9-2:火の国 ルピア2
「ひとりじゃ難しいなら、誰かと一緒に。
おじさんにはもう四人もお友達がいるんだし」
「い、いや、あいつらは友達じゃ……って、四人?」
「……えへへ。勝手にお友達になっちゃった。だめ?」
茶化すように笑う。彼は目を丸くして、それから笑った。今までの胡散臭い笑みではなく、思わずと言ったように。
「あははっ……ううん、だめじゃない。君は僕の友達だ」
「やった! ハル〜、わたし、はじめて村の子以外の友達ができたよ!」
祝って、というようにハルを見ると、心底面倒くさそうな目で見上げられた。
長いこと待たされて退屈なようだ。申し訳ない。フユなんてキーラに巻き付いたまますやすやと眠っている。
「うん? ナタリアちゃんは友達じゃないの?」
「あ、ナタリアさんは……一緒に旅をしてる仲間なの。
でも、これからお友達になれたらいいな……」
ウォーレスやナタリアたちと友達になるなんて、いままでは考えたこともなかった。
赤目の民を助けたいと思うことは、彼らを裏切っているのと同じことだと、後ろめたさすらあった。
けれど、そう。道はひとつではないから。
ウォーレスのこの世界とみんなを守りたいという願いは、キーラの願いともきっと重ねられる。
ずっと、自分のことは気にせず世界を救ってくれればいいと思っていた。
でも、ウォーレスたちはひとりで突っ走ろうとするキーラをいつも引き止めてくれた。無茶をするなと怒ってくれた。
彼らは役割を演じているゲームのキャラクターではない。この世界で生きている、キーラと同じただの人間なのだ。
「うん。キーラちゃんなら大丈夫だよ」
「……えへへ。ありがと、ロビンおじさん」
だからもう、物語を台無しにすることを怖がるのはやめた。
どんな結果になっても、キーラを助けてくれる大切なひとたちのために、精一杯できることをしよう。
ぶつかることも、気持ちを伝えることも、もう怖がりたくない。
「……おじさん、キーラちゃんに悪口言ったでしょ?
あれ、ぶっちゃけ本心だったんだけどさぁ」
「え? 知ってるよ?」
「……うん。あれだね、君はもうちょっと受け皿を小さくしたほうがいいね……
なんでもかんでも乗っけてたら、重くって動けなくなっちゃうよ?」
「?」
よくわからない例えにキーラが首を傾げると、ロバートは苦笑した。
「まぁいいや。その素直さが君の魅力なんだろうしねぇ。
おじさんね、恵まれてることを自覚してない人間が大っ嫌いなのよ。
君は自由で、愛されてて……なのに、あんなふうにどうでもいいみたいな顔されたらさぁ。カチンとくるじゃない? ねぇ?」
「おじさん、嫌いなものいっぱいだね」
「そうだよぉ。おじさんは心が狭いからねぇ」
そう言って、いたずらっぽく笑う。
「だけどいまお話して分かったよ。
君には何かそうしなきゃいけない理由があったんだね。
きっと、君が生きる理由のために」
「……」
「君は、何も知らないくせにって怒ってもよかった。
でもそうしなかったね。それどころか、罵られた理由をちゃんと考えて糧にして、この短時間で成長までしてみせた」
ロバートは少し屈んで、キーラと目線を合わせた。
まっすぐに視線が絡む。何度見ても、懐かしい色の瞳。
「うん。君はすごくいい子だ。それを知ることができて良かった。
キーラ、僕と向き合ってくれてありがとう。こんなにまっすぐ僕を見てくれる君と、友達になれたことが嬉しい」
「……ロビンおじさん」
「ふふ、そのあだ名も。
冗談だったのに、律儀に呼んでくれちゃうんだから、ほんとうに素直だよねぇ」
「えっ冗談だったの?」
お互い改めて自己紹介したあと、そう呼べと言われたから呼んだのに。
「ロビンっていうのは、おじさんが故郷にいたころ呼ばれてた愛称でねぇ。
ちょっとくすぐったいけど……うん、これからもそう呼んでほしいな。ほら、僕たち、友達でしょ?」
「えー、しょうがないなぁ」
「あははっ」
明るい笑顔につられて、キーラも笑う。
ロバートはよいしょっと立ち上がると、まだちょっと照れくさそうに顔を赤くしたまま、腰に手を当てた。
「さてと、魔物屋についたことだし、隠蔽を解くからねぇ」
「あれ?」
どうも、立ち止まったのは目的地付近だったかららしい。まったく気が付かなかった。
人目を気にしつつ、ロバートはお互いに掛けた隠蔽を解いた。
「いやぁ、それにしても君、考え方が年相応じゃないよねぇ。
