7-8:火の国 ルピア
「きゃあっ!?」
「うわっ!」
地響きと、そしてバキバキと木が折れるような嫌な音。
地盤ごと根を砕かれ、倒れていく木々の隙間から鋭い陽光が差し込んだ。
泉に降り注ぐそれは幻想的で、しかし、身が引き裂されるような悲痛な悲鳴がこの場を地獄に変えていた。
「ああ、嘘でしょっ……!」
あらゆる毒を浄化する彼らにとっての毒、それは熱だ。
矢に貫かれても走れる頑丈な身体を持っていながら、自身の体温ですら火傷してしまうほど熱が苦手なのだ。
だから常に露をまとって体温を下げながら、暗く湿った場所で生きている。
彼らは獰猛なのではなく、とても臆病なのだ。
人を見ただけで恐慌状態に陥ってしまうほど。
そして生娘だけが彼らに近付くことを許されるのは、世界樹の陰の結界があるためなのだが……その話はちょっと長くなるので、いまはやめておこう。
身体から湯気を噴き出しながら、一角獣がのたうち回っている。
キーラは、イベントの進行のためにこの展開が必要なことを知っていた。
分かっていて、ナタリアに着いてきた。
だから。……でも。
「<恵みの雨よ>」
辺りに満ちていた一角獣の水の気配が弱まるのと入れ替わるように、キーラたちの頭上に雲が湧き上がり、雨を降らせた。
それは敵も味方も関係なく降り注ぎ、傷を癒していく。
「ナタリア様、キーラ様」
「……リック!」
ナタリアが背後から現れたリックに飛び付いた。
「ばかっ!! 遅いのよっ……!」
「……申し訳ございません。
攻撃手段を持たないワタクシではお邪魔になるかと、離れて様子を見ておりましたが……癒しの力を使う用意だけはしていたのですワ」
走ってくるのに時間がかかってしまいましたが、とリックは悲痛に目を細める。
その先には、倒れ伏した一角獣。
雨を浴びたところから傷は癒えていくが、果たしてあの魔物の生命力が保つかどうかは、リックには判断が付かなかった。
「これってさぁ、あれかなぁ……
一角獣のツノは俺たちがいただいていくぜグヘヘとか言ったほうがいい展開かなぁ……」
「どっちでもいいですけど、これって生きたまま引っこ抜けるんですかね」
「なんかさぁ、思ったより痛々しい感じだったじゃんかぁ……
おじさん、ちょっとかわいそう……って思っちゃった……」
「元凶がなんか言ってる」
「もっとこう、悪い魔女が正体を暴かれて老婆になるみたいな感じかと思ってたんだよぅ……」
「いや、明らかにこっちが悪者っスからね」
「ねぇみんな僕の仲間だよね? もっとおじさんに優しくして?」
一角獣の傍らで顔を突き合わせ、ひそひそと話している四人組をナタリアが睨み付ける。
そのままぐりんとリックに視線を移した。
「リックまであの仔のツノを引き抜くとか言うつもりじゃないでしょうね?」
「んっ……うむ……
いえ、手に入れば僥倖程度に考えていたものにございますから……」
「まったく、正気を疑うわ。
こらっ、あんたたち! その仔に手を出したら承知しないわよ!」
ナタリアが拳を振り上げ、男たちのほうへ駆けていく。
地割れの衝撃でへたり込んだままのキーラのそばに、ハルが近付いてきて、手に頭を擦り寄せた。
「キーラ様、お怪我はありませんかな?」
「あ……だ、大丈夫です!
