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9-1:火の国 ルピア2

自己紹介をした直後にさよならするというのも味気ないものだしと、おじさん改めロバートが魔物屋まで付き添ってくれることになった。


ロバートのメインウェポンは土の精霊術である。

そして彼がもっとも得意とするのは、闇の精霊術を使って生命の力(マナ)の気配を"隠蔽"し、不意打ちで敵を強襲すること。


それこそあの泉で使った地震の技などは、その最たるものだろう。

あそこまで大規模なものはふつう力を溜めている段階で気配を察知され阻止されてしまうものだが、あの時ロバートは誰にも気付かれることなく術を発動した。


敵を適当にあしらいつつ仲間が時間を稼ぎ、ロバートがその間にこっそり足元に力を集める、というのが彼らのパーティの基本戦術だ。


「……そんな大事なこと、わたしに教えちゃってよかったの?」


フユを連れて関所を通るのに、タグを失くしたと申告するべきか悩んでいたところ、面倒だからとロバートに隠蔽術をかけられたキーラである。

その状態のまま人にぶつからないよう身を寄せ合って歩きつつ、まるで世間話のように教えられたのが今の話だ。

つい不審げな目を向けてしまったのは許してほしいと思う。


「やだなぁ、キーラちゃん。

おじさんたち、別に敵対してるわけじゃあないでしょ?

君は闇の精霊術士だし、こういう力の使い方もあるってこと知っておいたほうがいいと思っただけだって」


キーラももちろん隠蔽術の存在は知っている。

ゲームにおいては、仲間を術によって敵から覆い隠すことで、攻撃を受けないようにするものだった。

しかし術を使っている間は術士は何もできなくなるので、決して使い勝手がいいとは言えず、転生してからもヤバい敵から逃げる時くらいしか使ったことがない。


生命の力の流れは決まって一方向だ。

ロバートのように闇の生命の力を使いながら、土の生命の力を集めるなんて芸当は、ハイブリッドだからこそできるものであって、キーラにはあまり参考にならないと思うのだが。


「そもそも、人以外に隠蔽かける方法が分かんないよ。どうやってるの?」

「んー、そうだねぇ。

そこそこ生命の力の操作が上手い人なら分かると思うけど、力には海流みたいに決まった流れがあるのよ。

その流れに生命の力を乗せる感じで、ちょちょいと……」

「……」

「まぁ、人によって流れ方が違うから他人にかけるのは難しいかもねぇ。

おじさんもまだ自分にしかかけられないもん。あはは」

「ええ……?」


自分にできないことを何故やらせようとしたのか。


「んん、でもほんと卑きょ……上手な戦い方だよね!

なにより、何の前触れもなくドンって攻撃が来るのがすっごくかっこいい! わたしも真似したい!」

「ねぇ待って、卑怯って言いかけたのが気になって全然嬉しくないんだけど……?」


ロバートは軽く苦笑し、人にぶつかりかけたキーラを自分のほうへ引き寄せた。


「おじさん、キーラちゃんには素質があると思うんだよねぇ」

「えー、ほんと?」

「ほんとほんと。

だって、キーラちゃんがはじめてなんだもの。

あの時、足元から攻撃が来るってことに気が付いたのは」


やっぱり見ていたのか。

キーラは、彼の良く陽に焼けた横顔をそっと見上げた。


「いやぁ、なぁんでバレちゃったんだろうねぇ?

