6-5:砂の街 カーネリア
出発を明朝に定め、サミュエルはまた討伐に出掛けて行ってしまった。
キーラも行きたいとごねたのだが、ガイによって砂穴兎の見張り役に任命されてしまった。
血抜きで吊るしている間盗まれることがあるからだと言うが、ジッとしているのは性に合わないキーラは不満だった。
「ちょっと街を見てこようかな……
ハル、お肉見張っててくれない?」
「ぐるる」
ハルはキーラの背中に寄りかかったまま嫌そうに喉を鳴らした。
隙あらばお昼寝しているハルは、キーラとは違う意味で見張りが嫌なようだ。
仕方ないので、ベランダに椅子を持っていって、ぼんやりと街を歩く人たちを眺めて過ごす。
ハンターが多いためか、街の外を魔物がうろうろしていても、住民たちに危機感はそれほどないようだ。
もともとそれほど動力施設に頼ってもいなかった彼らは、すでに原始的な生活にも順応している。
「……やっぱり、生命の水なんかなくても、人は生きられるんだよね」
たしかに、根を有するトパースやサイフォンの設備は快適で、キーラの村とは比べものにならないほど文化的だった。
手放したくない気持ちもわかる。
創世から大地を見守ってきた世界樹が、枯れることなど想像もつかないことも。
しかし、現実はかなり深刻なところまで来てしまっているのだ。
世界樹の守人たる赤目の民たちが、大切な世界樹の意思を裏切ってまで動かなければならないほどに。
「……レフたち、いまごろどうしてるのかなぁ」
まさかウォーレスたちと戦闘になっているとは思いたくない。
だが、本来のシナリオではいないはずのイサイが存在していることで、突破を図る可能性だってなくはないのだ。
ただひとつ言い切れることは、ウォーレスが彼らを殺そうとすることはないということだけだった。
「うー……」
考えるほど、こんなところでジッとしている場合ではないという焦りが募る。
カーネリアのフラグは折ったし、だめ押しに削った魔物もかなりの数だ。もう心配はいらないだろう。
「カーネリアといえば」
砂漠の向こうにある遺跡はストーリー上訪れる必要はないのだが、かなり階層が多く、便利なアイテムがザクザク手に入る場所だ。
ただ、ゲームのように宝箱がでんと置かれているわけではないので、実際のところはどうなのかわからない。
なんにしても決して余裕のある旅ではないから、行くにしても、旅を終えてからになるだろう。
「旅が終わったら、一度村に戻って……またハルとふたりで旅に出るのもいいかもね。
こんなふうに追い立てられるような旅じゃなくて、行きたいときに行きたいところに行って、見たいものを見て、楽しく好きに過ごすの」
たとえシナリオ通りの結末を迎えたとしても、キーラのやることは変わらないのだろう。
そう、世界樹が枯れ落ち、すべてが洗い流されたとしても。
「ガウッ」
「え」
一瞬のことだった。
突然弾かれたようにハルが身体を起こしたその瞬間、目の前を小さな影が横切った。
それが通り過ぎたあとには、何も残っていなかった。肉もなかった。
「うさぎぃぃぃ!?」
慌てて手すりに駆け寄って下を覗く。
キーラが消えた肉を見つけるより先に、ハルが手すりを飛び越え屋根伝いに降りていったので、キーラも急いで宿を出た。
この辺には生息していない魔物であるハルはよく目立つ。
街の人たちにハルがどこへ向かっていったかを聞きながら足取りを追っていく。
やがて街の出入り口が見えてきた。いつも通る正面ではなく、その反対側の狭い入り口だ。
ハルはまさにそこから出ていくところだった。
呼び止めようと口を開いて、やっぱりやめた。
ハルのすぐ手前になにかに運ばれている兎が見えたからだ。
キーラは安心して足を緩める。とそのとき、突然ハルが足を滑らせ、バランスを崩した。
兎との距離がぐんぐん開く。
なにごとかとよく見ると、ハルの足元の砂だけ色が濃くなっている。ぬかるんでいるのだ。
「水系の精霊術か!」
砂地ではやっかいな相手だ。
