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7-5:火の国 ルピア

人型をして、人語を扱うが、常人とは違う身体的特徴を持つものを亜人と呼称する。

その数はとても少なく、しばしば人種差別の的にされることから身を隠して生活しているものも多く、市井でその姿を見かけることは滅多にない。


キーラの大好きな赤目の民もそのひとつだ。

ウォーレスたちが彼らの狼の耳や尻尾を見ても驚かなかったのは、そういう種族がいるということを知っていたからに他ならない。


そして、いま目の前にいるこの男。


「いやはや、偶然カフェで貴女を見かけたもので、ついついあのように似合わぬ真似をしてしまいましたワ」

「ふーん。まぁ、デザートはとても美味しかったわ」

「それは何よりですワ」


目の下からフードで隠れた頭までびっしりと這った青黒い鱗に、のっぺりと平たい鼻、二股の細長い舌、そしてローブの裾から覗く太い蜥蜴の尻尾。

何を隠そう、この男も亜人なのである。


「で、どういうつもり?

もうアクセサリは買わないわよ?」

「おやおや、それは残念ですワ。

しかし商売の話は別として、ご相談に乗っていただきたいことが……」


そして、ゴルド大陸内でのみ、レアなアクセサリを作っては売り歩く行商人としてゲームに登場した人物だ。


ラズリズを始めとした国々、それからカーネリアのような小さな街まで、その軽すぎるフットワークで徘徊しまくり、出会えたらラッキーと言われるほど遭遇率の低いキャラだった。

そのぶんとんでもなく性能のいいアクセサリを売ってくれやがるので、キーラもウォーレスにゴルド中を走り回らせた覚えが大いにある。


(それが、こんなに簡単に出会えるなんて……)


呆然と自分を見つめてくるキーラに、彼、リックは軽やかな笑みを見せた。


「ふむ、お嬢サンはワタクシのような亜人を見るのははじめてですかな?」

「えっ、あ、いえ、そのっ!」


質問の内容より、まさかの「お嬢さん」呼びに動揺が隠せないキーラである。

すかさずナタリアがツッコミを入れた。


「リック、キースは男よ?」

「……はて?」


不思議そうに首を傾げて、蜥蜴男はふたりを見比べる。

彼が何か言う前に、ナタリアがやれやれと言うようにキーラを見た。


「キース、気にすることないわ。

亜人には人間の男女の区別が難しいの」

「うッ」


フォローすると見せかけて盛大に殴りかかってきたナタリアに、キーラは致命傷を負った。


「いやはや、心外ですワ。

これでも商売人、ワタクシの目に狂いはありませんとも」

「ご愁傷様。宝石を見る目は確かでも、人を見る目はなかったようね」

「いえ、ですから」

「あ、あの、もういいです……あの……だいじょうぶなので……」


これ以上傷を抉らないでほしい。

そう思って不毛な言い争いを止めたのだが、彼の商売人としての矜持がそれを許さなかった。


リックは顔をしかめてキーラを上から下まで見ると、素早く腰を上げた。


「ナタリア様、ちょっとこの子をお借りしてもよろしいですかな?」

「は?」

「ワタクシの目に曇りがないことを、貴女に証明して差し上げますワ」

「はぁ? あ、ちょっと!」


なにがなんだかわからないまま、キーラは彼にエスコートされて立ち上がる。

そして彼に招かれてお邪魔していたテントを出たところで、反対側の手をガシッと引っ張られた。


「うっ!?」

「キースをどうするつもりよ!」

「貴女はこちらでお待ちくだされ」

「どうするつもりって聞いてるの!」

「なに、悪いようにはいたしません」

「……話にならないわね。だったらあたしも付いて行くわ!

