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6-6:砂の街 カーネリア

相手を屈服させるには絶対に目を逸らさないことだ。


ハルが戻ってくるのが先か、キーラが力尽きるのが先か。

金翼鷲(ガルダ)が降参する可能性は限りなく低い。

キーラが倒れればその時点で負けが決まってしまうだろう。


万が一の時には逃げられるよう、ゆっくりと後退して、ある程度距離を置く。

金色の目は敵意をみなぎらせてキーラを捉え続けている。


太陽はじりじりとキーラの体力を奪い続けているが、キーラはいっそ余裕にも見えるほど毅然と砂上に足を踏みしめて立っていた。

こんなときだからこそ、弱みを見せてはいけない。敵にも、自分にも。

過酷と言われる辺境で攻撃手段の少ないキーラが生き延びてこられたのは、決して運だけではない。


ただ、他の魔物が金翼鷲を恐れて近付いてこないのはラッキーだと言えた。


キーラは金眼を見つめながら考える。

ゲームでは砂漠地帯に出現しなかったはずの金翼鷲が現れたのはなぜか。

遺跡で起こるイベントがあっただろうかと考えるが、思い当たることはなかった。もちろん、うっかりこっちに出てきてしまっただけという可能性もあるが、なんとなく、偶然ではないような気がした。


「おまえ、ひょっとしてなにか困ってるの?

食糧不足? 縄張りから追い出された? わたしを襲わないなら、協力してあげてもいいんだけどな〜?」


金翼鷲のようにそこそこ強力な魔物は知能が高い傾向がある。

生き残る道を増やすために話しかけてみるが、敵はわずかに目を細めただけだった。

おまえになにができるのだ、とでも思われていそうだ。


「わたしを侮って、後悔しても知らないよ?

金翼鷲だって、何回も倒したことがあるんだからね!」


ゲームで。

遺跡周辺をうろうろしていると、いかんせん大きいので、しょっちゅうエンカウントしていた。避けようと思っても影の下に入った時点で襲いかかってくるのだ、こいつらは。


敵は疑わしげな目を向けてくる。失礼な。


「でっかくてかっこいいからってねぇ、小物を取るに足らないと思っていたら、足元をすくわれるよ!

現にわたしもなんかよくわからないちっちゃい魔物に、夕飯を横取りされたし!」


もちろん取り返すけど、と胸を張る。ハルなら必ず取り返してくれる。なかなか戻ってこないのが内心では心配だったが、それは決して顔に出さない。


金翼鷲は警戒するのも馬鹿らしくなったのか、だんだんと目が据わってきていた。

おかしい。ここはキーラを好敵手と認める場面のはずなのに。

のんきにもあくびなんてしている場合か。


キーラはむきになりかけたが、無駄に体力を消耗するべきではないと思い直して口を閉じた。

身体中の水分が出尽くしたような気がさえするが、まだ汗は止まらない。このままだと熱中症になりそうだ。

根性だけで立ち続けているキーラの耳が、ふと、奇妙な音を捉えた。

幻聴でも聞こえたのかと思ったが、金翼鷲の瞳孔が開いて落ち着きがなくなったことから、気のせいではないようだ。


「いまのなに? おまえの敵?」


なにかの鳴き声のような、悲鳴のような、落ち着かない気分にさせる音だった。

金翼鷲の抵抗がわずかに強くなる。


「わたしを襲わないなら解放してあげてもいいよ?

