8-4:リルの森
森に入って、泉に着く頃には、すでに陽が高くなっていた。
そこにはなぜかあの四人組がいた。
「……えっと?」
「ありゃ……?」
おそらく、キーラを待っていたのだろう。
泉から出てくるはずのキーラがなぜか森の中から現れたために、お互いきょとんとした顔で見つめ合ってしまった。
「ねぇ、どうしよう……突っ込みどころありすぎない……?」
「まずはおかえりなさいなのでは?」
「色々予想外ですねー」
「あの蛇かっけーっスね!」
とりあえず近付いていくと、へらへらしていたリーダーの男がふと怪訝な表情をした。
「あー、キーラちゃん?
ちょいとこっちおいで。
ほら、こっちこっち」
手招きされ、おずおずと四人の輪に加わる。
全員体格がいいために、圧迫感がすごい。
戸惑っていると、男の手が伸びてきてキーラの目元に触った。
ガサガサしていて、ちょっと痛い。
いつものキーラなら慌てて飛び退いていたかもしれないが、どうも思考がまとまらず、ただぼんやりと男を見上げた。
「あー……だめだこりゃ。とりあえずなんか食べよっか。ね?
おじさんもねぇ、ごはん食べないと頭回んないもん。君たちなんか持ってる?」
「生魚ならあります」
「いや知ってたけど生で常備するのやめよ? すぐ食べられるものないの?」
「あ、果物なら……」
キーラは果物を取り出そうとして、鞄に入れた手を止めた。
せっかくフユからもらったものなのに、ここで消費してしまうのはもったいない気がした。
「あっ、干物あったっス! 魚の干物!」
「缶詰もありましたー。魚の缶詰」
「うん……君たち魚大好きだね? おじさんも好きだけどさぁ」
「わたしも魚好きだなぁ」
「ほんと? キーラちゃん、気が合うねぇ」
というわけで、なぜかみんなで魚を食べることになった。キーラも魚の干物を提供した。
魚好きなハルがもりもり生魚を食べるのを、与えた本人はとても真剣な顔で見ている。
フユは魚には見向きもせず、キーラにキツめに巻き付いたままジッとしていた。
「キーラちゃんさっき森から現れたけど、いつ戻ってたの?
おじさんたちとすれ違わなかったよねぇ?」
「えっと……朝には戻ってきて、一度ルピアに行ったんだけど……
おじさんたちはなんでここに?」
「キーラさんに誠心誠意謝罪してツノを拾って来てもらうためですよねー」
「ねぇ嘘でしょ、そんなひどいネタバレの仕方ある……?」
驚愕といった眼差しで仲間を見つめる男。
そのやりとりを見て、キーラはハッとして鞄を探った。
「あのね、リルの森でもらって来たんだ」
「もら……えっ?」
ズルズルと鞄からツノを引っ張り出し、男に手渡す。
「はい、あげる」
「……!?」
さっきよりもよほど驚いた顔をして、男はキーラとツノを交互に見比べる。
そして助けを求めるように仲間に視線を移した。
「待って待って待って。助けて!」
「わーい良かったですねー船長」
「やばいっス! 罪悪感で心が死にそうっス!」
「キーラさん、この仔撫でてもいいですか?」
なにやら揉め始めたので、キーラはハルにお伺いを立てた。
ハルはちょっと嫌そうにしていたが、彼が鞄から追加の魚を取り出し、何卒と頭を下げたところ、まぁいいだろうというように頷いていた。
頭の低い相手とごはんをくれるひとにはそこそこ寛容なハルである。
とはいえ、キーラと母以外の人に撫でさせるのは初めてかもと感心していると、後ろからそっと声を掛けられた。
「あー……キーラちゃん、あのね。
世間には、タダより高いものはないって言葉があってね?」
「キーラさんは別に俺たちに借りがあるわけでもないというかー。
むしろ恨みがあってもおかしくないくらいでしょ?」
「さすがに、なんの交換条件もなしにもらうには気が引けるっス!」
などと三人から迫られ、キーラは思わずのけぞった。
「えーと……」
キーラはあまり回っていない頭をなんとか起動させる。
そう言えば、キーラもユーインに似たようなことをやられた覚えがあった。
施されて、なんの見返りも求められないことの情けなさを、キーラは知っているはずだ。
そうは言っても、この人たちからしてもらいたいことなどキーラにはない。
そう思って悩んでいたら、男がためらいがちに口を開いた。
「ねぇ、キーラちゃんさぁ、ルピアでなんかあったでしょ。
最初は、あの一角獣が助からなかったのかなぁって思ったんだけど……どうも違うっぽいじゃない?
