7-7:火の国 ルピア
なぜかキーラが巻き込まれてしまったこの一角獣捕獲クエスト。
これは、ナタリアを操作キャラにした状態でリックに話しかけることで発生するサブイベントだ。
ルピアより南には、大陸を渡るために山越えをする者を拒むかのように広大な森が立ちはだかっている。
成否に関わらず報酬は払うというリックの言葉に、しっかりと契約書まで用意させたナタリアは、気の乗らないキーラを引きずってすでにその入り口に立っていた。
「な、ナタリアさん……やっぱり、わたしだけでもルピアに残ったほうがいいんじゃ……」
はからずも、守人襲撃フラグである『サミュエルがひとりでルピアにいる』状態になってしまっていることが、キーラには非常に気がかりだった。
ウォーレスがルピアに入った時点でフラグは折れているだろうとは思うものの、絶対はないのだ。
「もう、往生際が悪いわね。
さっさと行って帰って来れば済む話でしょ。
麗しの乙女がふたりもいれば、一角獣もすぐに姿を見せるに決まってるわ。
……なーんて、こんなところにいるとはとても思えないけどね」
そう言ってナタリアは背の低い木々を見上げる。
渇いてひび割れた地面から突き出した幹はところどころ剥がれ落ち、葉の色もどこかくすんでいて元気がない。
どう見ても、水気を必要とする一角獣がいるとは思えない景色だ。
「ま、とにかく行きましょ。
というか、ハルは本当に大丈夫なのよね?」
「大丈夫です!
ハルも女の子ですし」
森を睨みながら、傍らにくっ付いているハルの頭を撫でる。
離れそうになかったので連れてきたが、条件は満たしているし、問題ないはずだ。
魔物にも生娘という概念が当てはまるのかは正直疑問であるが。
「随分警戒してるのね。
近くに魔物でもいるのかしら」
「戦いになりますかね……あの、せめて着替えちゃだめですか?」
「見た目から入ることも大切よ、キーラ」
「うう……」
せっかく綺麗なワンピースなのに、ナタリアどころかリックにまで着たままでいるように言われてしまった。
ウォーレスやサミュエルのように接近戦になることはないにしても、転んだり枝に引っ掛けたりなどしないか心配でならない。
足元に注意しつつ、森の中に踏み込んでいく。
「ハル、水の音はする?」
ハルはちらりとこちらを見上げると、先導するように前に出た。
その後ろをふたりはついて行く。
「助かるわ。ハルは耳がいいのね」
「えへへ、そうなんですよぉ」
「なんであんたが嬉しそうなのよ」
時折現れる魔物を倒しながら、更に奥へと進む。
ナタリアはまともに火を扱えず辟易しているようだった。
「こう乾燥してると下手に燃やせないじゃない。
もうっ、ウォーレスがいればうっかり燃えても消火できるのに!」
ウォーレスは消火器扱いらしい。
「なんか、目に浮かびますね……」
「そうだわ、キーラの影で消せないかしら?
ねぇ、ちょっとやってみてくれない?」
「ええっ!?」
近くの木を燃やそうとするナタリアを慌てて止める。
もし消せなかったら一大事だ。やめてほしい。
「きっといけるわよ。だめ?」
「だめです!」
不満げなナタリアの背中を押し、先を促す。
気付けば、かなり奥まで来ていた。陽の光を奪い合うように生い茂った木々が、足元に薄暗い影を落としている。
「この辺りの土は少し湿っているのね。きっと水辺が近いんだわ」
そうナタリアが囁いた時、ハルが小さく喉を鳴らした。
身構えることなく立ち止まったまま、茂みの向こうをジッと見ている。
キーラとナタリアが顔を見合わせたその直後、がさりと葉が擦れる音がして、キーラにも分かるほど濃い水の気配が周囲に漂う。
「これは……」
呟くナタリアの鼻の頭に、ぽつりと水滴が落ちた。
頭の上にも、足元にも、ぽつ、ぽつ、と降り注いでくるそれは、露だった。
いつの間にか木々にびっしりと張っていた露が、その葉の表面を伝って滑り落ちてきているのだ。
そして、息を呑むふたりの前にそれは姿を現した。
すらりと引き締まった体躯は純白の毛並みに覆われ、水滴を弾いて煌く。
艶のある鬣は、夜空の青。同じ色の瞳は理知的で、宝石のように深く透き通っている。
一際目を引く、天を突くような立派なツノが、その生き物が一角獣であることを証明していた。
「……無理よ」
見惚れるキーラの横で、呆然と呟いたのはナタリアだった。
「あたしにはできない。
こんな……神様みたいな生き物、傷付けられない」
──ああ。
キーラは知っていた。ナタリアのその言葉を。
あの時は、ここまで心が震わされることはなかったけれど。
一角獣とハルが挨拶を交わすように、一瞬鼻先を寄せ合う。
ハルが警戒していないということは、相手にも敵意がないことは明らかだ。
ゆっくりと歩み寄ってきた一角獣が、そっとナタリアに顔を寄せる。
恐る恐る手を差し伸べるナタリアに、美しい獣が目を細めた刹那、ハルがキーラに向かって鋭く吠えた。
「……ッ!」
ぱちんと思考が切り替わる。
ハルが起こした風は、間一髪でそれの軌道を逸らした。
一角獣とナタリアの間を擦り抜けていった何かが、びぃぃん、と音を立てて木の幹に突き刺さり、ばらばらと水滴を周囲に散らした。
「……弓矢!?」
ハッと身構えたナタリアは、咄嗟に一角獣を庇うような位置に立った。ああ、まずい。
「ナタリアさん!」
キーラは慌ててナタリアの手首を掴んで引き寄せる。
そのすぐ横を、狂ったように大きく嘶いた一角獣がものすごい勢いで駆けていった。
「やだ、あの仔パニックになってない!?」
「追いましょう!」
先頭に立ったハルに着いて、一角獣が破壊していった道を走る。
獣のいななきと、人の声、複数の精霊術の気配。
「どうして……!」
ナタリアが泣き出しそうな声で呟いた。
キーラは何も言えないまま、獣道の向こう、ぽっかりと口を開けた空間に目を凝らす。
そこに飛び出したキーラたちの視界に、一角獣と交戦する数人の男たちの姿が映った。
一角獣は脚に矢を受けながらも、ツノを振り乱して彼らの追撃を阻んでいる。
「こらーッ! あんたたち!!」
いじめっ子を叱るような台詞を叫びつつ、ナタリアは両手いっぱいに真っ赤な花びらを集めた。
ぶわりと浮き上がった花びらが火に包まれ、ナタリアの詠唱に合わせて飛んでいく。
だがその中にいた精霊術士が水の壁を作り、攻撃を全て防いでしまった。
茶髪に髭面のリーダーらしき男が、一角獣に転がされながらもこちらに向かってへらりと笑う。
「悪く思わないでねぇ、お嬢ちゃんたち。
こっちもお仕事だからさぁ、ほら、わかるでしょ? ねぇ?」
「はぁ?
