7-4:火の国 ルピア
「なぁ、キース、ちょっとだけ話せるかな」
「はい、大丈夫ですよ!」
「ありがとう。せっかくだし外に行くか」
宿の外の広場で、並んでベンチに座る。
朝の柔らかい太陽に目を細めながら、ウォーレスは軽く背伸びをした。
「んーっ……今日もいい天気だなぁ。
エメラウドって立地の関係で雨が多くてさ、基本高温多湿なんだ。
ここも暑いっちゃ暑いけど、湿気がまとわりつかないだけでよっぽど快適だよな」
「そうですねぇ」
「キースの村はどうだった?」
キーラは遠く離れた故郷に思いを馳せる。
村というのもおこがましいくらい、小さな小さな集落。
「太陽が届きにくいから、寒くて暗い日が多かった気がします。
天気はよく荒れるし、そのたびに誰かの家が木っ端微塵になって、みんなで直したりして」
「それは過酷だなぁ」
「でも、それが当たり前だったんですよねぇ」
日本人の記憶を持って生まれたキーラは、なんでわざわざこんな場所に住んでるんだろうと何度も疑問に思ったものだ。
もっと快適な場所に移り住めばいいのにと。
村の中心に突き立った古い槍が墓標だと知ったのは、キーラの身長がその半分くらいまで伸びた頃のことだ。
みんなの大切な人がここに眠っている。納得するにはそれで充分だった。
「住めば都って言いますけど、大変なことも慣れちゃえばどうってことないですよね。
壊れたら何度だって直せばいいし、どうにもならないと思うことも、意外と別な方法で解決できちゃったりするし」
「辺境の人って、みんなキースみたいに強かなんだろうな」
「うーん、ウォーレスさんには負けると思います」
「はは、そんなことないだろ〜」
むしろウォーレス以上にタフな人間をキーラは知らないのだが、無自覚な彼にはお世辞と受け取られたようだった。
なんというか、色んな意味で手強い相手だ。
ウォーレスは少し黙り込んだあと、おもむろに口を開いた。
「……キースはさ、なんで世界樹の願いを叶えたいと思ったんだ?」
「えっと……あ、聖剣がカーネリアに行きたがってた時のことですか?」
「うん」
どうやらこれが本題のようだ。キーラはしばし逡巡する。
あの時は、ウォーレスを絶対にルピアに行かせたかったっていうのが一番の理由だ。
次点に、自分にもカーネリアを守れるかもしれないという期待と、ついでに経験値を増やして鍛え直そうという思惑があった。
などとは流石に言えないので、キーラはもう少し頑張って自分の内側に思考を向けてみた。
「……ぼく、世界樹が好きなんです。見ると安心するっていうか」
「あー……分かる気がする」
「はい。太陽と月みたいに、どこにいても見守ってくれていて。
小さい頃、母の膝の上で、世界樹を眺めながらいろんな話をしてもらいました」
キーラは視線を動かして、世界樹のほうを見つめた。
その身が日々蝕まれている事実を微塵も感じさせず、ただ穏やかに、当たり前のようにそこにある。
「……だからかな。世界樹を見ると、母が側に居てくれるような気がするんです」
「キース……」
「ぼくにとって、世界樹は母と同じくらい大事なものなんです。
だから、世界樹が悲しいのは……嫌だなって思います」
前世、キーラの両親は幼い頃に離婚し、母は女手ひとつでキーラを育ててくれた。
まるで因果でもあるかのように今世にも父はおらず、顔すら見たことがない。村を出るとき母がくれた、父からもらったというお守りを服越しに撫でる。
ふと、キーラは赤目の民たちに自分を重ねているのかもしれないと思った。
前世の母は、キーラが手に職をつけ、やっと恩返しができるというタイミングで突然持病が悪化し他界した。
そして拠り所を失くした現実から逃げるようにはじめたゲームのなかで、世界樹を母と慕い、滅びの運命から救わんと足掻く彼らに出逢った。
「時々、この剣から想いみたいなものが伝わってくるんだ。
ひとがたくさん傷つくたびに、死ぬたびに……こいつの気持ちがちゃんとあいつらに伝わらないことが、俺は一番悔しい。腹も立つし、イライラして当たり散らしたくなる。
なんでわかんねぇんだ、ばかやろう! って」
ウォーレスはぎゅっと聖剣の柄を握り締める。
「親が子を思う気持ちも、子が親を思う気持ちも、俺はあんまりよくわかってない。
でも、でもさ……うん、そうだよな。悲しいのは嫌だよな。それだけは理解るんだ。……痛いくらいに」
ウォーレスは一瞬キツく目を閉じて、ゆっくりと開いた。
キーラの顔を見て淡く微笑む。
「ありがとな、キース。
すげー嬉しかった。キースが世界樹の願いを叶えたい、って言ってくれて。
こいつの気持ちは、俺にしかわからないのかもって思ってたから」