対人戦においては必ず気取られないように立ち回ってたつもりなんだけどなぁ。

まぁバレたところで、誰もおじさんが隠蔽使ってるなんて気が付かないんだけどさぁ」


考えさせるきっかけさえ与えたくない、とロバートは言う。

彼らの戦い方は非常に有用だが、仕掛けがバレている相手には無意味なものだ。隠したいと思うのは当然のことだろう。


精霊術の発動にはトリガーが必要だ。

キーラやナタリアのように対象に向けて手を振るとか、ウォーレスやサミュエルのように剣を振るとか。


ロバートの発動のトリガーは、足で地面を叩くこと。

キーラは単純に、ゲーム知識からそうと知っていたに過ぎない。


「えーと、野生の勘……みたいな?」

「え? 野生児なの?」

「ある意味?」


辺境育ちだから、と誤魔化すように笑うと、ロバートは感心したように頷いた。


「キーラちゃん、辺境の子なの。

おじさんも辺境生まれだから、なんか親近感湧いちゃうなぁ」

「おおっ、辺境仲間だね!」


辺境で生まれたものは国籍を持たないため、どの国にも所属することができない。

キーラはウォーレスの旅の仲間としてシャーリーが特別に身分証を用意してくれたが、そうでなければこうも気軽に色んな国に出入りするのは難しかっただろう。


小国ならば軽い身体検査などだけで入国できることが多いが、お金を要求されたり、身分証がないと入れないという国も多い。


「はじめてこのあたりに来たときは、ほんとびっくりしたよねぇ。

うっかり未来にでも来ちゃったんじゃないかって」

「文明の発展度が違いすぎるもんね。

どちらかというと、わたしたちが遅れてるんだけど」

「だよねぇ。

おじさんは時々、自分がなにに生かされているのか、忘れそうになるよ。

つねに人工物に触れてると、死がとっても遠いもののみたいに思えちゃうっていうかさぁ」


ロバートはなにかを探すように、己の胸をさすった。


「明日か明後日か、いつ誰かさんの気まぐれで死ぬかもわからないってのにねぇ……

死と隣り合わせなのは今でも変わらないけど、あの頃のほうが、僕はたぶんもっと人間らしかったよ。

自然界は生と死そのものだけれど、その自然に生かされているはずの人間の国は、あまりにも死を排除し過ぎている。

それこそ、人に害のある魔物を駆除するかのようにねぇ」


キーラはロバートの視線を追って、ルピアの街並みを見渡した。

美しく並んだ建物、歩きやすく舗装された道、色とりどりの服を身にまとった人々。

すべての大陸から拾い上げても百に満たない国々で、数少ない人々が魔物から身を隠すように暮らしている。

その影響から機械技術などの発展は著しく遅れているものの、世界樹から汲み上げた生命の水(マナ・コア)のおかげで設備は整っており、日本ほどではないが快適だ。


それは人間が外敵から身を守るため、永い時間を注ぎ込んで築き上げてきた平穏に他ならない。

しかし、その過程で不必要と棄てられ、失われたものは、本当に人間にとって「無くてもいい」ものだったのだろうか。


「……でも、しょうがないと思う」

「あはは、そうだよねぇ」

「うん。だって、手に余るもん。

生きるのも死ぬのもそう。どっちも怖いんだよ。どっちも同じ道の上にあって、怖くて動けなくなるくらいなら、どっちかを隠して進むしかないよ」


それが人間にとっての死だったのかも、とキーラは思う。

怖いものは見えなくしてしまえばいいのだ。そうすれば、それが眼前に突き付けられるまでは平気な顔をしていられる。


「わたしたちみたいに、生きるか死ぬかみたいな場所でずっと生活してると、どうしても慣れちゃうけど。

それってたぶん、麻痺してるだけだよね。死ぬのが怖くないなんて、絶対にありえないもん」


故郷では誰よりも率先して魔物に向かっていったキーラだが、それは勝てる自信があったからだ。

決して死ぬことが怖くなかったわけではない。ただ、生きるためには必ず死と向き合わなければならないということだけは、何度も自分に言い聞かせていた。


キーラは、きっと前世で早く死んだのだと思う。

インフルエンザか、それともなにか別の病気だったか、あまり記憶ははっきりしていないが、最後のほうはもうずっと、熱にうなされてもがきながら泣いていたような気がする。

その時になってようやく、自分が生きることにも死ぬことにもきちんと向き合っていなかったのだと突き付けられた。

皮肉にも、死ぬのが怖いと思ってはじめて、いま生きていることの尊さを強く実感した。


「命に理由なんてないから、どうやって生きるかは自分で決めるしかない。

わたしは、誰もわたしを生かしてなんてくれないって思う。自然も、国も。ただ、生きる理由があるから生きるだけ。

それでも、なにかに生かされてるって思うのは、きっとロビンおじさんが生きるためだけに生きてるからなんじゃないかな」


自然からは様々な恩恵があるけれど、それは彼らに慈悲の心があって人間に与えてくれたものじゃない。

国もそうだ。いくら人間のために作られたものだといっても、誰も均しくがその恩恵に預かれるわけではない。


「自然だって命を繋ぐために動物を利用して、利用されて生きてるよね。

だから生かされてるって思うのはちょっと……うーんと、押し付けがましい……みたいな感じする」


いつの間にか、ロバートは立ち止まっていた。

その少し先で気付いて、キーラは振り返る。


「……それは、君が自由だから言えることだろう。

何かに縛られないと生きられない人間もいる。生き方を強制される人間もいる。

そういう人間にとっては、誰もが抱えるべき業を正当化しているとしか思えないな」

「……んっとね。ロビンおじさんは、安全な場所で平穏に生きてるひとが、ずるいって思う?

みんなが、一番不幸なひととおんなじくらい不幸になればいいのにって思う?」


彼はほんの少し目元のしわを深めた。


「……僕はただ、誰もがもっと大切に生きてほしいだけだ。

日常で死を意識することもなく、当たり前のように生を消費してほしくない。

生きていることがどんなに素晴らしいか、忘れてほしくないんだよ」

「うん、そうだよね。

でもね、だからって生にしがみつくのは、きっと違うと思うんだ」


それはいつかの死の間際に訪れるべきもののはずだ。

だからこそ、つねに死のふちに立たされている彼には、足元しか見えていない。


「命があるのは、生きるためでも、死なないためでもないよ。どっちでもないんだよ、ロビンおじさん。

ほんとうに、なんでもいいんだよ。もしもいま、おじさんが、一歩も身動きできない場所に立たされているなら。そこで生きるしかないって思わないで、逃げるために生きたっていいんだよ」

「……逃げる」

「うん。おじさんのお友達も、そう言ってたでしょ?」


逃げるが勝ち。ほんとうにその通りだと思う。進めないなら逃げればいい。その先は必ず別の道に繋がっている。そこでまた、新たに生きる理由ができるのだ。


キーラはロバートの前に立って、その武骨な両手を握った。

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