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2125/05/24 イユと実玲

「ある程度、今月中に都合がつきそうなんだって。よかったね」


 戊辰会のメンバーを再び招集することになった。……といっても、臨時の総会を開くとなると大規模になるし、世間ではゴールデンウィークが明けたばかりでみな忙しい。都合のつく人から順番に日時を指定して会ってはどうか、と鴨山から提案を受けた。実はぼくとしてもその提案はありがたかった。戊辰会のメンバーには、正体を見せた直後に取り乱して以来会っていない。そんな状態で大勢来てもらって、改めて姿を見せるのは、ぼくが耐えられない。


「そうだね。ありがとう、実玲」

「ねえ」


 戊辰会は設立からまだ四年ほどしか経っていない、組織としては新米の部類に入る。しかし日本国内にとどまる規模でありながら、メンバーは案外に多い。サラリーマンの父親と専業主婦の母親、幼稚園くらいの息子の三人家族で、漫才や落語を聞きにくるような感覚で戊辰会の総会にやってくる人たちもいる。一方で、普段は全く関係のない分野の研究をしていながら、休日は趣味でオカルトの勉強をし、調査のためなら僻地に行くこともためらわない、変わった研究者もいる。要は様々な背景を持った人間がいる。

 だからこそ、連絡をとって都合を合わせるのも手間なのだ。その役目を、実玲と鴨山は進んでやってくれた。ぼくは心優しい人間と機械生命体と友好関係を結べていることに、素直に感謝する。


「なんだい」

「もっと、あなたのことを知りたいの。私、オカルト研究会の会長やってるけど、本物の地球外生命体をこの目で見るのはさすがに初めてだから。あなたのことを利用するとかじゃなくて、単純に知識として知っておきたくて」

「……実玲。君は自分たち人間が、すでに利用されている側だということをもう少し理解した方がいい」


 ぼくは立ち上がって、別の部屋に移動する。普段は家の中でもお気に入りの制服を着ているが、正体を見せる準備のために着替えるのだ。前の戊辰会総会で何のためらいもなく人間の皮膚を脱ぎ捨て、本来の表皮を現してしまったおかげで、皮膚のかけらや表皮から出る粘液で制服を盛大に汚してしまった。鴨山と協力して一生懸命洗ってみたのだが、いっこうに汚れが取れる様子はなく、処分せざるを得なかった。


“実玲の無茶振り、拒否はしないのね”

「断っても仕方ないさ。ぼくは弓依の感受性なんかも引き継いでいるわけなんだけど、どういうわけか弓依にはあるはずの羞恥心はほとんど欠けてる。人前で服を脱ぐことが犯罪なのは常識として理解しているけど、恥ずかしいと思うことはない。同様に、気心の知れた実玲に正体を現すことは、別段ぼくにとって不快ではないから」


 そう言っている間にも、ぼくは半袖のシャツとホットパンツに着替えた。ぼくが擬態してからは家でも制服を着るようになったが、人間の頃の弓依は、よくラフな格好をしていたらしい。こんな肌が見える服は外行きには着れないな、とぼくは思いながら、再び実玲の待つ書斎に戻る。


「……すごい。弓依のその格好、久しぶりに見た」

「君は、今ぼくが九條弓依ではないことも理解した方がいいね」

「ごめんなさい。やっぱり、弓依が死んだって話、まだ心のどこかで受け止めきれてないのかも」

「問題ないよ。ぼくが弓依の姿をしている以上、それは仕方ないことだから」


 それと、とぼくは実玲に付け加えて言った。


「正直ぼくが正体を他人に見せるのはためらわない。けど、一つ約束してほしいことがある」

「なに?」

「ぼくのことを、イユと呼んでほしい。ぼくは弓依じゃない。弓依の姿こそしているけれど、名前までうやむやにすればぼくにも、実玲のためにもよくないと思う」

「なるほどね」


 なんだかんだ言って、ぼくは弓依にもらったこの名前を気に入っているらしい。それはきっと、名前をつけてもらう、という形を取ったからだ。

 ぼくたちには基本的に、親というものが存在しない。無性生殖で分裂して数を増やすからだ。有性生殖で増えるのは、本当に種の存続が危ぶまれて、絶滅の危機が迫った時のみ。だから名前をつけてもらうというのは、ぼくたちにはあり得ない話。


