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7-2:火の国 ルピア

前回のあらすじ:

共に旅を続ける仲間たちと合流するため、キーラとサミュエルは砂の街カーネリアを後にする。広大な砂漠を超え、無事火の国ルピアに入国を果たした。

市場では道の両脇に露店が開かれていた。即席の店といった様相で、色鮮やかな敷物の上に商品をそのまま並べているところなんかもあり、なんとも自由で雑多な印象だ。

呼び込みの声が四方八方に飛び交い、その声に誘われて、街の人たちがめいめいに店を覗き込んでいる。

てっきりラズリズの港が半壊した影響が出ているだろうと思っていたキーラは、少し驚いた。

ただ、よくよく耳を澄ませてみると、一部の食糧などの値段が爆上がりしていてしんどいとか、今日もなにがしかが売り切れだったとかいった会話が方々から聞こえてくる。なるほど、世知辛い。


そんな調子で会話を盗み聞きしながら、ラクダとハルを引いて露店の商品を眺めていたキーラは、そこに見慣れた人物を見つけて思わず二度見した。


「サミュエルさん、サミュエルさん」

「ん?」

「なんか知ってる人がいます」


キーラが指をさした先を見て、サミュエルは珍獣でも見つけたかのような顔をした。


「あの方はなにをなさっているのだ……」

「めちゃくちゃ馴染んでますねぇ……」


木でできたなんらかの細工物を扱っているらしい露店。その日除けの影で木箱に腰掛け、黙々と作業しているのは、何を隠そう我らが聖剣の英雄殿である。

サミュエルと二人顔を見合わせるも、ラクダを止めたままでは通行の邪魔になってしまうため、とりあえず見なかったことにしようと互いに無言で頷きあった。


しかし。


「サミュエル! キース!」


ラクダを二頭も連れていれば目立つのは当然で、雑踏の中でも溌剌とした声はしっかりと二人の耳に届いた。

仕方ないので二人は露店のない壁際にラクダを寄せた。そこに軽やかな身のこなしで人垣をぬって現れたウォーレスは、走ってきた勢いのままキーラを抱き締めた。


「!?」

「久しぶり! 遅いからみんな心配してたんだよ!」


だからってなぜ抱き締めるのか。

数日水も浴びられず汗もひどいのだ。ここに来てやっと汗を流せると安堵していたところだというのに、正気を疑う。

対するウォーレスの服から清潔な香りがするのが、よけいに悪い。


ひとりショックを受けている間にウォーレスは離れていき、次はサミュエルに近付いて親しげに肩を叩いていた。キーラもそれにしてほしかった。


「宿まで案内するよ。長旅で疲れただろ?

話はみんなが集まってから聞かせてくれればいいから、まずはゆっくり休んでよ」

「ありがとうございます。

しかし、露店の手伝いはよろしいのですか?

宿泊場所なら、この仔らを宮殿に引き渡すついでに伺う予定でしたので、ご心配にはおよびません」

「ええ? よく俺がいることに気付いたなぁ。

大丈夫、少し抜けるって言っただけだから、ふたりを案内したら戻るよ」


ルーシャンの計らいで、ラピスを含めた周辺国の代表者には、ウォーレスたちのバックアップをするように通達がされているらしい。

いつでも動けるよう、滞在先は宮殿ではなく動力施設にほど近い宿屋を紹介してもらったとか。

ラクダもそこに返せば宮殿に届けてくれるとのことだった。

というわけで、予定を変更して直接宿屋に案内してもらうことになった。





港が使えなくなった影響により宿屋は大繁盛らしく、もともとキーラとサミュエルを含め一人一部屋手配されていたところを、ウォーレスが宿屋側に気を遣い、二部屋に絞ったらしい。

よって、男性陣で一部屋、女性陣で一部屋。

キーラは当然のごとく男性側に含まれるはずだったが、二人部屋を広々と使いたいという女性側の要望により、ナタリアと同室扱いになっていた。

結果だけ見ればそれが自然なのであるが、微妙に納得がいかないキーラである。


ナタリアは外出していたため、まっさきにシャワーを浴びたあと待ち望んだ柔らかいベッドに贅沢に顔をうずめて、気付けばそのまま爆睡していた。

目が覚めたら朝になっていて、その上隣のベッドでナタリアが寝ており、仰天したのは言うまでもない。


「あんた、相当疲れてたみたいね。気にすることないわよ」


ナタリアはそう言ってあっさりと笑うが、キーラがぐうすか寝ている間にサミュエルはカーネリアの状況をウォーレスたちに報告し、みんなで今後の予定まで話し合ったと聞いてしまっては、もういたたまれなさしかない。

