9-3:火の国 ルピア2
「キーラ!!!」
「うおわぁっ!?」
宿に戻った途端、キーラはナタリアの熱い抱擁に出迎えられた。
嬉しくないわけじゃないが、ずっと着替えていないしシャワーも浴びていないのでとても恥ずかしかった。
「もうっ、遅いじゃないのよ!!
ほんとあんたって子は、心配ばっかりかけて……!」
母のようなことを言うナタリアである。
「ご、ごめんなさい。
でも、あの仔はちゃんと元気になりましたよ!」
「……! ああ、良かった……!
キーラ、よくやったわ! あんたは最高よ!」
「えへへっ」
ひとしきり褒められたあと、ボロボロなことを指摘され、問答無用で服を脱がされそうになったため、慌ててシャワールームに逃げ込んだ。
なんというか、同性だとわかってから扱いが余計に雑になっている気がする。
やはり、女の子同士だと気兼ねがなくなるものなのだろうか。キーラとしても気が楽なので、まったく問題はないのだが。
しかし、こっちはいささか問題があると思う。
「いやですっ! 無理です!」
「だめよ! いい加減観念なさい!」
鞄の中の予備の服に着替えたキーラが部屋に戻ると、ナタリアが別の服を持って待ち構えていたのだ。
もちろん、女性用である。
「リックにサイズを聞いて買ってきてあげたんだから! 無駄にしたら容赦しないわよ!?」
「リックさんんんっ!」
測られてもいないのにサイズを把握しているリックも怖いが、おそらく脅迫して聞き出したであろうナタリアも怖い。
「ほんとに無理ですうううっ!
せめて、せめてウォーレスさんに打ち明けてから……うひゃあっ!?」
「捕まえたっ!
ふふふ、逃がさないわよ……?」
「ひぃぃぃ……っ!」
下手な魔物よりも怖い、と思ってしまったのは、一生心に秘めておこうと思う。
▽
無理矢理ナタリアに着替えさせられたキーラだが、思いのほか服はまともなデザインだった。
がっつりお腹を晒したチューブトップは心許ないが、肩から腕を覆うアームスボレロは手元に向かってふんわりと膨らんでいて、身体の線を隠してくれているし、動きやすさを重視した短パンもいい。
腰に結んだ大きめのリボンが紫色で金糸の装飾が付いており、白を基調とした服と相まって、見事にフユと同じカラーリングだった。
「……ナタリアさん、天才ですか?」
「ふふん、服のセンスなら負ける気がしないわ!」
なにやらリックに対抗心を燃やしているらしい。他にもデザインの違うものを、日を変えて着るようにと鞄に押し込まれた。色々と懸念はあるものの、キーラはありがたく受け取ることにした。
▽
「おや?」
「おうあっ」
リックのところへ行くと伝えたところ、ナタリアも一緒にとのことで連れ立って外へ出た。
そこにちょうど外出していたらしいサミュエルが戻ってきて、キーラは慌ててナタリアの後ろに身を隠した。
「あーら、うふふ。奇遇ねサミー!」
「ふむ、随分と機嫌がいいな、ナタリア嬢。
……そして、キーラ、と呼んでも良いのかな?」
「えっ」
驚いたのはナタリアである。
まじまじとサミュエルの顔を見つめ、そして指をさして叫んだ。
「あ、あんた、知ってたわね!?」
「ははは、ようやく気が付いたか」
「ずるい! ずるいわ! いつからよ!?」
「サイフォン滞在時からだな」
「はぁぁぁ!? そんな前から……もうっ、なんで黙ってたのよ!ばかっ!」
「あっはっはっは」
愉快でたまらないというように笑うサミュエルが珍しくて、キーラはそっとナタリアの陰から顔を出した。
目が合って、気恥ずかしさから思わず俯く。
「ああ、レディー、どうかこの私に、君の愛らしい姿をよく見せてくれないか?」
「うわっ、なんかベタな恋愛小説みたいな台詞ね……ものすごく、気持ち悪い!」
「君は黙っていなさい」
腕をさするナタリアに胡乱げな目を向け、サミュエルはキーラに手を伸ばす。
さすがにこうまでされて隠れているわけにもいかない。おずおずと前に出て、サミュエルの手を取った。
「……ふふ、困ったな。あまりにも嬉しくて、頬がだらしなく緩んでしまう。
こうして君を女性として堂々とエスコートできる日が、ようやく来たんだと思うと」
「あの、できればいままでどおりで……」
「ふむ、善処はしよう」
それはていのいい断り文句である。キーラは閉口した。
「ちょっと、なんでそんなにあたしと扱いが違うのよ。あたしだってレディーよ。わかってる?」
「わかっているとも。
それにしても見違えたな。悔しいが、ユーイン殿が君の髪や瞳を褒めていた気持ちがよくわかった。
こんなにも美しい黒を私は他に知らない……その服も、君の可憐さをよく引き立てている」
「ほんとにわかってる?」
可憐とは最も程遠い場所にいるつもりのキーラは、いたたまれずにサミュエルから距離を取った。
そしてナタリアの袖を掴んで、小声で早く行きましょうと促す。
「あんたも、なに照れてんのよ。やんなっちゃうわ、もう!
