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8-1:リルの森

「ふわぁ……」


目を開いてまず視界に広がった景色に、キーラは思わず感嘆のため息を漏らした。

分厚い葉を繁らせた木々が陽光を完全に遮断し、森の中は真っ暗だ。しかしその中に色とりどりの蛍のような淡い光が舞って、辺りを照らしている。

足元には、これまた色鮮やかな蛍光色に輝くきのこが照明のごとく並んでいた。

雨のようにしとしとと降り注ぐ露が、その上で軽やかに跳ね、幻想的な音楽を奏でている。


キーラたちの周りに、光がふわふわと集まってきた。

よく見ると、それはやはり蛍のような姿をした虫の魔物だと分かる。だが光っているのはお尻ではなく、羽根のようだ。

小さな羽ばたきのたびに、生命の力(マナ)が鱗粉みたいにキラキラと振るい落ちる。


さすがに触るのはためらわれたが、ハルの様子を見る限り彼らに敵意はなさそうだ。

しばらくジッとしていたが、いつまでもいなくなる気配がないので、まだ立ち上がれそうにない一角獣の近くに膝を付いた。


「ここでなら、あなたもゆっくり休めるよね。

……ごめんね。見殺しにしようとしたわたしが、偉そうに言えることじゃないけど……

あんな場所でも、あなたは一生懸命生きようと頑張ってた。だから……死んじゃだめだよ」


もしもあのままだったら、あそこで一角獣は死んでしまっていた。

そしてあの四人組にツノを譲ったあと、遺体をリルの森に返すためにスペースバッグに収納し、そこで一旦サブイベントは終了する。

それによってリルの森に行くフラグが立つわけだが、実はこのイベントを処理しておかないと、一生リルの森には入れない。

なんと言ってもリルの森には、無駄に広いアーガンティアにおいて貴重なワープポイントたる泉があるのだ。

ゲームでは無理に解放しなくても、頑張れば走って行けなくもなかったが、現実ではそうはいかない。


何かあった時のためにも、大人しくイベントの進行を見守るつもりだったが……まぁ、結果オーライだろう。

ただ、あの四人組が無事に済むかどうかは微妙なところだ。彼らの雇用主は、ちょっとヤバい人物なため、下手すると見捨てられかねない。

事情を知ってしまっている身としては、どうにかしてあげたい気持ちがないこともなく。


もしツノを見つけたらこっそり拾って帰ってあげよう、とキーラは思った。


さて、この森の中であれば一角獣は安全ではあるが、このまま放置して帰るわけにもいかない。

あの森ではろくに食事も取れなかったはずだ。体力回復には栄養が必要。

彼らが何を食べるのかは知らないが、少なくとも肉食ではない気がする。


「ちょっと、食べ物探してくるね。ハルはここにいてあげて」


一角獣に寄り添ってハルが身体を伏せるのを見て、キーラは彼らに背中を向けた。

とりあえずまっすぐ道なりに進んでみよう。あちこち行ってしまうと間違いなく戻り方がわからなくなる。


なぜか付いてくる光る虫を懐中電灯代わりに、時折顔に降ってくる水滴を拭いつつ、謎の果物やら木の実やらを摘んでいく。

ひとも獣もほとんど立ち入らないためか、食べるものは多いようだった。そろそろいいかと思いながら回れ右したところで、キーラは思い切り手の中のものを地面にぶちまけてしまった。


