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2125/09/07-1 弓依の両親

 結局実玲とは花火大会くらいしか思い出を作れずに、夏休みが終わってしまった。夏休みというのは不思議なもので、それ自身が長いがゆえに、その後の期間も長いのだと錯覚させられてしまう。実際一学期に比べ夏休み明けにやってくる二学期は若干長いのだが、人類滅亡までのタイムリミットを同じように考えるわけにはいかない。ぼくに残された時間は、もうわずかしかない。


「……見つかったよ」


 レイミからそう言われたのは、九月の初めの方だった。ぼくがレイミを生み出して以来、彼女はずっと鴨山が用意した空き部屋にこもって、地球の代わりになる星を探してくれていた。レイミの生活リズムは、ぼくもよく知らない。食事やその他ぼくが鴨山にしてもらっているような身の回りの世話は同じく鴨山がやっている。レイミにはせめて何日かに一度は皮膚の交換という意味でお風呂に入った方がいい、と忠告し、レイミもそれを守っているようだが、時間帯はぼくが寝てしまった夜遅く。この数ヶ月の間、昼間にレイミに会うことはほとんどなかった。すなわち、昼夜逆転の生活だ。


「見つかったって、何が?」

「地球に代わる、新しい星だよ。当たり前じゃん」


 さも当然のようにレイミは言う。しかしぼくは喜ぶでもなく、ただただ驚いていた。


「……けれど、それにはどれくらい時間がかかるか分からないって」

「だからだよ。偶然にも、早く見つかったんだ。よかったね」


 レイミに教えられたその星は、太陽系などとうに越えた先にある惑星だった。わし座の一等星、アルタイルを中心に公転しているのだという。人間がそんなものを発見しているのかどうかは知らないが、レイミによれば確かに存在するらしい。


「詳しい原理は行ってみないと分からないけど、水や微生物が存在して、植物に似たものが自生しているよ。しばらく無性生殖をして命をつなげば、やがては人間の文明をそこに再生させて、第二の地球を作り出すこともできるとボクは思ったんだけど」

「うん……確かに、そうだね」


 ぼくはレイミが得た情報を受け取って、その一つ一つをじっくりと確認する。さすがに地球と完全に同じ環境の星があることは期待していなかったが、生命が継続的に暮らすことのできる星、という条件ならば、距離は離れているにせよ見つかるだろう、と思っていた。思っていたのだが、やはり実際に見つかると驚きと喜びが混じったような、そんな気分になる。こんな複雑な感情に浸ることができるのも、弓依のおかげなのだろうか。


「……ありがとう。レイミを生み出していなかったら、きっとこうはならなかったね」

「ホントだよ。もっと感謝してもらわないと」


 見つかってすっきりしたし、ひとっ風呂浴びてくる。レイミはそう告げて、浴室の方へ消えていった。


”……見つかったのはいいけれど、そこへ行く手立てはあるの”

「あるさ。その心配は、ないんだ」


 弓依が心配したのか、そう言った。実際心配はない。人間の技術に似たものをぼくたちも作り出していて、その技術を使ってぼくたちは故郷の星を脱出し、地球に着陸した。その時に使った船はまだ保存してあるし、今すぐにでも置いてある場所に行って、飛び立つこともできる。ぼくが単に、クリスマスの日ギリギリまで人間の文明を吸収したいと、わがままを言っているだけなのだ。


”……わがままでは、ないわ。例の日ギリギリに地球を脱出したとして上手くいくなら、それに越したことはないもの”

「もちろんリスクはある。今は少しずつ人間を殺して擬態しているけど、クリスマスの日はきっと一度に大量の犠牲者が出る。ぼくの元仲間が一斉に正体をあらわにして、まだ生きている人間を襲い始める。そんな中でこっそり移動して、地球を脱出するんだ。そうすんなり上手くいくとは、ぼくには思えない」

”それは、そうね”


 もっと早く、例えば十二月の頭には地球を発ってしまおうか、とも考えた。実玲にあの花火大会の日、言われたことに影響された。


「イユちゃんには、イユちゃんが思う、人間の文明よりいい文明を作ってほしい」


 新しい文明を、ぼくの手で作り出す。考えたこともないそんな話に、ぼくはひどく影響された。もちろん、一言にいい文明と言ってもいろいろ形はある。ひたすらに便利で、単純労働の類をせず、機械に全てその役割を委ねて楽をする、というのも人によってはいい文明かもしれない。あるいははるか昔、人類が農耕社会の中で生きていた頃をよしとする人間もいるだろう。だからこそ、『ぼくが思う』いい文明、と実玲は言ったのだ。