ふざけたこと言ってないで、さっさとその仔から離れなさいよ!」
「ありゃりゃ、怒られちゃった。
若い子に怒られるのは心にクるなぁ。でもなぁ、こっちも仕事だしなぁ」
「うだうだしてないで立ってください、船長」
「あいつにケツぶっ刺されても知りませんよー」
「まぁ、その前にオレの矢が刺さるかもしれないっスけど! あはは!」
「いやぁ、君たちはもっと歳上を敬ったほうがいいと思うよ……?」
器用に攻撃を弾きつつ、呑気な会話をしている彼らを無視し、ナタリアが一角獣に声をかける。
しかし、すっかり錯乱してしまっていて言葉は届かないようだった。
「先にあの変なやつらを止めるべきね。
やるわよ、キーラ! <炎>!」
「いいねぇ、綺麗な火だねぇ」
「船長下がって。 <水の壁>!」
「報告! やっぱりオレの<麻痺矢>浄化されてるー! 超絶悔しいっス!」
「一角獣のツノは毒しか分解できないはずだから、きっとあの仔の水の精霊術は癒しの力なんだろうねぇ」
彼らの会話を聞きながら、キーラは周囲に視線を走らせる。
ほぼ楕円状の広場、その半分は泉だ。
足元の草は湿っていて、絡まり合った木々により陽の光は一筋も見えない。
キーラが得意とする影を操る術は使えないとみていいだろう。
森を背にキーラとナタリア、広場の真ん中辺りに敵の男たち。一角獣は更にその奥。なにかの拍子に泉に落ちないか心配だ。
リーダーは土の精霊術士、仲間に水の盾士と、光の弓使い、それから風の剣士。
攻撃タイプのナタリアは、水の盾持ちと非常に相性が悪い。
あれを封じるならやはり。
「ハル!」
「グルルッ!」
「……っ!?」
ナタリアの攻撃に合わせてハルに合図すると、鋭い突風が水の盾を切り裂いた。
咄嗟に攻撃を避けた男を素通りし、リーダーの男にナタリアの炎が直撃する。
「あちちち!?」
「<水>! すみません船長」
「そこどいて! <風刃>!」
キーラの飛ばした鳥を、風の剣が切り裂く。
目眩しの精霊術だったのだが、やはり溜めが必要な術は止められやすい。
そんな応酬の合間にも、一角獣が何度も男たちに突っ込んでいく。
どう考えても男たちの狙いは一角獣のツノだ。
ふたりでなんとか牽制しているが、いつうっかり殺されてしまうか分からない。
「あんたたち、いくら仕事だからってよくそんなに綺麗な仔を殺そうだなんて思えるわね!
憐れみの心ってものがないわけ!?」
「いやいや、いくら綺麗でも魔物は魔物じゃん……、ねぇ?
それに、美醜で殺す相手を選ぶってのも、手前勝手なお話だとおじさんは思うけどなぁ……」
男が手慰みのように手のひらの上で石ころを跳ねさせる。
「例えば、弱者だから守られるべきとか。
例えば、可愛いから許されるべきとか。
だったら、おじさんたちみたいな弱くも可愛くもない人間はさぁ……ねぇ? なにかを奪いながら生きるしかないじゃない?
──だって、誰にも守ってもらえないんだもん」
可笑しそうに口端を釣り上げた男が、なにかを小さく詠唱する。
そしてやけにゆっくりと、石を上に放り投げた。
思わず視線を上にずらしかけたキーラの眼前に、一瞬、ゲーム画面が重なる。
「……!」
咄嗟に視線を下げるのと同時に、男の靴がトン、と地面を踏む。
途端に、男を中心に地面に無数の亀裂が走った。
ほんの一瞬、時が止まったかのようにすべてが静止し──
──ドンッ、と、その場に立っていられなくなるほどの振動が大きく響いた。




