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1-3:緑の国 エメラウド

キーラが目を覚ますと、目の前にイケメンがいた。


──こ、これは、まさかの朝チュン……?

やっぱりわたし、乙女ゲーの世界に来ちゃったの?

あれ? 『わるふろ』って乙女ゲーだったっけ??


などと混乱しながらよく見てみると、イケメン、もといウォーレスが床の上に寝ていることに気付いた。

キーラも寝た時のままきっちり寝袋の中である。

ハルはというと、ふたりの間に挟まって寝ていた。


どうやらキーラが床に寝ているのを見て、自分だけベッドに寝るわけにはいかないと思ったようだ。キーラにしてみたら、いい迷惑である。


一気に目が覚めてしまったキーラは、寝袋から起き上がって伸びをした。


「ん……」


ウォーレスが眠そうな顔で起き上がった。

キーラと同じように、うーんと伸びをする。肩がポキポキと……床は固かったに違いない。


「ふああ……おはよう……」

「おはようございます!

すみません、勝手に部屋を使っちゃって……服も……」

「んー、いいよ。ナタリアに言われたんだろ?

ベッドも使ってよかったのに」

「いえ……」


あんたが使うべきだろ〜! とキーラは思ったが、さすがに知り合ったばかりの相手にそんな暴言は吐けなかった。

というよりも、自分がコントローラーで操り、馬車馬のようにこき使っていた子を前にして、大人になって昔虐めていた同級生にばったり会ってしまったような微妙な居心地の悪さを感じているキーラだった。

ちなみに、キーラに同級生を虐めていた過去はないので安心して欲しい。


「帰り、遅かったんですか?」

「うん……めちゃくちゃ眠い……」


寝癖を付けてぼんやりしているウォーレスは、なんだか、どこにでもいる普通の青年に見えた。



ふたりがリビングダイニングに行くと、すでにナタリアが食事の支度をしていた。


「あはっ、なんか、兄弟みたいね。

そっくりな寝癖付けちゃって」


キーラは思わずウォーレスと顔を見合わせた。


「ほら、さっさと顔洗ってきなさいよ。

そろそろ水も止まるかもしれないわねぇ」


三人で食卓を囲む。

ナタリアの両親は夕方まで帰らないだろうということだった。

食事を終えたタイミングで、ウォーレスが真剣な顔で切り出した。


「ナタリア、俺、難民の護衛でトパースまで行ってくる」

「あら……そうなの。いつ頃帰れそう?」

「わからない。

トパースにも世界樹の根があるだろ?