でも、服が……」
戦闘の際に裂けてしまった裾を恐々とつまむ。このくらいなら縫えばなんとか誤魔化せるだろうか。
「ふむ。キーラ様さえよろしければ、此度の報酬として何着か見繕わせていただきますワ」
「ええっと、もらっても着る機会無いと思うんで、大丈夫です……」
「おや、それは残念ですワ」
心底残念そうな顔をするリックにキーラが動揺していると、言い争うような声が聞こえてきた。
当然、ナタリアたちがいる方向だ。
「しつこいわね。いい加減諦めなさいよ」
「そう言われても、殺す以外方法がないんじゃねぇ?」
「だから、生え変わりまで待てばいいでしょ。
そのわがままな雇用主にも伝えなさいよ。早ければ一年以内には手に入るって」
「姐さん、さっき生え変わりの周期は十年って……」
「やあね。見なさいよ、この立派なツノを。
最低でも生えてから一年は経っているわ!」
「すごい! 説得力が皆無っス!」
収拾が付かなさそうなやりとりを眺めつつ、リックがあごを撫でた。
「取り急ぎ、あの一角獣を日陰に避難させねばなりませんな。
ワタクシの雨雲もそう長くは保ちません」
「な、ナタリアさんー!」
キーラは慌てて立ち上がった。
▽
泉の傍ら、キーラとナタリアはハルの精霊術を借りて、露の滴る木陰に一角獣の巨体を移動した。
そして自然と集まってきた面々と顔を見合わせる。
一様にリックの雨を浴びて水浸しになった姿は、なんとも気が抜けるものだ。
「それにしても、こいつはなんでこんなとこにいたのかねぇ……?」
「ワタクシも半信半疑でしたが、まさか自身の精霊術で水を集めているとは……
とはいえ、リルの森からここまで陽の光を浴びずに辿り着けるはずもなし、不可解の一言にございますな」
ナタリアが、そっと一角獣の冷たい毛並みを撫でる。
「いずれにしても、こんなところじゃこの仔は生きていけないわ。
この弱った状態じゃなおさらよ……
回復したとしても、またあんたたちみたいにツノを狙うバカが現れたら、今度こそ死んじゃうわ」
「バカ……」
四人が誰ともなくつぶやいた。
「そうは言ってもさぁ……ねぇ?
この近くに一角獣が住めるようなとこなんてないはずだし、ここからリルの森までひとっ飛びってわけにもいかないでしょ?
おじさん、気持ちはわからないでもないけどねぇ」
「ツノのことまだ諦めてないくせに、何言ってんのよ」
「やだなぁ、ナタリアちゃん。
お仕事に私情を挟むわけにはいかないでしょ?
おじさん、弱いものは守られるべきって考え方は大嫌いだけど、だからこそどんな生き物にだって虐げられなくていい権利はあると思うんだよねぇ」
ナタリアが呆れたような顔で男を見上げた。
「あんた、やっぱりバカね。
そんなの当たり前じゃない」
「おっと、そうだよねぇ。あはは」
「ふむ、状況を一度まとめましょうか」
その一言で、話の主導権がリックに移る。
「ナタリア様は一角獣の安全を確保したい。
貴方がたは一角獣のツノを手に入れたい。
しかしナタリア様の主張は現時点で成立させる方法がなく、一方の貴方がたの目的はいつでも達成が可能」
「だからこそ、こんなふうにのんびりまったりお話なんてしちゃってるわけだぁねぇ」
男たちにしてみたら、いまこの場で一角獣のツノを奪おうとして戦闘になるより、勝手に死んでもらってから手に入れたほうがよほど穏便に済むというわけだ。
キーラから見ても、一角獣はもう長くは保たないように思えた。
ナタリアの言う通り、こんなところで一角獣が生きていけるはずがないのだ。
常に身体に露をまとわせるために、寝る間もなく精霊術を行使していたのなら、身体にも精神にも相当な負担がかかっているはず。
そのうえ更に激しい戦闘に致命傷に近い火傷と、ここまでダメージが重なってしまっては、いくら傷が癒えたとしても、もう。
「ま、しょうがないよねぇ。
だってどうしようもないんだもん。
そっちのお嬢ちゃんはわかってるみたいだけど」
「……!」
一瞬、心臓が凍り付いたような気がした。
キーラにとって馴染み深いはずの、男の焦茶色の目が、まるで恐ろしいもののように映る。
「ねぇ?
あー、キーラちゃん……だっけ?
君、最初から全然本気出してなかったでしょ?
そうだなぁ……うん。どっちの邪魔にもならないように、それっぽく戦ってただけって感じかなぁ。
おじさん、びっくりしちゃったもんねぇ。
まるで、自分は無関係だとでも思ってるみたいでさぁ」
「……っ」
呼吸が、うまくできなくなる。
目があってはいけないものと目があってしまった感覚。
ゲーム画面の向こうのキャラクターが、唐突にこちらに話しかけてきたかのような。
キーラの恐怖を敏感に感じ取って、ハルが男に向かって低く唸る。
「……君は、大事に大事に守られてきたんだろうねぇ。当たり前みたいに。
僕はねぇ、君みたいな子が、心の底から気持ち悪いよ」