そう言って、剣だこの出来た手でキーラの頭をわしゃわしゃと豪快に撫でた。
「うひゃっ!?」
「俺たち、結構気が合うのかもな! あははっ!」
おおかた、照れ隠しなのだろう。
ひとしきり撫で回されたあと、ウォーレスはごほんとわざとらしく咳払いした。
「……ところで、さっき朝食の時に思ったんだけど」
「ちょっとウォーレス! ユーインがあんたのこと捜してたわよっ!」
「わっ、ごめん! 思ったより話し込んじゃったな」
広場の入り口で仁王立ちしているナタリアをおっかなそうに見て、ウォーレスは立ち上がった。
「キースも付き合わせてごめんな。俺、行ってくるよ」
「あの、朝食の時のことって?」
「あー、うん。大したことじゃないし、帰ったら話すよ。
この感じだと何もなさそうだけど、ルピアのこと頼むな」
「はいっ、任せてください!」
ウォーレスはニッと笑って、軽くキーラの肩を叩く。
その何気ない仕草に、彼からの信頼を感じて、ほんのかすかに胸が痛んだ。
▽
ウォーレスとユーインがヴィラム火山へ向けて出発したあと、キーラは退屈そうにしていたハルを連れ、ナタリアの案内で国内を見て回ることにした。
サミュエルは剣を鍛冶屋に預けたら、少し部屋で休むと言っていた。流石の彼も疲れが溜まっていたようだ。どうかゆっくり休んでほしい。
石垣沿いの市場の雑多さとは打って変わって、きちんと整備された道をのんびりと歩く。
「ルピアが火の国って呼ばれてるのはね、火の魔鉱石の取り扱いが盛んだからなの。
ヴィラム火山は火の生命の力が集まりやすいから、そこを住処にしている魔物から良質な魔鉱石が採れるらしいわ」
「なるほど。だから鍛冶屋とか、装飾品のお店が多いんですね」
「そう。あたしもここでピアスと腕輪を新調したの。可愛いでしょ?」
そういって、ナタリアが鮮やかな赤い髪を耳にかける。
その耳には同じ色のピアスが、腕には大胆な金細工に、大ぶりの魔鉱石が嵌め込まれた腕輪が輝いていた。
「わぁ、素敵です! とっても似合ってます!」
「ふふん、でしょ?
知ってると思うけど、魔鉱石を肌に直接身に付けてると、生命の力の循環がよくなるわ。
キースもなにか買ってみたらどう?」
「うーん」
村でも、売り物にならないような形の悪い魔鉱石を装飾品にして、気休め程度に身に付けたりしている人は多かった。
ゲームでもネックレスや腕輪を付けるとステータスが上がっていたし、それなりの効果があることはわかるのだけど。
「ぼく、魔鉱石持ってるとなんか体調悪くなるんですよね。身体に合わないのかなぁ」
「へえ? そんな話聞いたことないけど。合わないなら仕方ないわね」
ひととおりお店を冷やかしたあと、コーヒーが美味しいというカフェに誘われた。
カフェは落ち着いた雰囲気で、居合わせた客も穏やかな様子でまったりとくつろいでいる。
不思議に思いながら店内を見渡しているうちに、ナタリアがオーダーを済ませてくれていた。
「なにか気になるの?」
「あ、ええと……緊急事態のはずなのに、みんなわりと普通だなって」
ラズリズの事件から結構日が経っているし、もっと影響が出ていてもおかしくないと思うのだが。
「そうね。ちょうどこっちの大陸に大きな商船が来ていたのが功を奏したんだと思うわ。
スペースバッグに食料を中心にありったけの物資を詰め込んでいたみたいよ」
ラズリズは荷が流されず無事だった商人を募って、物資をすべて相場より高く買い上げると約束したらしい。
また集めた食料などを商売道具を失った同業者に流し、各国に回しているとか。
「大胆なことしますねぇ」
「まったくだわ。そのおかげで、物価はとんでもないことになってるし。
つくづく、ラズリズから大金を巻き上げといて正解だったわね」
「ま、巻き上げてはないですよ!?」
人聞きの悪い。あれは正当な報酬だったはずだ。たぶん。
「っていうか、ナタリアさんはなんでそんなこと知ってるんですか?」
「もちろん、ルピアに来ていた商人と話したからよ」
「ナタリアさんも大胆……!」
そんな話をしているうちに、コーヒーが届いた。なぜかババロアみたいなデザートまで付いている。
「あれ、デザートも頼んだんですか?」
「頼んでないわよ。もうすぐランチなのに……あら?」
ふと、ナタリアが少し離れたテーブルに目を向ける。
つられてそちらを見ると、エスニックな刺繍の入った焦げ茶色のローブを羽織り、すっぽりとフードを被った小柄な男が、満面の笑みでこちらに手を振っていた。
(……り、リックぅ!?)
主にゲーム画面において見覚えのあるその姿に、キーラは心の中でその名を叫んだ。