ハルは風を巻き起こして泥水を吹き飛ばすが、自慢の毛皮を汚されてムキになったようで、足に風をまとわせながら猛スピードで兎目がけて走り出した。
罠のようにばらまかれたぬかるみをも蹴散らしながらどんどんと距離を詰めていく。
「がんばれハル!」
逆に離されていくキーラはふらふらしながらも拳を突き上げた。
頭上には燦々と太陽が輝いている。一瞬、チカッと光がまたたいたような気がした。
走りながら太陽を見上げるが、逆行になっていてよく見えない。ただ、なにか大きな影のようなものが、チカチカと隙間から覗いていた。
キーラはハッとしてハルを見た。
「ハル! 上空に魔物!」
すでに豆粒ほどの大きさになってしまっているが、ハルは耳がいい。
どんなに遠くてもキーラの声を拾ってくれる。
ちらりと上を見たハルは、瞬時に左前に進路を逸らした。
その直後、ドン、と爆発のような音が響いた。
ここまで熱風と砂が吹き付けてくる。
「遠距離攻撃!? あぶなっ!」
まるで矢のような勢いだったが、いったいなにをしたのだろう。
砂の上に落ちる大きな影と羽ばたきの音だけが聞こえてくる。太陽を背にしているせいではっきりとした姿が確認できない。だが、心当たりはあった。
「砂漠にいるおっきな鳥の魔物っていったら、金翼鷲しかいない……!」
翼を広げた姿はTV画面を占領するほどに大きく、はじめて出てきたときは圧倒された。
遭遇率的には珍しい魔物ではないが、こんなに街の近くで目にすることは珍しい。金翼鷲は砂漠が途切れ始める遺跡方面に出没する魔物のはず。
「ハルは肉をお願い!
こっちは任せて!」
金翼鷲ならばキーラだけでも対処できる。
翼さえ封じてしまえば無力化できるからだ。拘束が得意なキーラとは相性がいい。
生命の力を手に集めて気を引く。
敵がこちらを向いた気配があったところで、キーラは鳥の姿になった精霊術を飛ばした。
「こっちおいで!
<闇は月をも覆い隠す>!」
大きな影が攻撃をかわすために翼を傾けた。
太陽からその姿が外れ、巨体があらわになる。やはり金翼鷲だった。
「ギュワアァッ!!」
太陽をも切り裂きそうな大きな茶色い翼に、金色に陽光を弾く硬質な羽毛で覆われた身体は、遠目から見ても大きくかなりの迫力がある。
キーラは翼を使った攻撃に警戒しつつ、両手に生命の力を集めた。
「<影>! <影>! <影>!」
攻撃の隙を与えないように連続で精霊術を飛ばす。
しかし、金翼鷲が大きく翼をはためかせたのを見て、キーラは咄嗟に全力で走り出した。
ドン、ドン、ドンと砂柱が乱立する。
砂が晴れたあとには、金翼鷲の羽根が突き刺さっていた。先の尖った枝が巻きつき、ドリルのように先端を尖らせてある。
あたったらひとたまりもない。キーラは砂に足を取られながらも走り続けた。
「うっ!?」
嫌な感じがして、キーラは急ブレーキをかけた。
すぐ目の前でドッと砂が弾ける。攻撃は当たらなかったものの、衝撃で後ろに転がってしまった。
チャンスと思ったか、興奮した様子の金翼鷲がとどめを刺そうと、鋭い爪の生えた脚をこちらに向けて降りてくる。
キーラは頭からかぶった砂を振り落とすこともせず、目を見開いて金翼鷲を凝視した。
「……<影縛り>!!」
「ギュアッ!?」
眼前に迫る爪にひやりとしながらも、ギリギリまで引きつけたところで、キーラは金翼鷲の影をしっかりと捉えた。
暴れる敵を自身の影によって拘束していく。
身体が大きく抵抗力のある金翼鷲を押さえつけるのは難しい。
キーラは決して目を離さないよう集中力を高めながら、金翼鷲をじわじわと包み込んでいく。
ばさばさと羽根が飛び散り、砂が舞い上がる。
やがて抵抗を諦めた金翼鷲は、ギラつく金の瞳でキーラを睨み付けた。
「おまえ……でっかいねぇ」
汗だくになりながらもキーラは口元を歪めて笑う。
近くで見ると、画面で見るよりもずっと迫力があった。頭だけでもキーラの身長ほどの大きさがあり、翼は羽根の一本一本が腕くらいの長さになるだろう。
一瞬の油断も許されなかった。
さて。
「ここからは、根性くらべだよ」