「……ぼくに『いい文明』が何なのか、分かるわけがないよ。ぼくは、人間じゃないんだ」


 ぼくが人間でないこと。それは解決のしようもない問題だ。どれだけぼくが努力を重ねようとも、完全な人間になることはできない。例えばぼくが有性生殖をして子孫を残していく過程で、人間に近づくような進化を遂げてゆけば、話は別かもしれない。しかしそれでは、途方もない時間がかかってしまう。

 ぼくにとっての『いい文明』が一体何なのか。どうすれば、人間の文明のように形を変えながら、よりよい方向へと変化してゆく前向きな文明を作り出すことができるのか。きっとそれが、あと三か月で探していかなければならないことだし、探してほしいと実玲が思っていることなのだ。


「どうすれば、分かるんだろうか」


 ぼくは鴨山に買うよう頼んだ本を漁る。多すぎて積み上げてしまうほどがいい。これまでは人それぞれの記憶を受け継いでいたが、きっとそろそろ出会った人間が人間でない可能性の方が高くなってくる。その場合、記憶は引き継げない。それならば、世に出ている本を読み漁って、知識を蓄えていった方がいいのではないか。ぼくはそう考えるようになった。


「……お嬢様。コーヒーをお持ちいたしました」

「ありがとう。……どうしたの」

「それが」


 ぼくが弓依を殺して、イユとして生き始めてからも、鴨山の接し方は変わらない。ぼくが書斎にこもって本を読んでいると、ちょうど休憩しようか、と思ったタイミングでコーヒーを持ってきてくれる。弓依にそうしていたように、ぼくの身の回りの世話も変わらずやってくれる。

 そんな鴨山の表情が、この日ばかりは不安げだった。


「お嬢様のご両親が、今日お帰りになると連絡が」

「……今日?」


 ぼくの、否、弓依の両親は普段海外で仕事をしていて、一年に一度日本に帰ってくるかどうか、というところ。しかし帰ってくるならば普通、事前に連絡を寄越してくるものだろう、ということはぼくにも分かるし、そもそも弓依の記憶によれば、いつもこの時期に帰ってくることはない。前回日本に帰ってきたのは去年の十一月。両親にとって九月というのは非常に立て込んでいるらしく、帰ってくることはおろか、向こうにある家に帰ることすら難しい。そんな二人がこのタイミングを選んで、わざわざ娘のぼくに会いに来るなんて。


「……あるいは、お嬢様を海外の方へお連れになるおつもりなのかもしれません。娘を一人日本に残すということが、非効率であるという見方も十分考えられます」

「それはできれば、やめてもらいたいな。日本国内と海外とでは大違いだ。空港に降り立った瞬間、ぼくの元仲間に遭遇する可能性すらある」


 おそらく元の人間が殺され、擬態されている割合としては、日本とそう変わらない。ただ、総人口が違う。となると同じ割合でも、擬態した連中の絶対数は多くなる。空港の職員がまだ全員殺されずに済んでいるという保証は、どこにもない。


「それで、いつ帰ってくるって?」

「先ほど空港に着いたと連絡を受けました」

「……それはまた、急な話だ」


 よほど急に決めたのだろうか。しかしそれは弓依の両親にはあり得ないことだと、記憶が告げている。


「これで今日が休日でなかったら、あるいはぼくに予定があったら、どうするつもりだったんだろうね」

「ええ……もちろん、今日は予定のない休日だとご存知だった可能性もありますが」


 戊辰会のメンバーはすでにぼくが弓依でないことを知っているが、両親はそうではない。その話をどう切り出すべきか、それとも言わないままにしておくべきか――ぼくはそんなことを考える。話すにしても、どう打ち明ければいいのか。そんなことを考えているうちに、二人とも帰ってきてしまった。


「ただいま、弓依」

「おかえりなさい、二人とも」


 ぼくはそこで初めて、弓依の記憶でしか情報を得られなかった弓依の両親を目の当たりにした。そして同時に、勘付いて互いにはっと顔を見合わせる。


「……片付けをして落ち着いたら、少し話をしましょうか」

「……うん」


 ぼくは母とそのことを約束して、いったん自分の書斎に戻る。それから、一通り両親の手伝いを終えた鴨山を呼び出した。


「はい。何のご用でしょう」

「いいかい。今から言うことを、落ち着いて聞いてほしい」


 ぼくはわざわざそう前置きしてから、鴨山に告げる。その事実はぼくにしか分からないことで、鴨山はなお首をかしげていた。ぼくは息を一つ吸ってから、口を開く。


「あの二人は、もう人間じゃない。すでに殺されて、擬態されている」

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