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7-6:火の国 ルピア

「お嬢サン」


年齢不詳な、不思議な響きの声に呼びかけられ、顔を上げる。

手招きされておずおずと寄って行くと、そっと髪に花の髪飾りを差された。ワンピースと合わせた、綺麗な青い花だった。


「り、リックさん……これ……この服……」

「うむ、よく似合っておりますワ」


そうじゃない。

物言いたげな目を向けるキーラに謎に力強く頷いて、リックは手早く支払いを済ませると、ふたりを店の外に促した。

ハルが特になんの反応も示さなかったことに安堵しつつ、リックのテントへと戻る。


人の目がない室内に入れたことで、キーラはようやく張り詰めていた気を緩めた。

ナタリアがずっと黙っているのが正直怖いのだが、だからと言って顔を見る勇気もない。


「さて」


最初に切り出したのはリックだった。


「如何でしょう? ナタリア様」


と、自信満々な笑みを向けてみせる。

微妙に腹の立つ顔である。


「……言いたいことは色々あるけど。

ねぇキース、聞いてもいいかしら?」

「は、はい……」


恐る恐る、ナタリアの顔を見上げる。

彼女は複雑な表情でキーラを見ていた。


「とりあえず、確認させて。

あんたは本当に女の子なのね?」

「……はい」

「……そう。だとしたら、あたしは謝らないといけないわ」


そう言って、ナタリアは頭を下げた。

……リックではなく、キーラに。


「えっ、あの……?」

「ごめんなさい、キース。

同じ女であるあたしが、一番に気付いてあげなきゃいけなかった。

……本当にごめんなさい」


怒られると思っていた。なぜ黙っていたのかと。

その覚悟もできていたのに、こんなふうに謝られてしまっては、どうしていいかわからない。


様子を見ていたリックが、気まずく落ちた沈黙を取り持つように声を上げた。


「お嬢サンは、ずっと男子のふりをしていたのですかな?」

「ええと……はじめは、ぼくと従魔のハルだけだったんです。

それで母が、男の子のふりをしたほうがいいからと髪を短くしてくれて」

「ふむ。その後ナタリア様と出会うも、打ち明ける機会を見失っていた、と」


キーラはこくりと頷く。

それからナタリアに向き直った。


「ぼく……っじゃなくて……わたしこそ、いままで黙っていてごめんなさい!

実はちょっとだけ、男の子扱いのほうが気楽かもなぁ、なんて思ってたりもして、うまく言い出せなくて……」

「キース……あんたねぇ」

「え、えへへ……あ、名前もほんとは、キーラっていうんです」

「ええ、そう、そうよね。キースは男名だもの……あぁ、もう、嫌だわ! なんで気付かなかったのかしら!

どう見たってあんた、女の子じゃないの!」

「あはは……」


頭を抱えて苦悶しているナタリアに、キーラは愛想笑いを返すしかない。

思い込みというのはそれだけ強いものなのだろう。


「いやはや、人間の目とて当てにならんものですな。ハッハッハッ」

「きぃぃぃっ、ムカつく!!」


リックは己の目の正しさが証明できて大変ご満悦なようだ。

キーラは彼に向かって頭を下げた。


「リックさん、ありがとうございます。

本当なら、わたし自身が勇気を出して打ち明けなきゃいけなかったんだと思うけど……でも、背中を押してもらえてよかったです」

「おやおや、律儀なお嬢サンですワ。

ワタクシのほうこそ、身勝手に付き合ってくださりありがとうございました」

「それで、えっと……おいくらでしょうか?」

「キース、じゃないっ、キーラ!

