8-3:リルの森
柔らかな陽光がまぶたを刺す。
泉の周辺は破壊されたまま、木々の隙間から光の雨が泉に降り注いでいた。
じめじめしたリルの森から一転、乾いた空気を肺に吸い込む。
「さて……ルピアに帰らないとね」
その前にと、襟巻きと化している蛇を見る。
興味深そうに周囲を見渡しているものの、特に気候や陽の光を嫌がる様子はない。
「あれ……?」
だんだんと暑さが堪えてきたりするかもしれないと思い、しばらくその場に留まってみたが、全くそんなことはなかった。
「あの……この森を出たら、次はいつリルの森に行けるか分からないよ?」
帰らなくていいの、と蛇の様子を伺う。
明るいところで見ると、身体の白さと鱗の模様の美しさがより際立つ。
キラキラした金の瞳が、キーラを見てパチリと瞬いた。
「……なんなら、従魔になっちゃう?
そしたら、わたしも気兼ねなく連れて歩けるし」
街に着いたらかなり遠巻きにされそうではあるが。
それにしても、契約なんて必要ないのではと思うくらいの大人しさだ。本当に魔物なのだろうか。
蛇はちょっと首を傾げると、するすると降りていって、ちょんと靴に鼻先をくっ付けた。
足がとてもくすぐったい。
「ふふ、おまえって本当変な魔物だねぇ。
でも、本当に綺麗だし、かっこいいね!
仲間になってくれて嬉しいな」
戦闘能力は謎だが、ハルには一目惚れして従魔にしてしまったキーラだ。
ずっと一緒にいるなら、やっぱり見た目が素敵な魔物のほうがいい。
よしよしと頭を撫でると、嬉しかったのか強めに巻き付かれた。死んでしまう。
力加減を間違えないように言い聞かせつつ、森の外に向かって歩いていく。
道中の魔物は、キーラとハルで倒していった。この蛇、戦えるのだろうかとキーラは疑問に思う。
「あ、そうだ。おまえの名前はフユだよ!」
キーラはとても嬉しそうに言った。
もしもキーラの前世と同郷のものがいたなら、安直すぎると嘆いてくれていたかもしれない。
▽
従魔にした魔物を初めて街に連れて行く場合、首輪とタグを発行してもらう必要がある。
身分証などを見せる際に通る関所で事情を説明したところ、キーラは魔物屋と呼ばれる店に案内された。
従魔を持つ客を対象に、首輪や手入れグッズなど、様々なものを取り扱っているところだ。
ハルとフユを連れたまま店の扉を開ける。
店内は通路が埋まりそうなほど物で溢れ返っていた。どこからか獣の鳴き声のようなものが聞こえてくることから、愛玩用の魔物も扱っているらしいことがわかる。
キーラがハルのタグを発行した場所は村に一番近い小さな街だったためか、首輪もサイズ違いのものが一種類しかないほど少なかった。
興味を引かれながら見回していると、店の奥から女性の声がした。
「いらっしゃいませー!」
しかし姿が見えない。キーラは背伸びしながら、店員だと思われるその人に声をかけた。
「こんにちは! タグの発行をお願いしたいです!」
「はい、すみませんが、こちらのカウンターまでお越しくださいませ!」
キーラは物にぶつからないようにフユの頭を手で押さえながら、慎重に奥へと向かう。
ハルは器用に物を避けていた。さすが猫科だ。
ようやくカウンターが見えてくると、女性が申し訳なさそうに頭を下げた。
「散らかっていてすみません。
そちらの……えっ……」
そしてキーラに巻き付いている蛇を見て目を丸くする。
「……あの?」
「あっ、すみません。
見たことのない魔物だったもので……
タグが必要なのはそちらの仔でお間違いないでしょうか?」
「はい。
えっと、わたしも名前は知らなくて……
アーガンティアのハーべラス平原にある森から連れてきたんですが」
「ハーべラス平原……随分遠くからいらしたのですね。
かしこまりました、確認してまいります。
少々お時間をいただきますので、よろしければ店内をご覧になってお待ちください」
すっかり忘れていたが、タグを発行するには個体名の識別が必要になる。
従魔が主人に逆らうことはないとはいえ、よく分からない魔物を人間の生活区域に入れることはできないからだ。
蛇の魔物っていたかなとゲームを思い返しながら、ごちゃごちゃした店内を見て回る。
「ハルの首輪、ちょっとシンプルすぎるし、新しく買っちゃう?
これなんかすごくおしゃれだよ。ほら」
チョーカーのような細身の黒いベルトに、金のチェーンが重なって垂れ下がっている。
首輪というよりは、もはやネックレスだ。
「……そういえば、リックさんって従魔のアクセサリも作れるのかな」
ハルは首輪が嫌いで、街に出入りするたびに付けたり外したりしているのだが、それがキーラ的にはちょっと面倒だったりする。
リックなら、ハルが気に入る首輪を作ってくれるかもしれないとキーラはふと思った。
それはそれとして、取り急ぎフユの首輪は見繕わないといけない。
蛇などの魔物の場合、革などの重さのある首輪は滑ってしまうため、紐やリボンを結び付けるのが一般的だ。
悩みに悩み、ようやくフユの鱗に合う紫に金のラインが入ったリボンを手に取ったところで、キーラは店員に呼ばれた。
「大変お待たせして申し訳ございません」
彼女はものすごく悩ましげな表情をしながら、精緻な魔物のイラストが描かれた紙をいくつかカウンターに並べた。
どれも蛇の魔物ではあるが、フユのようにベースが白く、菱形の鱗を持つ魔物はいない。
「……えっと?」
「可能性としては、こちらの大陸に資料が渡っていないか……特殊個体、または未発見の魔物である可能性があります。
このような事例では、まずアーガンティア大陸の魔物屋にて資料を精査、そこでも該当情報がなかった場合、最も魔物の情報が集まるクーベル大陸の研究機関にて個体を検分する必要がございます」
「……そ、それでも分からなかったら?」
「……たとえ主人と絆を結んだ従魔であっても、正体不明の魔物は研究機関に一度預けなくてはなりません。
その後、発見場所を捜索し、同一個体が見つかれば個体名が割り振られて持ち主に返還。特殊個体と判断されれば、そのまま研究のため研究機関に没収されます」
キーラは、ただ立ち尽くすしかなかった。
無意識にリボンを握り締めてしまっていた手を解き、フユの横顔を見る。
「……今から元の場所に帰してくるって言ったら、見逃してもらえませんか?」
キーラが連れてきてしまったせいで、この仔が研究に利用されてしまうくらいなら、逃してあげたほうがよほどいい。
キーラにとっても、フユにとっても。
幸い、この仔とは出会ったばかりだ。
カーネリアでアキとお別れしたように、従魔になったからといって離れられなくなるわけじゃない。
もしかしたら、資料があるかもしれない。
同じ個体が見つかって返してもらえるかもしれない。
……でも、見つからないかもしれない。
だったら、傷が浅いうちに別れを済ませてしまうべきだ。
黙って頷いてくれた店員の女性に深く頭を下げる。
そしてリボンを返そうとして、思い留まった。
「あの……これだけ買わせてください」
「……よろしいのですか?」
「はい。この仔と色が似てるから、思い出に持っておきます」
せっかく出会えたのに、手元に何も残らないのは悲しい。
買ったリボンを鞄にしまって、キーラはそのままの足でルピアを飛び出した。