こっちはまだまだ余裕だし、降参したほうが早いと思うけどな〜? どうする?」


実際のところかなり朦朧としてきていたが、目に力を込めてキーラは笑った。

金翼鷲がキーラを睨み付けてくる。しかし、もう一度あの音が聞こえたところで、悔しそうにキーラの足先に嘴で触れてきた。

啄ばまれるのではとドキドキしていたキーラは、ホッと息を吐いて、拘束を解いてやった。


一度屈服した魔物は本能から相手に逆らうことができない。

おとなしく立ち上がった金翼鷲に、ハルを見つけても襲わない、もし困っていたら助けるように言いつけて、行っていいよと許可を出した。


ごおっと風を巻き上げて金翼鷲が飛んでいく。

キーラは一気に力が抜けてへたりこんでしまった。


「うぅ……水が欲しい……」


ハルの行方が心配だが、このまま追いかけても自分が倒れかねない。咄嗟に飛び出してしまったから荷物はすべて宿の中だ。


一度水分補給に戻ろうと歩き出したところで、見覚えのあるシルエットが見えた。


「わぁ……」


魔物を追いかけ回しているガイだった。

しかもこっちへ向かってきている。

魔物のほうが足が速く、追いつけないようだ。


キーラは仕方なく足止めしてあげた。

一撃で魔物をスプラッタにしたガイは、険しい顔でキーラに駆け寄ってきて肩を掴んだ。


「坊主、いま金翼鷲がこの辺にいたが襲われなかったか?

ってか、見張りはどうした!?」

「あー、見張り……」


いろんな意味で意識が飛びそうになった。

ぼんやりとしたキーラを見て、ガイは一層表情を険しくした。

すぐに水を取り出して飲ませてくれる。頭から豪快にふりかけられたところで、少し意識がはっきりしてきた。


「なにかあったみてぇだな。

やべぇ顔色だぞ。歩けるか?」

「ふぁい……」


ふらふらしているキーラを見かねて、ガイはひょいとキーラを縦抱きにした。

荷物のように運搬されながら、キーラはぽつりと呟いた。


「ガイさん、めっちゃ汗くさい……」

「うっせぇ」

「いだっ!」


お尻を叩かれた。一応乙女なんですが、とキーラは痛みだけではない涙をにじませてうなだれた。



宿についたところで、慣れた様子で介抱してくれるガイにされるがままになっていると、水浴びしてきたらしいサミュエルが顔を出した。

そういえば明日の出発に備えて早めに帰ってくると言っていた。


サミュエルは表情を厳しくしてガイの横にひざをついた。


「なにがあった?」

「砂穴兎が魔物に奪われて追っかけてたら、金翼鷲に襲われたんだとよ。まったく無茶しやがる」

「……キーラ、君という子は」

「サミュエルさん……ハルが戻ってこないんです」


今にもお説教しそうなサミュエルを遮ってキーラは訴えた。

さすがに遅い。なにかあったに違いない。早く助けに行ってあげたかった。


「ハルが?」

「わたしの代わりに兎を追ってくれていたんですけど……」

「そうか。ならば私が様子を見てこよう。君は安静にしていなさい」

「でも、どこに行ったかわからないんです」

「今日は風が少ないから、まだ足跡が残っているかもしれないぞ。だから安心して、ここでジッとしているんだ。いいな?」


そこまで言われてしまえば引き下がるしかない。

キーラは上げかけていた上半身からしぶしぶ力を抜いた。


弱っていたからだろうか。

キーラはガイをちらりと見て、サミュエルにすがるような目を向けた。


「あとガイさんにお尻叩かれました」


サミュエルは一瞬ぽかんとしてから、ガイに呆れた目を向けた。


「私が言えたことではないが、まだ気付かないのか?」

「はぁ? なんのことだ?」

「可哀想に。こんな唐変木のことは気にしなくていい」

「だから、なんのことだってんだよ」


サミュエルが機嫌をとるように頭を撫でてくれたので、だいぶ溜飲が下がったキーラだった。

仕方がないから水に流してやろうといった心境である。

キーラに乱暴なことはするなよとガイに言い含めると、サミュエルは颯爽と宿を出て行った。


「……意味がわかんねぇ」


不満そうに唇をへの字にするガイに対して、キーラはやれやれと肩をすくめた。

男のふりをしているときならともかく、名前も口調も一切取り繕っていないのに、疑問すら持たないガイがいけないのだ。

もちろん、助けてくれたことには感謝しているが、それとこれとは別なんである。


キーラはハルの声が聞こえてこないかと無意識に耳を澄ませながら、窓の外へと視線を投げた。

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