出す必要ないわよ、お代なんて!」

「ええっ、いやっ、だ、だめです!」


財布を取り出すキーラの手を、ナタリアが両手で押して引っ込めさせようとする。

そんな攻防を楽しげに眺めながら、リックはのんびりと言った。


「いかにも、お嬢サン、ナタリア様の言う通りでございますワ。

商売人は信用が第一。押し売りのような真似をして金をむしり取るなどという非道はいたしませんとも」

「ううっ、でも……!」

「もし、それでは気が引けるとおっしゃるのでしたら、ワタクシの相談に乗っていただけると嬉しいですワ」


相談? とキーラは首を傾げる。


「あら、そういえばそんなこと言ってたわね。

キーラの性別のことでうやむやになっちゃったけど」

「なんかすみません……」


というわけで、仕切り直してリックの話を聞くことになった。


「お二方は、一角獣(ユニコーン)と呼ばれる魔物をご存知ですかな?」


その言葉にナタリアが肯く。


「もちろん知ってるわ。

一角獣のツノは、万能薬(エリクシール)を作るのに欠かせない材料のひとつだもの」

「うむ、さすがはナタリア様ですワ。

一角獣はアーガンティア大陸にあるリルの森にのみ棲息しており、森の外に出てくることはないのですワ。

しかしここ数日、ルピアよりやや南下したところにある森で一角獣を見たという噂が相次いでいるのですワ」


一角獣はそのファンシーな見た目に反して、とんでもなく獰猛な魔物だと言われている。

敵とみるや、周囲の木々もろとも薙ぎ払いながら、頭を振り乱して突進してくるらしい。


「それ、あたしも聞いたけどありえないわよ。

一角獣がリルの森にしかいないのは、あそこが常に露に覆われているからよ。

彼らは陽の当たらない、水気の強いところでしか生きられないの」

「うむ、いかにも。

元は水生生物だったと言われている魔物ですからな。生きたまま森の外に連れ出したとたん、干からびて死んでしまったという話もあるくらいですワ」

「うわあ……」


強いんだか弱いんだかよく分からない魔物だ。


「じゃあ、みんななにかと見間違えたってことですか?」

「いやはや、そうとも言い切れんのですワ。

それを見たものは声を揃えて、長いツノが生えた馬のような魔物だったと言うらしいのですワ。

そして一角獣以外に、そのように特徴的な姿の魔物がいるという話をワタクシは聞いたことがない」


もちろん、キーラのゲームの知識にも他に当てはまる魔物はいない。

キーラは数多の戦いの日々を思い返しながら、確信を持って頷いた。


「で? 仮にそれが一角獣だったとして、リックの相談事ってなんなの?」

「うむ。結論から言わせてもらいますと、ワタクシはその一角獣のツノがほしいのですワ」

「ふーん。理由は?」

「ナタリア様のおっしゃるとおり、一角獣のツノは万能薬の材料になるのですワ。

なぜなら、一角獣のツノにはあらゆる毒を浄化する力があるから。

ワタクシはそれを利用して、毒を無効化するアクセサリを作りたいのですワ」


なるほどね、と頷き、ナタリアは腕を組んだ。


「一昔前に乱獲されて絶滅しかけた関係で、今は一角獣のツノは生え変わりの際に抜け落ちたものしか採ってはいけないことになっているわ。

取り扱いも厳しく管理されていて、取引可能なのは商業組合か薬師免許を持っている商人だけ」

「ワタクシも一応は商業組合に所属している身にございますが、ただでさえ貴重な一角獣のツノがこちらの大陸まで渡ってくることはまず有り得ないのですワ」


実質、アーガンティアの商業組合の独占状態になっているのだとリックは嘆く。


「かと言って、直接買い付けに行くほどの熱意もなく。

諦めかけていたところに、此度の噂を耳にしましてな」

「まぁ確かに、アーガンティアで一角獣の捕獲なんてしたら厳罰ものでも、別大陸(ゴルド)では関係ないわよね」

「そうでしょうとも」


当たり前のことだが、一角獣を殺してはいけないという決まりはない。襲われても攻撃できないとあっては、こちらがやられてしまうからだ。

だからアーガンティアでは、リルの森は立入禁止区域に指定されていて、許可なく侵入した者は処罰の対象になる。


「OK、理解したわ。

あんたがわざわざあたし()()にこの話を持ちかけた理由もね」


その言葉にキーラはぎょっとし、そして今の自分の格好を思い出して、思わず変な顔をしてしまった。


「うむ。一角獣は、生娘を好むのですワ。

ナタリア様、キーラ様、やつめを誘い出すのに、貴女がたの手をお借りしたいのですワ」

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