「約束するよ、……イユ」

「うん」


 それを合図にして、ぼくは正体を現す。人間のものだった皮膚はその場に溶け出し、ぽたぽたとこぼれ落ちる。それは刷毛から滴るペンキのようだった。同時に、ぼくの本当の表皮が露わになる。暗い緑色がベースのごつごつした見た目。人間の皮膚に比べれば、随分グロテスクというべきか。


「腕だけ?」

「全身をやってもぼくは構わないけれど、実玲のためにはおすすめしないよ」

「……他に見せられそうなところはあるの?」

「あるよ」


 今度は皮膚をはがすことなく、頭部の角を見せる。これはかわいいものだ。見た目は地球外生命体というより、は虫類の方が近い。地球でもは虫類である恐竜がしばらく覇権を握ったというから、ぼくたちも長い年月をかけて、は虫類に近い形に進化してきたのかもしれない。もっとも無性生殖と有性生殖についての捉え方は、地球の生物とは真逆だったようだが。


「……実玲」

「なに?」

「詳細に観察しているところ悪いんだけど。気持ち悪くはないのかい?」

「どうして?」

「君の目の前にいるぼくが、地球の生物ではないところを見せつけているんだ。単純に、気になった」

「本当のことを言っていい?」

「うん」


 いっそのこと気持ち悪いと言ってくれた方が、気が楽だった。ついこの間までそんなことは考えもしなかったのに、人間の文明を少しずつ吸収すると弓依と約束してから、どうもそうやって後ろ向きに考えることが多くなった気がする。

 しかし実玲は、そんなマイナスの言葉など一切口にしなかった。


「気持ち悪くなんかないよ。イユはイユで、それ以上でもそれ以下でもない。姿形は弓依だけど、弓依と比べるのはおかしいでしょ?」

「……みんな、そう思ってくれるといいんだけどね」


 実玲はしばらくまじまじとぼくの身体を観察した後、少し離れて丁寧にお辞儀をした。


「ありがとう。こんなことまでしてもらって」

「別に問題ないよ。……ただ、代償を少し払ってもらおうかな」

「代償?」


 ぼくは実玲が戸惑っているうちに、触手を伸ばして実玲の腕に差し込んだ。


「え……?」


 嘘でしょ、という実玲の表情をよそに、ぼくは目的を達成する。数秒で触手を抜いた。


「ど、どういうこと」

「心配は要らないよ。少し実玲の血をもらっただけ」

「血を?」

「人間の文明を引き継いでいくために、いろんな人間の記憶をコピーする必要がある話はしたでしょ? 本人から話を聞くのでも構わないけど、実は血を少し分けてもらう方が手っ取り早いんだ」


 実際は、血液でなくとも体液ならばどれでもいい。が、血液を採るのが一番リスキーでないとぼくは理解している。


「つまりイユは今、私の記憶をコピーしたってこと?」

「うん。一般的な日本の女子高校生の記憶サンプルが一つ、採取できたね」

「なんか、そう言われると複雑なような……」

「戊辰会にも女子高校生はいくらかいるみたいだから、より一般化できるよ。将来実玲そっくりの存在が生まれる確率は低い。心配は無用だよ」


 そうやって記憶のコピーを繰り返した末に、ぼくが何をするのか。考えている方法は、一つだ。


「……少なくとも、太陽系にはないね。仮にお目当てが見つかっても、ボクたちは途方もない旅をしないといけないかもよ?」

「いいんだ。引き続き、探してほしい」

「りょーかい」


 頭の中で、ぼくは別の個体と会話をする。二体間のみでの会話。人間を滅ぼすことになっているぼくたちが、してはならない話だ。

 ぼくは人間を殺すことなく、無性生殖で一体、この世に存在しない人間に擬態した個体を生み出した。レイミ、と名付けた彼女には、今地球に近い環境の星の検索を頼んでいる。見つかる保証はない。それでも、探すしかないのだ。

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