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2125/08/11-2 ぼくの思う、文明の形

「……もしかしたら、イユちゃんが人間の文明を保存するために、そこまでやる必要はないんじゃないかって、そう思うの」

「……どうして?」


 ぼくは実玲の言葉の意味を瞬時に理解して、聞き返す。しかしぼくは落ち着いているようで、内心ではひどく動揺していた。それが実玲の本心なのだとすれば、ぼくがこれまでやってきたことを全て否定することになるからだ。


「私や弓依は、イユちゃんが人間じゃないことを、知ってるわけでしょ? 確かに元々は関係なかったはずのあなたが、そこまで人間に興味を持って寄り添って、文明を引き継ぐって言ってくれるのは、嬉しいの」

「ぼくのような部外者が、人間の文明を引き継ぐのはおこがましいっていうのかい?」

「そうじゃないよ」


 きっぱりと実玲が言う。そこだけは誤解してほしくない、という思いが、ぼくにも伝わった。


「人間の文明ってさ。今まで人間が経験してきたことを全部、反映してると思うの。技術の発展とか、生活水準の改善とか。人間が幾度となく繰り返してきた戦争だって、今ある文化のどこかには影響してる。昔あった戦争がなければ、あるいは負けていたはずの戦いに勝っていれば。きっと、全然違う文明になってたと思う」

「……そうだね」

「人間の文明って、そうやって試行錯誤を繰り返してできたものだと思うの。だからイユちゃんたち人間じゃない存在から見れば、まだ非効率なところとか、欠点とか。いろいろ見つけられるはず。新しくイユちゃんが人間の文明を引き継いでくれるなら、そんな悪いところまでコピーする必要はないのかな、って」


 ぼくは実玲の考えをゆっくりと咀嚼(そしゃく)する。それは時間のかかる作業で、電車に乗り、目的の駅で降りて改札を抜けるまで続いた。

 駅を降りてから花火会場までは、そう遠くなかった。会場に着くとすでにちらほら人がいて、露店の前にたむろしたり、すでに場所取りを終えて友人や家族と談笑したりしていた。この中に人間がもうすぐ滅んでしまうことを知っている人が、どれだけいるのだろうか。いや、そもそもこの人たちの中のいったいどれだけが、すでに犠牲になっているのだろうか。


「……実玲の言いたいことは、おおまかには分かったよ。でも、それならぼくはこれから、どうすればいい?」

「何もしなくていいよ。イユちゃんはもう、十分頑張ったんだから」

「今ある人間の文明はどうなるのさ。過去の人間たちが築いてきた文化は、たぶんこれからも残る。その記録まで消し去ることは、さすがにしないと思う。だけど今生きている人間が形作ってきた文化は、滅ぼさなければ彼らが安定して暮らせない。彼らに合った、新しい文明を作り直さないといけない。ぼくが仮に真実に気づかずに、人間を滅ぼす道を行っていたとしても、きっとそう考えた」

「私ね」


 思わずまくし立ててしまうぼくに、実玲は静かに言う。その目、顔には、諦めに似たものが浮かんでいた。


「……弓依がもう殺されてて、イユちゃんが擬態してるんだって言われて。それから何か月も、イユちゃんと一緒に過ごしてきたけれど。私たちが何としてでもイユちゃんに引き継いでほしいって思ってた文明って、いったい何だったんだろうなって思うようになったの」

「……ぼくは人間の文明にたくさん触れてきて、それがいかに素晴らしいもので、歴史の途方もない積み重ねでできているってことを知った。先祖からの記憶こそ受け継いでいるけど、文明らしい文明なんて築いてこなかったぼくたちとは違うんだ。今この瞬間実玲が生きていることさえ、文明の一端なんだよ。引き継ぐだけの価値があると、ぼくは思えるんだ」

「引き継ぐって、コピーするってこと?」


 ふと、当たり前のようにも聞こえる疑問を、実玲が投げかけてくる。その意図が分からないまま、ぼくは答えを返す。


「そうだよ。きっと今ある人間の文明は滅ぶ。世界の誰も記録していない文明は、優先的に消されるはずだ。せめてそれだけでも、ぼくの手で残していきたい」

「……私ね。イユちゃんが完全に、百パーセントコピーする必要はないんじゃないかって、そう思うの。例えば人間がどんな生活をしているのか、その情報をベースに新しい文明をイユちゃんに作ってほしいな、なんて」

