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6-8:砂の街 カーネリア

ガイの精霊術は風だ。崖から落ちたところで、風をクッションにして着地の衝撃をなくしてしまえばいい。


「げ」


そんなふうに余裕に構えていたのだが、崖上からぼとぼとと降り注いできたものを見て顔をしかめた。

砂漠鼠(デザートラット)。減らしても減らしても湧いてくる害獣だ。


「執念深さだけはいっちょまえだな」


ガイはにやりと笑う。

雑食のくせに美食を好む彼らにとっては、砂穴兎(サンドホービット)の肉も、金翼鷲(ガルダ)のヒナも贅沢すぎる嗜好品だ。


「おーい、助けてくれー!」


崖上に向かって叫ぶと、すぐに光の盾が現れた。

なかなか汎用性が高い便利な精霊術である。防御に特化した光系の精霊術師は、ハンター間でも重宝される。

基本、敵を拘束するキーラのような精霊術は、術者の精神力に左右されるところが大きい。反対に仲間にかける術は対象に譲渡する形となり、術者の支配下から切り離されるため、魔術で打ち消すか、もしくは蓄積ダメージによって破壊が可能だ。


ガイは光の盾へのダメージを減らすためできるだけ鼠を風の刃で弾きながら、危なげなく着地す……るはずはずだったが、目測のため下を見てぎょっとした。

なぜか崖の周辺に、遺跡に生息する魔物がわらわらと集まっていたからだ。


「やっべ」


ガイは即座に腰にくくっていたロープとツルハシを取り外し、柄を口に咥え、ロープをツルハシの柄の穴に通してギュッと結ぶと、思い切り振りかぶってツルハシを崖の壁面にぶん投げた。