もしかして、その蛇の魔物のこと? 違うかな?」
キーラは思わず息を飲んだ。
あの時、キーラの無関心さを見抜かれたこともそうだが、恐ろしいくらい相手をよく見ている。
キーラの表情が変わったのを見て、男は頷いた。
「おじさんたち、君の力になれないかなぁ?」
話したところで、どうしようもないことだったはずだ。
キーラはただ誰かに、話を聞いてほしかったのかもしれない。
ここに戻って来た経緯を話すと、男たちは一様に難しい顔をした。
「まずは率直な感想を言わせてもらうね。
おじさんは、キーラちゃんの判断は正しいと思う。
なかったことにしちゃうのが、どう考えても一番後腐れがないし、最善だよね」
「……うん」
「で、キーラさん自身はどうなの? 納得してるの?」
キーラは肩の重みを感じながら、小さく頷いた。
「でもでもっ、リルの森で会ったばっかってわりには、その蛇キーラさんにめっちゃ懐いてるし!
キーラさんもなんだかツラそうじゃないっスか! オレ、どうにかしてあげたいっス!」
「んー、おじさん、そこがちょっと不思議なんだよねぇ。
キーラちゃんは、どうしてそんなにツラそうなのかなぁ?」
ツラい。そうなのだろうか。
今朝まで、キーラはフユをリルの森に返すつもりだったはずだ。
それが従魔にしたからという理由だけで、お別れがツラくなるものだろうか。
「……キーラちゃんってさ、ハルちゃんとは長いの?」
「ハル……? うん、8年以上は一緒にいるよ」
「えっそんな小さい時から従魔持ってたの……?
最近の若い子はすごいなぁ……」
しみじみと頷いて、男は少女の従魔を見た。
こっちの話など全く聞いていない様子の部下は無視する。どうせいたって役には立たないのだ。
「あの仔はとても君を慕っているよねぇ。
キーラちゃんの悪口言った時のあの仔の顔見た? 戦ってる時よりおっかなかったなぁ」
「……ごめん?」
「えっ謝らないで!? おじさんすごい悪いひとみたいになっちゃう!」
手をわたわたさせて焦る彼にちょっと笑って、ううん、とキーラは否定した。
「おじさんは、最初からずっと優しいひとだったよ」
「……ええっ!? 正気っスか!?」
「船長この子になんかしました? 洗脳とか?」
「君たち酷くない? いや、一番びっくりしてるのはおじさんだけどさぁ……」
お化けでも見るような目をされて、キーラは慌てて言葉を重ねた。
「わたしの周りのひとってね、みんな優しいの。
でも、それはわたしが子どもだからなんだよね」
子どもは守られなければならない。それは多くの人が抱く感覚だと思う。
ウォーレスもサミュエルも、キーラが子どもだから危険から遠ざけようとしてくれる。
ナタリアだって、悪意から守ろうとしてくれた。キーラが子どもだから。女の子だから。
「でもおじさんは、子どもだからとか女だからとか関係なく、ちゃんとわたしを対等な人間として見てくれた。
あんなふうに言葉で殴られるの初めてで、すごく痛かったけど……でも、あのままだったらわたし、ずっと目を覚ませなかったかもしれない。
……あ、そう思うと、そのツノはちゃんと恩返しになってるのかも。
せっかく相談に乗ってもらったのに、ごめんね」
でも、話を聞いてもらえて少し気持ちに整理が付いた気がする。
リルの森に行って、しっかりお別れをしよう。ありがとうって言おう。
少しの時間だったけど、一緒にいられてとても嬉しかったから。