話し方と言ってることがちぐはぐすぎるでしょ。何歳よ?」
「16だよ」
「……うん、さっきの言葉に年齢も追加させて」
中身はともかくとして、見た目と年齢が合わないのはキーラのせいではない。
「わたし、そんなに幼く見える?」
「いやまぁ、最初の印象よりは上だと思ってたけど……ううん、考え方からしたらそれでも全然若いんだけど……うっ、なんか混乱してきた……!」
「そんなに……?」
そこそこショックである。
「ま、まぁともかく……君のおかげで、とても有意義な時間を過ごせたよ。
そうだね、僕は今の自分の在り方についてゆっくり考えるべきなのかもしれない」
ロバートはもう一度、街並みを見渡した。
誰もが死の恐怖から目を背けて生きている。それがロバートには悔しくてならなかった。
わかっている。自分は妬んでいたのだ。自由に生き方を選べる人々のことが、ずっとずっと羨ましかった。
「……おじさん、誰になにを言われても、いままでなんとも思わなかったんだけどねぇ。
こんな僕のことを優しいって、言ってくれた君だから。君じゃなかったら、きっとだめだったんだろうね」
いまはじめて、こんなにも穏やかな気持ちで人々を見ることができた気がする。
それは自分もこの道の先に、同じ未来があるかもしれないと。ほんの少しだけ思えたからかもしれない。
「さぁ、キーラちゃん。僕らはここでいったんお別れだ。
もし、君が僕の力が必要と思ってくれたなら……そうだね、海においで」
ロバートは自身の鞄を探ると、キーラに羽の生えた鯨のマークが入ったスカーフを渡した。
「これを伝書鳩に結んで飛ばしてくれれば、おじさんのところに届くからさぁ。
まぁ、いまみたいに海にいない時もあるけど、だいたいいるからねぇ。だいたい」
「ロビンおじさん、海が好きなんだ?」
ちょっとくしゃくしゃなスカーフを畳み直し、キーラは失くさないようしっかり鞄にしまった。
「おじさんの故郷はねぇ、船だったの。
打ち捨てられた船を住めるように改造して、みんなで暮らしてたんだよねぇ。
だから、船の上が落ち着くし、海を見ていると安心するんだよねぇ」
「土の精霊術士なのに?」
「あはは。そうそう、これは内緒の話なんだけどね?」
ロバートはキーラに顔を寄せて、ひそひそ話をするかのように囁いた。
「おじさん……実は、水が大の苦手なの」
「ふふっ」
キーラが思わず笑ってしまうと、ロバートは人差し指を自身の唇に当てた。
「ふたりだけの秘密だよ?」
わざとらしいウインクもおまけに寄越され、同時に声を上げて笑ってしまったところまでが、キーラとロバート、ふたりだけの秘密の思い出になった。
▽
ロバートとお別れし、魔物屋に再度訪れたキーラは、驚く店員に事情を説明した。
彼女はキーラの話を聞いてちょっと涙ぐんでいた。動物もののドキュメンタリーに弱いタイプなのだろうか。
「こちら、紹介状になります。
アーガンティアの魔物屋に渡してくだされば、改めてご説明いただかずとも事情は伝わりますので。
こちらからも先行して伝書鳩を飛ばしておきますね。仮のタグが失効するまでの一年以内に顔をお出しください」
案外猶予があることにキーラは驚いた。
ただ、正式にタグが発行されるまでは、フユは街の外で待たせるか、魔物用のケージなどに入れるように言われてしまった。
ケージは持ち運ぶのも骨が折れるし、何よりそんな狭い場所に長時間閉じ込めるのはかわいそうだ。
フユ本人にも意向を確認したところ、しぶしぶながら外で待つことに同意を示した。そのほうが食事にも困らないだろうし、キーラも一応は納得するが、うっかり狩られたりでもしないかとても心配だ。
そう思うと早めに問題解決してしまいたいが、まだ資料がなかった場合の対処について思い付いていない。アーガンティアに戻るまでに、何かしら考えておく必要がありそうだ。
ちなみに、彼女によるとフユはオスらしい。
キーラにはまったく見分けかたが分からなかったので、つい感心してしまった。
仮タグを発行してもらい、買っておいたリボンと一緒にフユの首に括り付ける。
オスならリボン結びはちょっとアレかと思ったが、とても可愛いかったので気にしないことにした。
親切にしてくれた店員にお礼を言い、一旦森にフユを放しに行く。
あまり遠くへは行かないように言い含めて、何度も振り返りながら街に戻った。
久々に肩が軽くなったが、それはそれで寂しいキーラなのだった。