ハルがいればもしかしたら起こしてくれたかもしれないが、ここの宿屋は中型以上の従魔を連れ込めず、外の小屋に預けてしまっていた。


「もう、もう……すみません……っ」

「いや、あの過酷な環境下のなか、ひたすら歩き通しだったのだからな。

当然だと思いこそすれ、責めたりなどしない。君はもっと自分を労ってやりなさい」


などと、サミュエルには慈愛に満ちあふれた優しい目をされた。しかも頭をぽんぽんするというおまけ付きだ。

実際にはがんばって歩いていたのはラクダだし、サミュエルなんて同じ状況どころか、都度都度方角を確認しなければならなかったぶんずっと疲れているはずなのに。


完膚なきまでの子ども扱いにガックリしつつも、キーラはめいっぱい背伸びして、サミュエルの頭を撫で返してやった。


「サミュエルさんが来てくれなかったら、わた……あっと、ぼくはきっと砂漠を渡ることすらできなかったです。

わがままに付き合わせちゃってごめんなさい。あと、一緒にいてくれて、ありがとう」


お疲れ様でした、と小さく苦笑すれば、サミュエルは驚きに固まっていた顔を緩めて、少し困ったようにはにかんだ。


「それは、申し訳ないが、こちらの台詞だな。

きっと君がカーネリアに行きたいと言わなければ、私はウォーレス様たちを説得して、あの小さな街を見捨てさせていた」


それは、そうかもしれない。

二手にわかれる選択肢において、そのどちらを選んでも、サミュエルは迷うことなくルピアを優先した。


「ガイは強い。だが、おそらくひとりであのサソリを捌ききることはできなかっただろう。

見たところあの男以上に腕の立つハンターはいなかったし、洪水で押し流された魔物の群れを……その中でも特殊個体と推測されるサソリを野放しにして、あの街が無事に済んだとは……私はどうしても、思えなかった。思えなかったのだ、キース」


ああ、この人は、そこまで考えられてしまうのか。

選ばなかったシナリオを、その悲惨な末路を。


考えすぎだと、そう笑い飛ばしてしまえばよかったのかもしれない。

たぶん、少し前のキーラならそうしていた。

でも、己の意思を曲げても、キーラに寄り添ってくれたこの人に、できるだけ誠意でもって応えたいと思った。


「……サミュエルさん。

カーネリアも、ガイさんも。あと、この国も。助けられてよかったですね」


……この国も、と、サミュエルが確かめるように繰り返す。


「はい。サミュエルさんが、みんなを信じてくれたから、ぜんぶ守れたんですよ」

「……キース、それは」

「考えすぎだって言うなら、お互いさまですよ?

ぼくは、サミュエルさんの()()を肯定します。あなたは、どうですか?」


かすかに息を呑み、彼は迷うように、唇を震わせた。


「……きっと最善だった。根は奪われたが、しかし……しかし」


ゲームのように、選ぶ前の場所には戻れない。

あり得たはずの未来はとうに過ぎ去った。そこに存在した意志も、決意も。


「……そうか、ああ、そうだな。それでいいのだな」


どこか腑に落ちたような表情で、サミュエルはキーラをまっすぐに見て頷いた。


「キース、君を選んだ私を、私も肯定しよう」


彼らしい言い回しに、キーラはつい笑ってしまった。


「……仲良いよな、ふたりとも」


ちょっと拗ねたような声がして、ふたり同時にその主に顔を向ける。

精悍な顔付きの青年は、こんこん、と指先で木の卓をつついた。

そのうえには、まだあたたかそうに湯気を漂わせる朝食の皿が並んでいる。


「さっさと食べないと冷めちゃうわよ?」

「ああっ、ウォーリー、ナターシャ!

だめじゃないか、絆を深めているふたりを遮るなんて野暮というものだよ!

さ、我々のことは気にせず、どうぞ続けておくれ」


やたらキラキラした笑顔のユーインも、若干ふてくされているウォーレスも、どうやら食事に手を付けず、会話が終わるのを待ってくれているらしかった。

構わずにもりもり食べているナタリアがいっそ有り難くも思えてくる光景だ。


「っも、申し訳ございません。

先に召し上がっているものとばかり……」

「とにかく、座りなよ、ふたりとも。

キースなんて昨日からずっと食べてないだろ?」


まったくその通りだったし、指摘されたら急にいい匂いがし始めて、キーラはいまにも鳴き出しそうなお腹を慌てて押さえた。


「うう……昨日からほんとすみません……」

「もう気にするなって。なぁ、ユーイン」

「ああ、ウォーリーの言うとおりさ。

サミーの話からも、君がとても懸命だったことが伝わってきたからね。

どれほど強靭な翼を持つ鳥とて、羽休めは必要だろう?

恥じることなどなにひとつないさ!」


キザったらしくウインクし、ユーインは爽やかに笑う。

共に過ごした時間よりも別行動のほうが長かったはずなのに、この男、なんの違和感もなくパーティに溶け込んでいる。


「ユーイン、なんか久しぶりって感じしないね」

「おや、奇遇だね。僕も似たようなことを考えていたところだよ。

やはり僕らは、運命という見えない糸で繋がっているのかもしれないね!」

「あはは、そうだね」


のほほんと笑い合っていたら、なぜかウォーレスからぎょっとしたような目を向けられた。


「キース?

サミュエルは分かるけど……ユーインともそんなに仲良くなってたのか?」

「え……? 別に、普通じゃないですか?」


ねぇ、とユーインと顔を見合わせる。


「キースはもともと人懐っこい子だからね。

ふふ、まるで無邪気で愛らしい仔犬のようだよ」

「仔犬……」

「それって褒めてるの?」


ウォーレスはパンを口に運びつつ、なにやら考え込むように首を捻っている。

なんだろうと思いつつ、さすがに空腹が限界だったので、そっといただきますと手を合わせて食事を開始した。


ああ、あったかいごはんだ。おいしい。幸せ。

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