7-1:火の国 ルピア
翌朝、予定通りキーラとサミュエルは出立のために日の出から間もなくラクダを引き取り、カーネリアの入り口に立っていた。
ガイとは昨日簡単に別れを済ませていたが、律儀にもキーラたちよりも先に起き出して入口で待ち構えていた。
「まぁなんだ。気をつけて行ってこいよ」
「ああ」
そう言ってガイとサミュエルは互いの腕を軽くぶつけ合っていた。
もっとなんかあるだろとキーラは思ったが、ふたりとも満足そうなので口は出さなかった。
「坊主もな」
「はい」
「俺みたいな立派な男になれよ!」
「それは無理ですぅ」
「クソガキめ」
「へへっ」
ガイが腕を出してくれたので、キーラは嬉々として自分の腕をぶつけた。
男の友情って感じでわくわくした。無論、キーラは男ではないが。
「ガイさん、またね!」
「おう! またな!」
ニカッと頼もしい笑顔のガイと手を振り合って、ラクダを進める。
何度も振り返って手を振るキーラを、ガイは優しい朝日とともに、いつまでも見送ってくれていた。
しばらく二人無言でラクダを進めた後、サミュエルがおもむろに口を開いた。
「結局あいつは、君が少年だと疑いもしなかったな」
「まぁ、女性のナタリアさんですら気付かないんですし、仕方ないです」
「ふむ……私も気付けたのは偶然だから、偉そうに言えないが……」
「あはは」
キーラは笑いながら、伸びかけの黒髪をいじった。
もし髪が伸びても女だと気付いてもらえなかったらどうしよう、とぼんやりと思うものの、いい加減諦めがついてきている。特に胸に迫るものはなかった。
「ユーインは一目で見抜いてくれましたけどね」
それでもちょっぴり嫌味でも言ってやりたくもなるのだ。
ちらりとサミュエルの顔を伺うと、ばつが悪そうに目を逸らされてしまった。
「……油断ならない男だとは思っていたが、なるほど、本質を見抜くものだな」
どうやらユーインは警戒されていたらしい。
ふたりと一緒に置いてきてよかったのかと聞くと、サミュエルは軽く笑った。
「いや、裏切りを疑っているわけではないのだ。
そもそも我々の旅に同行することに益があると思うか、キーラ?
聖剣の英雄たるウォーレス様とともに旅ができることはもちろん栄誉なことであるが、その道中は危険が付きまとうばかりだ。
低俗な悪巧みをするような輩が手を出すにはあまりにも不相応だろう。金品が目的ならば、君から財布を預けられた時点で逃亡しているだろうしな」
「そうですねぇ」
「だからこそ、ただ者ではないとは思うのだ。
聖剣を取るにふさわしい勇敢な心を持つウォーレス様をはじめ、身に降りかかる危険よりも幼なじみのそばにいることを選んだナタリア嬢……言わずもがな、騎士として民を守るために剣を握っている私のように。
あの軽薄な態度の裏に、揺るぎない信念があるのだろうと」
サミュエルの灰金の瞳がジッとキーラを見つめる。
(バレてないよね?)
