3-1:地の国 サイフォン
獣と魔獣の違いは、精霊術を使うか否かだ。
強力な精霊術を使うものほど知能が高いと言われている。
キーラのハルも風の精霊術を操るため、脚に纏うことで風のように走ることができる。そう、まさに今のように!
「いやあああああっ……」
ナタリアの絶叫が草原を駆け抜けていった。
3頭の魔物は、ツノが特徴的なトナカイに似た姿をしている。
こげ茶の体毛に緑色のたてがみ、カクッと手前に折れ曲がった巨大なツノは体長ほども長く、厚みがある。
この魔物はツノを後ろに引かれると前に進もうとする習性があり、怪力なのだが、その上風の精霊術を扱うので、ものを引かせると右に出るものはいない。
とはいうものの操縦が非常に難しいことと、荷物も人もスピードに耐えられないことから、滅多に使われることないのだが。
「ひゅーっ、すごいな、ナタリア!」
「無理いいい、死んじゃうううううっ!!」
楽しそうにトナカイの引くそりに揺られているウォーレスと、瀕死のナタリア。並走しながら眺めているとウォーレスが手を振ってきたので、キーラも片手を離して振り返した。
かなりのスピードが出ているが、ハルはまだ余裕がありそうだ。巻き起こる風が草原の葉を空に舞い上げていく。
「気持ちいいねー、ハル!」
「グルッ」
ハルが操る風は、綺麗にキーラを避けて流れていくので、頰に当たる風は柔らかい。
何度も乗せているうちにコツを掴んだらしかった。キーラのハルは賢くてとても優しい魔物なのだ。
ちなみに、シャーリーは神子姫なので国を離れられない。
神子姫は国の象徴的な存在で、立ち位置的には今向かっているサイフォンでいう聖獣に近いため、世界よりも国民を第一に考えなければならないのだ。
その代わりと言ってはなんだが、トパースの騎士をひとり付けてくれた。それが今先頭を走るトナカイの背で手綱を取っている巨躯の男である。
頭の高いところで括った長い金の髪に、アッシュゴールドの瞳。ウォーレス同様に鎖帷子を着て、その上からトパースの紋章が金で刺繍された黒のサーコートを身に付けている。
そして背中には体長を超える分厚い大剣を背負っていた。
今は風除けのためか目元を覆うヘルムを被っている。
そりを追い越して隣に並ぶと、フッとその口元が緩んだ。
トナカイの背中はかなり揺れるだろうに、腹を太腿で固定して上手く操っている。なんでもこのそりを扱えるのは国内でこの人だけなのだとか。まぁ、好きで乗ろうと思うのなんてこの人くらいしかいないだろう。生粋のスピード狂なのである。
昼前に出発した英雄一行は、日が暮れるギリギリに滑り込みで入国を果たした。
グロッキーなナタリアはともかく、そりを楽しんでいたウォーレスもさすがに腰を右に左にほぐしていた。
「いい相棒だな、少年」
ヘルムを外した騎士の人が低い声でキーラに声を掛けてきた。
彫りの深い顔立ちには高貴さが滲んでいる。汗すらも不思議と下品さを感じさせない。
キーラと並ぶとみぞおちほどまでしか届かないその人を見上げて、キーラも笑い返した。
「はい、自慢の相棒です!」
おすわりしているハルがツンと鼻先を上げて尻尾を振った。
その様子にくすくす笑って、彼はトナカイの首を撫でた。
「私もこいつが自慢の相棒だよ。
さて、神子姫様が王城に先触れを飛ばしてくれているはずだが」
その後慌てて迎えに来たお城の使いの人に案内されて、入城した。やはり聖獣がいなくなったせいか、すれ違う人々の顔にも余裕がない。
王様に挨拶し歓迎も受けたが、裏腹に、なんでこんなときにとでも言いたげな不満顔が印象的だった。
キーラは騎士の人と相部屋だった。
子どもだからとシャーリーが気を利かせてくれたのかもしれないが、年頃の少女が今日知り合ったばかりの大人の男と相部屋というのも考えものだ。
複雑ではあったものの、ちゃんと話しをしてみたいという思いもあったので、甘んじることにした。
「少年は進んでウォーレス様に同行しているのか?」
大きなベッドのふかふか加減を全身で楽しんでいると、おもむろに尋ねられた。
「はい」
「これから危険なことに巻き込まれるのだぞ?
