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2-2:光の国 トパース

少女はウォーレスに歩み寄ると、蜂蜜色の瞳を柔らかく細めて頭を下げた。


「エメラウドの勇敢な兵士様。

彼らを止めていただき、誠にありがとうございました」


ウォーレスは驚いたように目を丸くした後、ぶんぶんと首を横に振った。


「いえ、こちらこそ……先程の光の精霊術はあなたですよね?」


キーラより年下に見える少女相手にウォーレスが敬語になっている。

少女のどこか神秘的な雰囲気は幼さを感じさせないものがあり、気持ちはわかるけれども、とちょっと微妙な顔になってしまうキーラであった。


「はい。わたくし、このトパースで神子姫(みこひめ)と呼ばれております、名をシャーリーと申します。

失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ウォーレスです」

「ウォーレス様。不躾ですが、是非お願いしたきことがあるのです。どうかお耳をお貸しくださいませ」

「お願い? なんでしょうか……?」


シャーリーは微笑みをたたえたまま、さらりと告げた。


「聖剣を、抜いていただきたいのです」



陽光が幾何学模様を映し出す、静謐な神殿の中。

一歩一歩踏み締めて台座の前に登ったウォーレスは、しかし、聖剣を見つめたまま立ち尽くしていた。


そしてそのまま聖剣に触れることなく、台座を降りた。


「すみません。少しだけ時間をくれませんか?」


思い悩む様子のウォーレスを見て、シャーリーは嫌な顔ひとつせず頷いた。

ウォーレスが神殿を出て行く。

ゲームではここでウォーレスの決意が訥々と語られるので、キーラは後を追わずに神殿に残った。

ナタリアもシャーリーが手配してくれた部屋に運ばれてしまったし、ウォーレスとふたりきりはまだちょっと気まずいということもある。

ハルを撫でながらシャーリーをチラチラ見ていると、目が合ってにっこりと笑いかけられた。


光を体現したような腰までの白金(プラチナ)の髪、まっすぐに切り揃えられた前髪の下には、おっとりと垂れた黄金の大きな瞳。

これぞまさに美少女。100人中120人がくらいが美少女と言うに違いない。きっとシャーリーが男装しても、キーラのように少年には見えないだろう。

幼さを感じるふっくらした頰も、線の丸い輪郭も、不可侵的な神聖さを感じる。


そんな絶世の美少女は、キーラに歩み寄ると、座っている長椅子の隣に腰を下ろした。


「ご挨拶が遅れてごめんなさい。

神子姫のシャーリーです。あなたのお名前は?」

「き、キースです……!」

「キース様は、とても綺麗な色彩をお持ちですね。

髪色と瞳の色が同じだなんて、同じ精霊術師として羨ましいです」


精霊術の素質は髪色に出るが、瞳の色は完全に遺伝だ。

キーラの場合は父が黒目だったと母が言っていた。

不思議なことに瞳の色が髪と近い方が、精霊術の質が良くなる。具体的には使用する精神力が減少し、速度が上昇し、精度が上がる。

キーラはほぼ完璧に同色という恵まれた色彩だった。


「シャーリーさんも、ほとんど同じじゃないですか!

さっきの精霊術、発動も速度も早くて全然反応できませんでした。きっとたくさん練習されたんですね」

「ありがとうございます。

そうですね、国民には内緒ですが、お食事の最中や湯浴みのときなんかも、ひたすらキラキラ、キラキラと……」

「おお……」

「他国出身のキース様だから打ち明けましたけれど、国民には言ってはだめですよ?

はしたないって嫌われちゃいますから」


内緒話のように口元に手を当てたシャーリーがくすくす笑う。

歳が近そうな相手だからか、先程とは違い子どもらしい表情になっている。周りの司祭っぽいおじさん達も微笑ましげに見ているので、シャーリーはいい環境で育ったようだとキーラも微笑んだ。


公式のプロフィールではシャーリーは12歳だ。

キーラは、たぶん見られていないだろうが、16歳なのである。

とはいえ敢えて伝えて恐縮されるくらいなら、黙っていた方がいいかなとキーラは生温かく思った。


「キース様はウォーレス様とはどういったご関係なのでしょう?」

「エメラウドで一緒に戦ったんです。

なので、ここまで来たのも成り行きというか……」

「そうだったのですね。

ではもしウォーレス様が聖剣に選ばれたら、お別れになるのでしょうか?」


もちろん、キーラの答えは決まっている。


「ぼく、世界を旅してみたいとずっと思ってたんです!

もしウォーレスさんが世界を救う旅に出るなら、連れてってもらいたいなって思います。お邪魔じゃなければですけど……」

「わたくしの見立てですが……ウォーレス様もナタリア様も攻撃系の精霊術を使われるようですし、キース様の状態異常系の精霊術は歓迎されると思いますよ」


キーラはホッとして笑った。

シャーリーがそういうのならもう決まったようなものだろう。

正直、キーラは完全に部外者なので、連れて行ってもらえなかったらどうしようとドキドキしていた。


シャーリーと大分打ち解けてきた頃、ウォーレスが戻ってきた。

仕事モードの顔に切り替えたシャーリーがスッと立ち上がった。


「すみません、遅くなってしまって」


シャーリーが全てを赦す聖母の笑みを浮かべた。


「いいえ。決意は固まったようですね」


先程と違い、すっきりした顔のウォーレスは、照れくさそうに笑った。


「情けないですよね。まだ聖剣が抜けるとも決まってないのに、怖気付いたりして……

でも、俺、決めたんです。聖剣を手にして、世界を救う英雄になる命運を託されても。

聖剣に選ばれず、ただの見習い兵士のままの俺だとしても。

俺はみんなを、みんなが生きているこの世界を守りたい。いや、──絶対に守ってみせる!」


聖剣が突然強い光を放った。

ウォーレスが驚いた顔で聖剣を見て、ぽつりと呟いた。


「……俺を選んでくれるのか?」


ウォーレスがゆっくりと台座に上がっていく。

目がくらむほどの光が、虹色に輝き出す。


「そうだな。一緒に行こう」


ウォーレスが剣の柄を片手で掴み、迷うことなく引き抜いた。

すらりと、台座から剣先が抜けた。埋まっていた部分には、迷路のような複雑な彫刻が施されていた。光が剣に戻っていくのと同時に、石の台座が鞘に変化した。5色の宝玉が嵌め込まれ、それを囲うようにツタ模様が這った美しい鞘だ。完全に光が収まると、後には時が止まったかのような静けさだけが残った。


落ち着いて鞘を拾い上げたウォーレスが、剣を納めて階段を降りてくると、シャーリーをはじめ周囲にいた神殿の関係者が膝を付いて恭しく(こうべ)を垂れた。

それまで英雄らしく振る舞っていたウォーレスがぎょっとしたように目線を彷徨わせ、唯一長椅子に座ったままのキーラに助けてビームを放ってきたので、キーラは満面の笑みでサムズアップしておいた。


今日、この日──世界を救う聖剣の英雄が、およそ500年の時を経て誕生した。

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