「くっ」


しかし落下の勢いに負けてうまく引っかかってくれない。

ロープを手繰り寄せ、今度は鉄球を振り回すように縦にツルハシを回転させた。


「オラァッ!」


そのまま投擲すると、ガチン、といい手応えが返ってきて、ガイの身体は突き刺さったツルハシを起点にして壁に近づいた。

足を壁面につけて衝突の衝撃を逃す。

何匹か鼠がくっついてきたが、風で吹き飛ばして下にいる魔物の群れに落としてやった。


「あー……」


(エサ)にわらわらとたかり、小さな獲物を奪い合う魔物を見て、ガイは察した。

彼らはガイたちが暴れたことにより、崖の下へと追いやられた鼠を狙って集まってきたのだと。


あっという間に埋もれて見えなくなった鼠を見て、ガイは思わず口元を皮肉げに吊り上げた。あのまま落ちていたら、自分もああなっていたに違いない。

さすがにあの中に無防備に落ちて無事でいられるとは、ガイにしても思えなかった。


崖のわずかなくぼみに足をかけ、ふう、と息をつく。


崖上まではかなり距離がある。

小脇に抱えた卵は存外ずっしりと重い。

片手のみで登っていくのはさすがに避けたいところだったが、ここまできて卵を捨てるという選択肢など選べるはずもなかった。


「おおぉーーーいッ!!!」


上にいるはずの二人に向かって声を張り上げると、小さな影が覗き込んだ。


キーラは崖下の状況を把握するや、うわぁ、と顔をしかめた。


「大変だ、回収してあげないと」


こっちはあらかたカタが付いているから大丈夫だ。

キーラは金翼鷲に駆け寄って、鋭く周囲を警戒している金の瞳を覗き込んだ。


「お願い、手伝って!」


金翼鷲の翼の幅では崖に身を寄せることはできないだろう。

だからこの子には崖下の魔物を蹴散らしてもらう。


キーラに従い下に向かっていった金翼鷲を見送ってから、もう一度崖下を覗き込む。

金翼鷲が大きく翼を煽るとともに、ドン、と大きな音がして地面が揺れた。パラパラと土の欠片が落ちる。


慌ただしく騒ぎ立てながら魔物が四方に散っていき、残ったのは金翼鷲の硬質な羽根に貫かれたもののみとなった。

なんともあっけない。金翼鷲はそこまで強い魔物ではないが、撃ち落とす手段を持たない魔物たちにとっては圧倒的な脅威なのだ。


あとはガイが風の精霊術を使って無事に着地するだけ。

そのはずだったのだが。


カタカタ。


ツルハシを壁から抜こうとしたガイは、奇妙な感覚にふと手を止めた。


カタカタ。


その音を耳にするより早く、腕に伝わるかすかな振動に気がつく。

ハッとして卵に視線を移した次の瞬間には、ばきり、とその滑らかな表面にヒビが入っていた。


「おい、おい、マジかよ」


ガイは動きを止めたまま卵のヒビが広がるところを、焦り半分好奇心半分で凝視した。

暴れる卵が腕から落ちないよう、胸元にしっかりと抱え直す。


やがて分厚い金の殻の割れ目から、嘴が突き出してきた。

ぐいぐいと力強く殻を押しのけ押しのけ、一生懸命に外に出ようとする。


やがて大きく砕けた卵の中から、それは姿を現した。

金翼鷲のヒナ。羽毛こそまだふわふわと柔らかそうであるが、つぶらな瞳はぱっちりと開き、狭いところから這い出ようと殻を掻く爪は、意外にもしっかりとしている。


「きゅう、きゅいっ」


ガイを見つけたヒナが、甲高い声で鳴き出した。

どうしたもんかと思いつつも、わたわたと殻の上に乗ろうとしているヒナが落ちないようにその身体を抱えてやる。

思った通り羽毛は柔らかく、ほんのりと湿っていた。


「ははっ、魔物の孵化なんて初めて見たぜ」


四六時中巣の中で親鳥に守られている卵が孵るところを見られるなど、滅多にあることではない。

ガイは戻ったら街のハンターたちに自慢してやろうと口元を緩め、腕の中でじたばたしているヒナを軽く撫でた。


「さてと、おチビ。

暴れんじゃねぇぞ、今から飛び降りるからな」

「きゅう」


わかっているのかわかっていないのか、いやおそらくわかっていないのだろうが、そうヒナに声を掛けてから、ガイは壁を思い切り蹴って空中に躍り出た。


鳥の本能なのか、嬉しげに翼を広げようと動かしているヒナをなだめつつ、地表までの距離を目測する。


下にいた金翼鷲が高度を上げて、ヒナを抱いているガイを注意深く観察していた。

ガイは漠然と、ヒナになにかあればただでは済まないのだろうな、と直感した。


とはいえ、この高さから着地を失敗すればガイ自身痛い目にあうのだ。

ヒナから注意をそらないように気をつけつつ、片手を地面に向け、手に生命の力を集めていく。

ガイのてのひらの中で鮮やかな緑色の風が球状に膨れ上がった。


ものすごい勢いで地面が迫る。

だがまだだ。まだ遠い。風で自身の身体を包み込むイメージを作りながらタイミングを計る。

地に打ち付けられることは考えない。恐怖心は集中力を鈍らせる。

やがて集中が極限まで達したとき、ガイは迷いなく声を張り上げた。


「<疾風(ブラスト)>ォッ!」


抵抗力が強すぎれば打ち身を負ってしまう。

本来ならば刃のように肌を裂く風の精霊術を拡散させ、面で身体を支えつつ、なんとか着地を成功させた。

足から落ち切れずに魔物が食い散らかした鼠の残骸が散らばる上に膝をつく羽目になったが、怪我がないだけマシだろう。


「きゅうぅっ!」


飛行が楽しかったのか、元気にはしゃいでいるヒナの無事を確認して、ガイは額の汗を拭って立ち上がった。


「ガイさーん!」

「おー、坊主」


と、砂漠鼠の穴から転がり出てきたキーラが手を振って駆け寄ってきた。

目を輝かせてヒナを見つめている。


「かわいい! ちっちゃい!」


生まれたてのヒナは、キーラの前世にいた本物の鷲くらいのサイズだ。

これがあんな巨体に成長するなんて、信じがたいことだ。


触ろうと手を伸ばしてみるものの、つつかれそうになって慌てて手を引っ込めた。


「あ、アッキー」

「アッキー?」


キーラがガイの背後を見て何事か呟いた。

視線を移すと、大きな頭がぬっと近づいてきた。


「うおっ!?」


金翼鷲の頭だった。

思わず身構えるガイには一瞥もくれず、金翼鷲はヒナをぱくりと嘴で挟んだ。


「きゅう、きゅうっ!」


ヒナはじたばたと暴れて、助けを求めるようにガイに向かって鳴いた。


「おうおチビ、飛べるようになるまでは崖から落ちんじゃねぇぞ」

「きゅうぅっ!」


ガイはにっかりと笑ってヒナに手を振っている。

キーラは金翼鷲に駆け寄って柔らかい腹を撫でた。


「またね、アッキー。

旅が終わったらまた会いに来るから、わたしのこと忘れないでね!」


ひとしきり腹を撫で回し、またもやハルに服を引っ張られて離れたキーラの伸ばした手にそっと額を押し当ててから、金翼鷲は風を巻き上げて羽ばたいていった。

ヒナはいつまでもガイに向かって鳴いていた。


「あの子、ガイさんを親だと思ってるんですかねぇ」

「そりゃねぇだろ。……たぶんな」


ガイは額に手をかざして崖の上を眺めていたが、ふと怪訝そうに言った。


「んで、アッキーってなんだ?」

「あの子の名前です! アキのアッキーです」

「なんだそりゃ?」


ガイはなぜか憐れむような目でキーラを見たが、すぐに思考を放棄して手を叩いた。


「そんじゃあ、帰るか!」

「はーい!」

「おーいふたりとも、コレを忘れていないか?」

「あ、サミュエルさん、と砂穴兎!」

「おっ、ナイスだぜ、サミュエル!」

「まったく、やれやれだな」


だいぶぼろぼろになってしまったものの、三人と一匹で噛み締めて食べた砂穴兎は、今までで一番絶品だった。

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