まさかキーラの目的に勘付かれたのかとひやりとする。
サミュエルには以前、ウォーレス達に同行するのは、世界を旅してみたいからだと説明したことがあった。
そのときは納得してくれたような記憶があるのだが。
ともに行動するうちに、それだけではないことに気が付かれてしまったのだろうか。
キーラは思わず口元をもごもごさせた。
もちろんキーラにも譲れない信念があるが、それを明かしてしまえばウォーレスたちとの関係に亀裂が入ることは明確だ。
クジマに言ったとおり、キーラはスパイのようなものなのだから。
仲良くなったサミュエルがキーラを斬るとは考えられないが、少なくとも軽蔑されることは間違いない。最悪パーティを追い出されてしまう。
キーラはもう、ラズリズでの戦いで、ウォーレスたちと一緒に抗うことを決めたのだ。
それが赤目の民たちを救うことに繋がると信じているから。
「信念とかはわからないですけど、ユーインはとってもいい人だと思います!」
だからキーラは強引に笑う。
サミュエルは若干あきれたような、残念なものを見るような顔をして、そうだな、と頷いた。
この人もわりと遠慮がなくなってきたな、とキーラは思う。線を引かれるよりはずっとマシなのだが。
「ところで、アッキー? は連れてこなくてよかったのか?」
複雑な顔をするキーラに気付いていないかのように、サミュエルが話題を切り替えてきた。
負い目のあるキーラは、ひたすら下から食いつくしかないのが悲しいところだ。
「たぶん、わたしがさよならを言わなければ、ついてきてくれたと思います。
でも、元々連れて行くつもりで従魔にしたわけじゃなかったので、いいんです。
忘れないでねって言ったけど、忘れられてもいいので、野生でのびのびと暮らしてほしい……なんて言いながら、アキって名前を付けたのは、完全にわたしのわがままですね」
愛着がわいていたのは事実だ。
忘れてもいいけど、できれば覚えていてほしい。そんなちょっとした反抗心から名前を付けてしまった。
「まぁ、連れて行くにしてもあの巨体ですからね!
なによりわたしにはすでに最高の相棒がいますし」
見下ろすと、ラクダの横をてくてくと歩いていたハルが気付いて顔を上げた。
いつも苦労をさせているハルのサポートとして新しい子を迎えるのはアリかもしれないが、もっと小回りが利く魔物でなければ、色んな意味で厳しいだろう。
ガサゴソと魚の干物を取り出してハルの鼻先に落としてやりながら、身体の大きなアキが街中に着陸しようとして阿鼻叫喚になる光景を想像して、ふふっと笑ってしまった。
水が大方引いていたことが幸いし、行きよりも順調に歩みを進めていく。
数日かけて一面の砂漠の海を越え、道らしき道が見えるようになってから、ふたりは南へ進路を取った。
「ウォーレスさんたち、大丈夫ですよね」
「ああ、なにかあればユーイン殿に従魔を飛ばしてもらうことになっているからな。なにもないということは、襲撃もなかったのだろう。おそらくは聖剣の導きもないとみられる」
聖剣が次の行き先を示唆すればそちらを優先するようにあらかじめ決めてあったが、そのような知らせはない。まだ同じ場所にとどまっているようだ。
キーラは次の襲撃場所を知っているが、言うまでもなくゲームのようにイベントの進行状況が管理されているわけではないので、タイミング的にいつになるかは不明だ。
そもそも襲撃場所がまったく見当違いのところになる可能性だって充分にあるわけで、そう悠長に構えてはいられない。
「見えてきたぞ。キーラ、あれが火の国ルピアだ」
「おおっ!」
サミュエルが示す先、太陽の真下にその国はあった。
要塞のような石垣に覆われ中を伺うことはできないが、宮殿らしき建物のてっぺんには真っ赤な国旗が堂々とはためき、間違いなくゴルド大陸に鎮座する国のひとつであることを主張している。
近くで見ると壁はところどころ崩れ落ちており、年季を感じさせた。
「ルピアは領土を拡げんと侵略を繰り返していたラズリズに最後まで抗い続け、長い歳月を戦いに費やしてきたのだ。
この石垣はその名残のようだな。属国に下った現在は、砂避けと魔物避けに一役買っているのだろう」
「ほへぇ」
身分証を提示し入国したキーラは、更に驚かされた。
石垣は外向きの一枚だけでなく、何層にも続いていたのだ。もはや迷路の様相だ。日陰の住民たちは壁を利用して住居を組んでいたり、崩れた瓦礫に登った子どもたちが笑い声を上げながらふざけ合っていたりと、やはり本来の役目は失われているようである。
奥に進むに連れて背の高い建物が増え、少しずつ生活感のある風景が広がっていく。壁を一枚隔てた先、ひときわ賑わっているのは市場のようだ。
ラクダに乗ったままではハルの手綱を引っ掛けてしまうかもしれないので、そこからは徒歩で市場を横切ることにした。




