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8-2:リルの森

『あのね、そんな顔しなくていいのよ?

もう全然あなたのせいじゃないし。元はと言えばこいつが泉に落っこちたのがいけないんだし』

「そうは言っても……ん?」


涙ぐむキーラの頭に、柔らかい女性の声が響く。

きょとんとして見上げた先には、宝石の一角獣。


「……んんっ?」

『あらあら、動物とお話しするのは初めてかしら?

時々ここに来る女の子たちとは、よくお話しするのだけど』


そう言って、上品な声で笑う。

一角獣の口が動いていないあたり、テレパシーのようなものなのだろうか。

ゲームで何度か言葉を話す魔物と出会うことはあったが、キーラとして出会うのは初めてだった。


「あ、あの、キーラ……と申します! はじめまして!」

『うふふ、はじめまして。元気な子ねぇ。

こいつを連れて帰って来てくれたって聞いて、ちょっとお話ししてみたくてここまで運んでもらったの。

でも、この場所は秘密だから……そちらのお友達も、黙って眠らせたりしてごめんなさいね』


あっさりと眠らされてしまったことが不満なのか、ツンとしているハルの頭を撫でてなだめる。


『まずは、こいつを助けてくれてありがとう。

この森の、ひいては生き物たちの守護者として心からお礼を言うわ。

あなたはとても心の澄んだ子なのね。こいつがあなたを信じたのもよくわかる』


本当にありがとう、と真摯に頭を下げる一角獣に、キーラは大いに動揺した。

魔物がここまで理知的に言葉を話すことにも驚きだが、その前にお礼の内容があまりにも見当違いすぎて、キーラは慌ててそうじゃないのだと弁明した。


「あの、わたし……その仔を怪我させてしまって!