あたしたちこれから出掛けるから、サミーはとっとと宿にお帰りなさい! ほらっ、ハウス!」
「ふむ、犬扱いされたのは生まれて初めてだ。そこはかとなく腹が立つな」
なぜかバチバチし出したふたりを、キーラはナタリアを引っ張って慌てて引き離した。
サミュエルに謝罪の意味も込めてぺこりと頭を下げる。彼は少し困ったように笑って、軽く手を挙げた。
「……あの、サミュエルさんと喧嘩でもしたんですか?」
だいぶ距離を取ってから、キーラはナタリアに囁いた。
ナタリアもちょっとトゲがあったし、サミュエルもなんだかやけに当たりが強かったような気がする。
ナタリアは横目でキーラを見ると、首を振ってため息をついた。
「別に、なんでもないわ。
ただの教育方針の違いよ」
「えっ誰の……?」
「あんたに決まってるでしょ」
育てられた覚えはないのだが。
「あたしがあんたの行動を褒めたことを、あいつはネチネチ怒ってんのよ。
そういう時はきちんと叱らないと、あんたはまたすぐ無茶をするからだめだって」
「予想以上の子ども扱い……!」
言葉通り教育方針の違いだったらしい。心の底から迷惑である。
「あのヒゲ男も言ってたけど、女だから子どもだからって、見くびらないでほしいわよね。
あたしは誰がなんと言おうと、あんたは正しい行動をしたと思うわ。それを無茶だって責めるのは、その場にいなかったやつの勝手な言いがかりよ」
ナタリアもサミュエルも、キーラのために怒ってくれているようだ。
どっちの言い分も肯定はできないが、キーラは純粋にふたりの気持ちが嬉しかった。
「ナタリアさん、ありがとうございます。
でも、サミュエルさんもわたしを心配してくれただけみたいだから……
わたしから後で謝っておくので、もう気にしないでください」
「キーラ! あんたが謝ることなんてないわよ!」
「ううん、心配かけたのは事実だし。
わたしが、ふたりの気持ちを受け止めたいだけなんです。……だめですか?」
キーラが間に入って、己の言い分を主張すれば、どちらかを納得させることはできたかもしれない。
でもそれはできればしたくなかった。どちらが正しいかなどどうでもいい。ただ、自分のために怒ってくれたふたりの気持ちに応えたかった。
「……はぁ。わかったわ。好きにしなさい」
「はい。ありがとうございますっ」
嬉しそうに笑うキーラを見て、ナタリアは少し不思議そうに首を傾げた。
「あんた、ちょっと雰囲気変わった?
見た目だけじゃなくて……そうね、自己主張が強くなったかしら。
やっぱり女ってこと言えなかったの、相当しんどかったのね……」
若干の勘違いがあるような気がするが、決して的外れというわけでもないので、キーラは返す言葉に迷った。
「大丈夫、これからはもうなにも心配いらないわ!
思ってることがあればなんでも言いなさい!
さん付けも敬語も、取っちゃっていいのよ!」
「えっ……い、いいんですか!?」
「もちろん!
だってあたしたち、仲間でしょう?」
優しく笑いかけてくれるナタリアに、キーラはわずかに息を詰まらせて。
それから、満面の笑みで頷いた。
「……うんっ、ありがとう、ナタリア!」
「……やだ、あんたってば素直に言うこと聞いちゃって! 可愛いとこあるじゃないの〜!」
「わっ……えへへ」
どうも最近は素直だと言われがちだが、とりあえず褒め言葉として受け取っておこうと思う。
むぎゅっと抱き締められ、くすぐったさに思わず笑みがこぼれた。