怖くはないのか?」
──やっぱり、この人は大人だなぁ。
キーラは上半身を起こしてベッドに腰掛けた。
「ぼく、辺境の村で育ったので、魔物には慣れているんです。
それにエメラウドでウォーレスさんに出会って、トパースで聖剣を抜くところを見届けて……この人に付いて行ったら、きっとワクワクすることがたくさん起こるんだろうなって」
キーラは正直言って、この世界の人々をゲーム画面越しに見るNPCの感覚で捉えているところがあった。
村にいる母や共に育った友人はもちろん大切な仲間だと思っているし、ウォーレスたちのことは子どもを見守るような思いでいるが、見ず知らずの人間を助けたいという気持ちにはどうしてもなれないのだ。
なにより、前世からレフをはじめ、赤目の民が箱推しとも言える存在であることから、彼らを止めたいという感情も湧いてこない。なんなら、そんなに根に頼るからいけないのだ、と達観してさえいる。根が通っていない村だって、キーラ達のように、貧しくても日々を豊かに生きている人々はたくさんいるのに。
赤目の民を誰も死なせないという目標のために精一杯頑張るつもりではあるが、筋書きを変えてまで街を救いたいかというと、1ミリもそんな気分にはなれなかった。
子どもらしい言葉とは裏腹に、ちぐはぐなことを考えている自分に対して、先程の王様のように本心が顔に出てしまっていたらどうしようと、キーラは顔を俯けた。
「そうか……私もどこまで同行できるかはわからないが、国の外の世界をしっかり目に焼き付けたいと思っているよ。
景色も、そして現実も。君のことは私たち大人が守るから、どうか純粋なその気持ちをずっと持ち続けてほしい」
「……サミュエルさんは、怖くないんですか?」
向かいのベッドに腰掛けているサミュエルは、優しい顔で笑ってみせた。
「私は大人だからね。怖いものなんてないんだよ」
子ども扱いされたな、と思った。
でも、そう仕向けたのは自分だ。
自分を偽り続ける限り、キーラが心を開くことはきっとないのだろう。
サミュエルが少し首を傾げた。
「どうした? 眠くなってきたか?」
「そうですね。さすがに走り通しでしたし……」
「うん、あれは楽しかったな。
しなやかな獣の背にまたがって颯爽と草原を駆ける君たちの姿は、とても自然で美しいと思ったよ。
また共に草原を走ろうではないか」
「はい、ぜひ!」
照明を落としてベッドに潜り込むと、早々に足元で丸くなっていたハルの寝息が聞こえた。
それを聞きながら、キーラも眠りに落ちていった。
▽
目を覚ますと、既に起き出していたサミュエルが長い髪を束ねていた。
差し込む陽光にキラキラと反射するそれを眺めていると、綺麗なポニーテールを揺らしながらサミュエルが振り向いた。
「やあ、おはよう。よく眠っていたな」
「おはようございます!
ぼく、寝坊しました?」
「いや、大丈夫だ。
私は早起きが習慣になってしまっていてな」
キーラも村では朝日と一緒に起き出していたのだが。
カーテンの外を見ると、日はだいぶ登っていた。
▽
呼ばれて朝食の席に行くと、ウォーレスとナタリアは既に席に着いていた。
ナタリアは頰を紅潮させて豪華な朝食や食器を見ていたが、ウォーレスは気まずそうな顔で、控えめにふたりに手を挙げた。
「おはよう。俺、なにもしてないのに、こんな待遇受けてもいいのかな?」
「ウォーレス様、おはようございます。
あなたは聖剣の英雄なのですから、堂々としておられればよいのです。
ナタリア嬢もおはよう。気分はどうかな?」
「すっかりいいわ! でも、あのそりはもう乗りたくないわね」
「おや、それは残念だ。なぁ少年」
どうやらスピード狂仲間に認定されたらしい。大変不名誉である。
「ぼくもあのそりはちょっと怖いです」
「ほらね!」
「キース、今度一緒に乗せてもらおう。意外と楽しいんだ、あれ」
「さすがウォーレス様! 皆口を揃えて二度と乗りたくないなどと言うので、いささか自信をなくしていたのです。ウォーレス様が勧めてくださるなら、皆あのそりの良さを認めざるを得ないでしょう」
にこにこと嬉しそうなサミュエルに、キーラとナタリアは顔を見合わせて肩を竦めた。
食事を楽しんだ後は、みんなで動力施設へ向かうことになった。




