延びられる。どこのどいつかは知らねえが、”クレイ”が殺せと言えば、俺たちはいつでもあの女を殺す準備ができてる」


 男たちの顔はすでに、安堵で緩み切っていた。それでぼくは悟る。今殺されなくとも、クリスマスには死んでしまうことを知らないのだ。あるいは聞かされた上で、今生き延びることを優先したのかもしれないが。しかし男たちがそんな複雑な事情を抱えて動いているとは、到底思えなかった。


「実玲を殺すつもりなら、容赦はしない」

「できるのか? 俺たちを殺すことは簡単かもしれねえが、”クレイ”が黙ってねえ。きっとあんたを、一瞬のうちに消してしまうだろうよ」


 そう言いながら、男たちのうちの一人が実玲の額に銃口をぐりぐりと押し当てる。実玲が目を覚ます気配はない。


「やめろ……!」

「おっと、動くなよ。動いたら撃つ。俺たちをもっと安全な場所に案内してくれるってんなら、考えてやってもいいがな」

「……安全な場所」


 そんなところがあれば、地球の侵略などとうの昔に頓挫している。今この地球上で、本当に死ぬ危険性のない場所などないのではないか。奴らは人間かそうでないかを臭いで区別している。はなから人間に勝ち目はないのだ。


「どうする? ここには食糧も山ほどあるが、お前が要求を飲まねえならそれも全部パーだ。賢い選択をしろよ」

「……分かった。案内する」


「その必要はない」


 ぼくでもない、男たちでもない、もちろん実玲でもない。人間の女性独特の高い声が、その場に響いた。


「なんだよ“クレイ”、話はまだ」


 その瞬間、目の前に立っていた男四人の心臓のあたりから、触手が生えた。ぼくからはそう見えたが、なす術もなく男たちがその場に倒れ息絶えた時に、その認識が間違っていると分かった。全員同時に、触手で心臓を貫かれて死んだのだ。


「……お前か、“クレイ”っていうのは」

「ずいぶん他人行儀だな。俺とお前は、一度話したことがあるぞ?」


 女性の姿をし、高い声を出しながら、一人称は男性そのもの。時代が時代であれば、そういう人間もいるのだと思われたことだろう。しかし、今は違う。


「あいにくぼくは、物覚えが悪いんだ。ちゃんと名乗ってくれないと分からない」

「薄情な話だ。故郷では散々、お前とやり合ったというのに」


 それでぼくは思い出す。かつての友であり、ぼくたちの種族の中で強さを競い合っていたライバル。ぼくがほとんど一番だったとすれば、目の前のこいつはほぼ二番。そして、五月の戊辰会の日、ぼくがだまされていたことを伝えた張本人。


「……なるほど。しかしここに来て、それぞれ全く変わり果てた姿で出会うことになるとはね」

「全くだ。それも、双方女とはな。嗜好まで同じ道を行くとは」


 まぶしいほどの金色をした、パーマで縮れた髪。服装も軍人のそれに近く、ともすればかっこいい女と見えるそいつ――クレイが、ぼくに積もる話をしようと提案する。クレイが適当に男たちの遺体を部屋の端にやり、ぼくから実玲が見えなくなるような形で、どかりと用意した椅子に座る。実玲の身の安全がまだ保証されていない。ぼくはクレイに従うしかなかった。

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