ありもしない事実をどう証明するのか、見せてもらおうじゃないの」


もう、本当に勘弁してほしい。

げっそりするキーラの手を離しながら、ナタリアは憐れむように囁いた。


「キース、悪いけどちょっとだけ付き合ってやって。

この男の執念深さは筋金入りなの。この間あたしが腕輪の装飾に文句を言ったら、三日後には微妙にデザインの違うものを何個も持って現れたくらいね……」

「ええ……?」

「職人魂と言ってほしいですワ」


その言葉に、キーラはゲームの中での彼の台詞を思い出す。


「ワタクシの作るものは常に最高傑作。

誰の目にも、それはあきらかなのですワ」


ああ、そうだ。彼はいつもそう言っていた。


「しからば、それを見極めるべきこの目に狂いがあると言われるのは我慢ならんのですワ」


テントのそばで待ってくれていたハルが、手綱を咥えてキーラに押し付けてくる。

それを受け取りながら、キーラはリックの砂色の瞳を見た。


「対象が宝石じゃなくても……?」

「ふむ。誰か宝石ではないと言いましたかな?」


おどけたように、リックはにんまりと笑う。


「磨けば輝くもの、おしなべて宝石ですワ。少なくとも、ワタクシにとってはね。

気にも留められず、ただの石ころのように路傍に転がされ、蹴飛ばされていたら、かわいそうですワ」

「……」

「ワタクシは、そういうものをこそ丁寧に拾い上げてやりたいのですワ」


そんなふうに優しい目で見つめられてしまっては、キーラとて何も言えない。

冷たい鱗に覆われた手に引かれるままに、連行されるしかなかった。





訪れたのはサロン。いわゆる美容院だった。

店内の洗練された雰囲気に萎縮しているキーラには構わず、リックは店員にいくつか要望を伝えると、店を出て行ってしまった。

ナタリアも見張りと称してリックに付いて行ってしまったし、ハルも外で待たせているし、心細さで死にそうだ。


にこやかに話しかけてくる店員にしどろもどろになりながら、大人しく指示に従う。

珍しい色ですね、などと感心されながら髪を洗われ、伸びかけでバサバサの毛先をハサミで整えられ、なにやら花の香りのする液体をたっぷり塗り込まれ……


更には化粧までされはじめた時には、もはや無心になっていた。


思えば、転生してからいままで、美容院なんてまったく縁がなかった。

前世では仕事もしていたし、行くのがマナーみたいになってたけど、ここではおしゃれなんてする必要も理由もない。

磨きあげられていく鏡の中の自分を他人のように眺めながら、キーラはぼんやりと、自分は母に似ていたんだなぁと思った。


化粧を終えて髪に塗られたトリートメントらしき液体を流し、ヘアドライヤーで乾かしてオイルで整えてから、店の奥の別室に案内される。

間もなくして、店員がひらひらした服を持って戻ってきた。

待っている間に、リックが用意してくれたものらしい。


嫌な予感がしながらそれを広げてみる。それは、目の覚めるような真っ青なワンピースだった。華美な装飾はなく、裾と胸元に黒を貴重にした色とりどりの花柄の刺繍が刺されている。

ふんわりとしたシルエットも相まって、シンプルながらも可愛らしいデザインだ。

そして何よりも悔しいのは、まるで見透かされていたのかと思うくらい、これがキーラ好みのデザインであるということだった。


敗北感を覚えながら、サイズがぴったりなそれ身に付け、外で待ってくれていた店員を呼ぶ。

とてもお似合いです、と声をかけられ、卒倒しそうになりながら、優しく背中を押されて店内に戻った。

すでにリックが待っていて、その隣にはナタリアもいた。


「ふむ。これは……うん、うん。予想通り……いや、それ以上。

やはりワタクシの見立てに間違いはなかったですワ。海の青が漆黒をより引き立たせて、荒削りながらも美しく、神秘的に仕上がっている。

なにより、自然と視線が惹きつけられるその輝き……ああ、これだから、宝石を磨くのはやめられんのですワ」

「う、嘘……キース……なの? 本当に?」


ふたりからまじまじと見つめられ、キーラは思わず顔を俯けた。

不相応に女の子らしく着飾った姿もそうだし、何より今まで男だと思われていたナタリアにこんな姿を見られるのが、とてつもなくいたたまれなかった。

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