またあいつらが来たら、うちの国民はまた路頭に迷ってしまう。トパース以上に積極的に難民を受け入れている国はこの辺にはないんだ」

「ふーん。トパースを守るために残るつもりなのね?」


ウォーレスが頷く。

ナタリアは机に頬杖をついて苦笑した。


「そんなことだろうと思ったわ。いつ出発するの?」

「明朝だ」

「そう、わかったわ。

多分だけどね、両親は行商に出ると思うの。昔そうしていたみたいにね。

もしそうなったら、あたしはウォーレスと一緒に行く」

「いいのか? おばさん達と旅をしてもいいんだぞ?」

「だって、ウォーレスをひとりにするわけにはいかないもの。

料理も家事もまともにできないくせに、遠慮なんてしてるんじゃないわよ。もっとあたしを頼りなさい」


ウォーレスはどこかホッとした顔をした。

水を差すようでごめんなさい、と思いながら、キーラはおずおずと切り出す。


「あの……ぼくもウォーレスさんに付いて行っていいですか?」

「そういえばキースは昨日この国に来たばかりだったわね。

それでこんなことに巻き込まれるなんて、あなたも運がないわね!」


キーラは曖昧に笑うしかなかった。


「そうだな、キースの実力なら、護衛も務まるだろうし。

あっ、もちろん難民に混じってもいいんだけど……出来れば手伝ってほしいかな。俺みたいな見習いも使わなきゃならないくらい、人手が足りないんだ」

「はい、手伝います!」


頷くと、ウォーレスが爽やかに笑ってキーラの髪をくしゃりとかき混ぜた。

ウォーレスはやはりキーラを小さな子どもだと思っているらしい。

たしかに少年としては幼く見えるかもしれない、とキーラは髪を直しながら、照れ隠しに唇をとがらせた。



ナタリアの予想通り、このままでは商売が立ち行かないと判断したナタリアの両親は、行商に出ることに決めた。即決だった。

どうやら元々、ナタリアが充分成長したら、行商に出ようと思っていたらしい。ナタリアに似てパワフルな夫婦なのだった。


というわけで、ナタリアも護衛に加わり、難民一行はトパースに向けて出発した。


「トパースまでどのくらいかかるんですか?」

「10日の予定だけど、みんな長旅に慣れていないからな。数日延びると思っていたほうがいいよ」


食料などの足りない分は馬で追って運んでくれるらしい。

エメラウドの王様は国民想いだ。復興が上手く進むといいなぁとキーラは思う。

それにしても、こういう現実的な面はゲームでは描かれなかったので、自分が今生きていることを強く実感する。


「やっぱりこの辺は魔物が少ないですね……」


キーラが言うと、ふたりとも首を傾げていた。


「そういえばキースはどこから来たの?」

「小さな村で……正式な名前はないらしいですが、ぼく達はクラムって呼んでました」

「そうか。辺境の町や村は名前がないらしいとは知っていたけど……それは遠かっただろうなぁ。ひとりでここまできたのか?」

「はい。でもハルもいましたから」


ハルが応えるようにクルルと鳴いた。

おそらくハルの背に乗せてもらわなければ、倍以上は時間が掛かっていたはずだ。

ウォーレスは感心したようにハルを見下ろした。


「気になってたけど、ハルのような魔物は今まで見たことがないよ。やはり辺境の方にしか生息していないのかな?

俺も騎獣が欲しいけど、大きな魔物を従えるのは相当難しいと聞くしなぁ」


魔物を仲間にするには、相手との力の差が大きいほど成功する確率が上がる。

コツは、互いに傷を負わないこと。

それから目を決して逸らさないこと。

それらを踏まえて屈服させることで、魔物が従属を選べば、その証としてこちらのつま先に頭や鼻先を触れるのだ。


ハルの場合は相性がよかったとしか言いようがない。

そもそもキーラの使う精霊術は闇に属するものが多く、攻撃というよりは拘束や精神系に作用する術が主流だ。

キーラがエメラウドで使った精霊術も、一時的に拘束するだけのものだった。兵に殺されたか、レフの元へ帰ったのかは知るところではないけれど。

そのため闇系の精霊術師は魔物を従えやすいと言われている。


ハルに出会ったのは草原だった。

一目見てなんて綺麗な魔物だろうと思ったのだ。ゲーム画面で見た時にも、ネコ科は反則だろ〜などと思ったが、実際に見るとそれ以上だった。

白い毛並みに、手足や尻尾などの末端が草原の色にグラデーションしており、首に襟巻のように巻き付いたもふもふの白い毛が高貴な雰囲気を漂わせていた。つぶらな黒い瞳も、すらりと長い二本の尻尾も、豹に似た筋肉質なしなやかな体躯もキーラの心を捉えて離さなかった。

しかしその時、キーラはまだ8歳だった。ゲームの事前知識を活用して精霊術はある程度習得出来ていたが、辺境の魔物はゲームでもレベル上げで挑むようなそこそこ強い魔物だ。下手すると捕食されて(ジ・エンド)なんてことも……しかし、ゲームの知識があったキーラは、この魔物の強さと自身の精霊術の精度を照らし合わせて、イケると踏んだのだ。

そして、身を隠すところもない場所で、執拗に拘束の精霊術を行使し続けた。汗が滝のように吹き出し、目も霞んできて、そろそろキーラの精神力が尽きるというところでようやくキーラを認めてくれたのだった。

精神力は尽きると昏倒してしまうので、本当にギリギリのところだった。

精霊術の知識以外に、初めてゲームの情報が役に立った瞬間だった。


ウォーレスはいずれ騎獣どころではない魔物を仲間にする予定なので、心配しなくても……とキーラは思うが、言えるはずもなく、もどかしいキーラなのだった。

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