「……!」


目の前に、真っ白な蛇がいた。

太い胴体を木の枝に巻きつけ、ぶら下がるようにしてキーラの顔を覗き込んでいる。


「おおおおうっ……」


落ち着こう。よし、落ち着こう。

背中を向けるのはなし。間違いなく噛み付かれる。

目を逸らすのも危険だ。下手な動きをするのも多分危険。


相手が行動を起こした瞬間に避ける。これしかない。


幸い、解毒薬も万能薬も鞄の中にある。

もし噛まれても、即死でもしない限り死ぬことはないはずだ。


……毒で動けない間に捕食されるかもしれないが。


ただただ見つめ合うだけの時間が過ぎる。

観察していて気が付いたが、この蛇はどうやら魔物のようだ。

ところどころ金と紫に染まっている鱗が、光と闇の精霊術を扱えることを示している。


──は、ハイブリッドかぁ……


二種以上の精霊術に適性があるもの。

キーラの知り合いで言うなら、ユーインとクジマ、それからさっき出会ったばかりのおじさんがそれにあたる。

力が分散されるため高い精神力を必要とする一方で、その人にしかできない戦い方ができると羨ましがられることも多い。

ちなみにキーラは、左右に持った拳銃で違う色の弾丸を撃ち出すクジマの戦闘スタイルがとても好きだったりする。

どうやら彼自身は火の弾丸が好きなようで、色違いは本気モードの時しか見られないのだが。


「……」


それにしても、綺麗な魔物だと思う。

色合いやひし形の鱗模様が和柄に似て、とてもかっこいい。


瞳は金色だから、どちらかといえば光の精霊術が得意そうだ。

さっき見た麻痺矢のように、麻痺が使えるのかもしれない。光は電磁波の一種だから、光の精霊術士は雷系の精霊術に特化したものも多いのだ。


「……」


ますます、どうにかしてこの場を切り抜けるしかなくなってしまったキーラである。

さすがに麻痺させられて逃げ切れるとは到底思えなかった。


変化はおもむろに訪れた。

蛇はふと頭を下に向けると、キーラの足元に落ちていた果実を口で咥えて拾い上げ、キーラに差し出してきた。

不可解な行動に警戒しながら、手のひらを出してマンゴーに似た果物を受け取る。


「……あり、がとう?」


蛇はジッとこちらを見ている。穏やかな目だ。きっと知性が高いのだろう。

どうやら本能的に襲われることはなさそうだと、キーラは警戒心を引き下げた。


蛇の行動に目を配りながら、落としたものを拾い集める。

なぜか一緒に集めてくれる蛇に、実は好奇心旺盛なだけなのではという疑いを抱きつつ、キーラはお礼を言って立ち上がった。


「えっと……そっちに行きたいんだけど、横を通ってもいいかな?」


背中を向けないよう、慎重に蛇の近くを横切る。


「手伝ってくれてありがとう。ばいばい!」


ある程度距離を取ったあと、手を振って、キーラは全力で駆け出した。


何事もなく戻ってこられたことに安堵しながら泉に辿り着くと、何やら増えていた。


「おわぁ……」


チカチカするほどの虫がたくさんと、一角獣が二頭。魔物だらけだ。


「こ、こんにちは……」


落ち着いた様子でこっちを見てくる一角獣たちに、ペコペコと頭を下げつつ、キーラは果物などを地面に置いた。


「どれか食べられるかな?」


一角獣は頭を上げて、身体を起こしていた。

過ごしやすい環境で、少し回復したのだろう。ホッとして思わず笑みがこぼれる。


「うひゃっ!?」


差し出した果物を一角獣がかじるのを見守っていたら、首筋に冷たいものが触れた。

水滴かと思いきや、どうも別の一角獣が匂いを嗅いでいたらしい。


驚きつつ、たてがみを撫でてみると、気持ち良さそうに目を閉じていた。


「あなたたちは、この子の知り合いなの?」


せっかくなのでいっぱい集めてきた果物を彼らにも差し入れした。

本当におとなしい魔物だと思う。今まで出会った魔物はみんな問答無用で襲ってきたし、ハルだって従魔にする前はキーラを警戒して攻撃してきた。


ゲームにおけるリルの森で戦った一角獣が好戦的だったのは、おそらくウォーレスたちがいたからだろう。

倒すことはできず、一定ダメージを加えるとアイテムを落として逃げていくタイプの敵ではあったが。


和やかに一角獣たちと触れ合っているうちに、キーラはいつの間にか眠っていたらしい。

目を覚ました時には、ハルも隣で寝ていて、何故だか周囲の景色が変わっていた。


「あ、あれ……?」


起き上がってあたりを見渡し、キーラは愕然とした。

広々とした木々のドームの中、寝そべる一角獣たち。ざっと見ただけでも十頭以上はいる。


「どういう状況……?」


とりあえずハルを起こした。もしかして眠らされていたのだろうか。

そう思うとゾッとしないが、誘拐されたにしては空気が緩すぎる。


どのくらい時間が経ったのかも、帰り道もわからない。

どうしたものかと思っていると、一頭の一角獣が歩み寄ってきた。


「……うぇっ?」


その額を見て、キーラは目を見開いた。

宝石だ。藍色のツノの形をした宝石が、額から生えている。


とんでもないのが来たと思いながら、姿勢を正して頭を下げた。

もう、なんというか、神々しさが違いすぎて自身の頭の高さに耐えられないくらいだ。


下げた頭を、鼻先で軽く小突かれた。恐る恐る顔を上げる。


「……あ」


宝石の一角獣の隣には、あの一角獣がいた。

脚に矢を受けた際に毛が抜けた名残があるから、間違いない。


しっかりと四本の脚で立っていることに、思わず涙が出そうになった。


「よ、よかった……本当によかった!」


助けられた。この子が帰りたいと願ってくれたから、ちゃんと助けることができた。


「いっぱい怖い思いさせて、ごめんねぇ……!」


あのまま見殺しにしていたら、キーラはずっと後悔していただろう。

ハルや、魔物を仲間と呼ぶ赤目の民たちに対して後ろめたくなっていただろう。


生かす命を選ぶなんて傲慢は、キーラには重すぎた。

怯えている仔をいたぶって殺すなんて残虐を、一瞬でも許してしまった自分が怖かった。


だから、生きていてくれて、本当によかった。

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