身勝手に殺してしまっていたかもしれなくて……だから、ごめんなさい。

その仔を連れて帰って来たのも、全然正義感とかじゃなくて、ただわたしの罪悪感を晴らしたかっただけなんです。

だから、その……その、お礼なんて……」


言いながら情けなくて縮こまってしまうキーラに、一角獣は不思議そうに首を傾げた。


『経緯はどうであれ、結局あなたはこいつを助けたんだし。

言っちゃえば、あなたの罪悪感なんて私には関係ないのよね。あなたが仲間の命を救ってくれた。だからお礼を言う。それだけのことだから』

「……」

『まぁ、お互いに要らない感情を押し付けあっているだけよね。

でもそう言うものじゃない? 心を通わせるのって。

……私たちってね、昔人間に狩られすぎて絶えかけたの』


キーラは顔を上げた。宝石の一角獣は、少し可笑しそうに笑った。


『そしていまはその逆、人間に守られてる。

みんな身勝手よね。でも私はそれでいいと思うんだ。私はちょっぴりお茶目だし、こいつは致命的なドジっ子だし。

私たち獣もそれぞれ性格が違うみたいに、考え方も違うから、みんなに理解してもらうなんてできっこないの。

だからね、まずは自分の気持ちを相手に押し付けるの。私はこう思ってますよって。それでだめなら、仕方ないわ。

さっきキーラが私のお礼を受け取らなかったみたいにね』

「……」

『だから私もあなたの謝罪を受け取りません! こいつもそう言ってます! 以上!』

「えぇ……」


キーラは戸惑った。

それから苦し紛れに言葉を重ねる。


「じゃ、じゃあ、お礼ならいいですか?」

『ん? お礼? なんの?』

「あの、その仔に……生きてくれてありがとう、って」


宝石の一角獣は目を瞬いた。それから、隣にいる仲間に視線を移す。

ジッと見つめるキーラに、その子は頷いてくれた。


──決して自分を許せたわけじゃないけれど、それでも。

ずっと感じていた胸の苦しさが、柔らかく解けていくような気がした。


『こいつも、あなたにお礼が言いたいって。

帰り方を教えてくれてありがとう、だそうよ』

「……うん。うん、どういたしまして!」


心を通わせるのに、もっとも障害になるのはきっと言葉なのだと思う。

拒絶されるのは怖い。嫌われるのは寂しい。だから口をつぐむ。自分の気持ちを胸の内に仕舞う。


でも、気持ちを伝えなければいつまでも心を開けない。

言葉を重ねなければ、相手のことを知ることさえできない。


──ああ、あのひとは。


鮮烈に焼き付いた焦茶色の瞳を思い出す。

あのひとは、閉じていたキーラを、きっとこじ開けようとしたのだ。

キーラがたくさんの人から受け取ってきた優しさや愛情を裏返した言葉で。


好意も悪意も、同じ気持ちなら、その重さは想いを込めたぶんだけ重いのだろう。

初対面の彼でさえあれだけ重いなら、キーラが今まで与えられてきたものの重量は計り知れない。

なのに、ずっと当たり前のように受け取っていた。愛されることが当たり前になっていた。


あのひとは、そんなキーラが気に入らなかったのだろう。

仲間(ナタリア)が守りたいもののために必死に戦っていたさなかで、自分は無関係だとでもいうような顔をしていたキーラが。


『あら、そろそろ夜が明けそうね』

「えっ!? もう朝……って、分かるんですか?」

『ええ。太陽が昇るってくると、木々が喜ぶの。私たちにとっては天敵なんだけどねぇ』


明るくなったら、泉まで案内すると言う一角獣にキーラはお礼を言う。

どうも今度は眠らされないらしい。あなたなら平気でしょ、などと謎の信頼感を示され、ちょっと混乱した。


まだ日が昇るまで時間がある。

キーラは少しだけ迷ってから、口を開いた。


「あの……時間になるまで、ちょっと森を歩いてもいいですか?」

『あら、いいけど……どうして?』


欲しいものがあるのだと言うと、彼女は面白そうに笑った。


『それなら、一箇所に集めてあるからあげるわ。

一度は絶滅しかけたとはいえ、私たちも随分数が増えたし。

一本くらい減っても問題ないわよ』

「自分で言い出しておいてなんですけど……いいんですか?」

『もちろん。私の気持ちは受け取ってもらえなくても、物なら問答無用で受け取ってもらえるし。

なんならこいつからの気持ちも含めて、もう一本どう?』

「……なんかズルくないですか?」

『ズルくないわよ!』


そういうことならこっちもと、お詫びの気持ちを込めて、キーラは故郷にいたときに母に教わった花笛で歌を贈った。

キーラが持っているものは彼らには必要ないものだろうし、音楽くらいしか思い付かなかったのだ。


『いい音ね。子守唄みたい』


花笛は魔物に対して鎮静効果があるため、そう感じたのかもしれない。

言葉通り気持ち程度の贈り物にはなってしまったものの、思いのほか気に入ってもらえたようでホッとした。


そして彼女とお別れをし、怪我をさせてしまった一角獣に泉まで案内されたところで、何者かの襲撃を受けた。


頭の上にいきなり木のみやら果物やらが降ってきたのだ。


「!?」


反射的にいくつか受け止めたが、一体何事か。

いぶかしみながら見上げると、超至近距離に蛇の顔があって、キーラは盛大に手の中のものを地面に落っことした。

なんだかデジャヴである。


「おおおおう、さっきぶりだね!?」


ドキドキしながらも蛇に話しかけるキーラである。

腰が抜けているキーラの隣にハルがやってきて、同じように蛇を見上げた。

特に警戒せず不思議そうにしているあたり、やっぱりこの蛇は好奇心旺盛なだけなのかもしれない。


するすると降りてきた蛇が、地面にとぐろを巻いて鎌首をもたげた。

見下ろされると大きく見えたが、こうやって見ると案外コンパクトだ。長さは3メートルくらいだろうか。胴体はテニスボールほどの直径。両手でなら余裕で掴めそうだ。


「ええと……この果物とか、もしかしてくれるの?」


蛇が頷く。ちゃんと言葉を理解している。賢い子だ。


「ありがとう。おまえ、優しいね」


キーラが集めているのだと思って、探してきてくれたのだろう。

どうやってこんなにたくさん持っていたのかとても気になるが。


リルの森の魔物は変わっているなぁと思いながら、キーラは果物などを大事に鞄にしまう。

蛇は鞄にしまうのも手伝ってくれた。なんだか可愛く思えてきて、キーラは思い切って蛇に手を伸ばしてみた。

特に抵抗されることはなかったが、こちらの手が触れる前に蛇が腕に巻き付いてきた。


「おおお……?」


なかなかに刺激的な光景である。

素肌の上をツルツルした鱗が滑って、少しくすぐったい。


「は、ハル〜、これ大丈夫? わたし大丈夫?」

「くるる」


大丈夫らしい。

身動きできないでいるうちに、マフラーのように蛇が首に巻き付いていた。

わりとずっしりくるが、立てないほどの重さではない。むしろ冷たい身体が心地よくすらある。


「なんか……なんだろう……どういうあれなんだろう……」


どうも、捕食対象ではないようだが。まさか、懐かれてるのだろうか。


「えっと、わたし帰らなきゃなんだけど……」


途方に暮れながらも、つんつんと胴を突いてみる。不思議そうに顔を覗き込まれた。

何か用? とでも言いたげな顔だ。こっちが聞きたい、とキーラは心底思う。


「離れないなら、連れてっちゃうよ?

ルピアってこことは真逆の環境だし、食べ物もないかもだよ?」


だからここでお別れだよ、というつもりで言ったのだが。

蛇はうんうんと頷くと、更にしっかりと巻き付いてきた。そうじゃない。


「絶対わかってないよね……うーん……」


まぁ、一度連れていけばこの仔も分かってくれるだろう。

蛇をマフラーにしたまま、キーラは立ち上がった。


「それじゃあ……そろそろ帰るね。

どうか、元気でね。もう泉に落ちたりしたらだめだよ?」


一角獣に手を伸ばす。頰を擦り寄せてきた彼をそっと撫でてから、ゆっくりと離れた。


行くべき場所をイメージすれば、泉が七色に輝き出す。


「……ばいばい!」


手を振って、泉に飛び込む。少女と2頭の魔物の姿は、光とともにふっと消えた。

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