「……新しい、文明」


 考えたこともなかった。ぼくは人間の文明を違う星で、いかに正確に再現するかということばかり考えていた。そうすれば人間の文明が実質的になくなることはない。ぼくは人間が滅ぶ原因を作ってしまった責任を取って、死ぬまで人間の文明を引き継ぐ作業をすると誓った。それで、何とか罪滅ぼしができるのではないかと思っていた。


「私たち人間だって、地球の歴史から見れば新参者、なんて話があるの。人間の文明が今ここまで発展してるのも、これまで栄えてきた種族たちの文明が下敷きになってこそ。恐竜が築いていた生活が私たちのそれとまるで違うのは、より便利に、より効率的に文明が発展してきたから。でも、もしもイユちゃんが人間の文明をそっくりそのままコピーしたら、文明が発展するのは望めなくなる」


 実玲は本当に諦めているらしかった。いや、諦めているのではないのか。少なくとも、人間の文明をそのままの形でぼくが引き継ぐことは望んでいない。


「イユちゃんには、イユちゃんが思う、人間の文明よりいい文明を作ってほしい。人間が滅ぶことになったのはきっと、文明としては不十分なものしか、人間が作れていなかったからだから」

「……ぼくは、そうは思わないよ。結果として、人間が今作り出している文明は不十分なのかもしれない。けれど、現状に満足しながら、それでもなおより快適で便利な生活を求めている限り、その文明は十分すぎるほどだよ」


 ぼくたちの行動は、お祭りに来た女子高生二人として何ら違和感のないものだった。夜店で気になったものの前で止まって、くじ引きをしたり、フランクフルトを食べたり。福玉焼を買って、二人でつまんだり。けれど話の内容はとてつもなく重い。実玲にとっても、弓依にとっても大切なこの日を、そんな雰囲気にしていいのかと、ぼくは今さらながら心配になる。


「……私ね」


 夢中になって屋台巡りをしていると、花火の打ち上げの時間がいつの間にか近づいていた。ぼくたちは適当に花火が見える位置に移動して、その時を待つ。人はたくさんいたが、立ちっぱなしなら何とか場所を確保することができた。そして二人でまだ花火の気配もない夜空を見上げた時、実玲が言った。


「最初に花火大会に来た時、お父さんともお母さんともはぐれちゃって。どこに行ったかも分からないし、迷子になったらその場を動くな、っていうお母さんの忠告も、すっかり忘れてた。ただ、お父さんとお母さんを探すしかなくて。そんな時なんだよね。鴨山さんに連れられた弓依が、私を見つけてくれたの」

「……うん。弓依の記憶にも、鮮明に残っているよ」

「私、その時のことずっと覚えてて。弓依と鴨山さんが、お父さんとお母さんを一緒に探してくれて。見つかった後、弓依の名前を聞いて。夏休み明けに学校で会って、家が近くだって知って。友達になろう、なんて言ってくれて……」


 実玲は涙目になっていた。ぼくはその時を経験していないから、一緒に涙を流すことも、共感することもできない。ただ、弓依と記憶を共有して、その思い出に遅れて浸ることはできる。


「……私、弓依に出会えてよかった。イユちゃんが別の星に行くってことは、弓依もイユちゃんの心の中で生きたままなんだよね?」

「そうだね。ぼくが寿命で死ぬずっと先まで、弓依とは一緒に生きていくことになる」

「……弓依を、よろしくね」


 実玲の言葉を合図にしたかのように、ちょうど花火が打ち上がった。しばらく都内でも有数の打ち上げ数だという花火を、二人で見つめる。


「……あはは。弓依の前で、こんな顔しちゃダメだよね」


 そう言った時の実玲の顔。悲しさや寂しさ、それら少し後ろ向きの感情を全部ごちゃ混ぜにしたような顔を、ぼくはこれから一生忘れないだろう。

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