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6-4:砂の街 カーネリア

異様にくちばしの長い骨骨しい鳥を切り伏せたところで、サミュエルがまとっていた光の盾を解除した。

周りに生きた魔物がいないことを確認し、素早く駆け寄る。


「大丈夫ですか?」

「いや、思ったよりも数が多い。

キーラも節約できるところは節約した方がいい」


スペースバッグから水の入った革袋を出して渡し、布でサミュエルの顔や手の汗、返り血を拭う。

目に入って動きが鈍ってはいけないし、手が滑るのも危険だ。

ガイの呼び寄せた魔物がすぐそばまで来ているため、手際よく済ませて水を受け取り、そのままガイの方へ走った。

ガイは自分で持っていた水を頭からかぶっていたので、硬い灰緑の髪ごとわしゃわしゃと拭いてやった。


「危ないですから、ちゃんと補給もしてくださいね」

「おうとも。坊主も世話ばっか焼いてねぇで、てめぇを労われよ?」

「いえ、わたしはこのくらいしかできないので……」


オーバーキル気味な二人にとっては、キーラのサポートなど助けにもなっていないだろう。

状態異常系の精霊術は中級者向けで溜める時間が長く、短期戦ではあまり役に立たない。拘束系の精霊術の方が汎用性が高いため、片っ端から魔物の影を捕まえて足止めをしているが、言い換えればそれしかできないのである。


苦笑するキーラの頭をガイがガシガシと撫でた。


「動いてる的より止まってる的の方が当てやすい、って、言うまでもねぇだろ?

しかも複数同時に拘束なんてよほどの精神力と集中力がなきゃできねぇ芸当だ。つーわけで、自信を持て!」

「うっ」


次いでドンと拳で肩を突かれ、思わずよろめいた。

男だと思われているのはこの際構わないが、もうちょっと手加減してほしいものだ。

涙目で肩をさすっていると、ガイがじゃらりと鉄球に繋がった鎖を持ち上げた。


「よっしゃあああ、かかってこおおいッ!!」

「だから声でかいんですって!」

「おお、悪い悪い。がっはっは!」


長い戦いなりそうだ。

キーラは一度だけ首を振って、気を引き締めた。



暗くなる前に魔物の死骸を片付け、街に戻るころには、キーラはへとへとになっていた。

そのせいで食べながら眠ってしまったらしく、強い陽光を受けてふっと目を覚ましたときには、太陽はてっぺんに昇っていた。


慌てて起きたキーラが、ドアの隙間に挟まっていたサミュエルの書き置きを読んで頭を抱えたのは言うまでもない。

完全に寝坊だった。

いつもなら起こしてくれるはずのハルも、昨日散々こき使われて不機嫌らしく、ベッドの隅で丸まったまま知らんぷりしている。


この調子だと、魔物討伐に協力してくれるかも怪しい。


仕方がないので、今日はハルへの日頃の感謝とご機嫌取りを兼ねてゆっくり過ごそうとキーラは思った。



砂がからまってごわごわの毛並みを丹念に櫛で梳かしていく。

ハルは骨格こそ豹に似ているが、毛は雪のように白く、末端に向かって淡い若草色になっており、首の周りを襟巻きのようなふわふわの長い毛が覆っている。

雪解けのようなその色合いがキーラは大好きなのだ。


昨晩は街に入るなり真っ先に湖に向かっていったほど、ハルは綺麗好きだ。村にいた頃こそ、キーラは毎日のように毛づくろいしてあげたものだが、ここ最近は忙しくてろくにしてあげられていなかった。


本来の艶が戻ってきた頃、寝そべってそっぽを向いたままだったハルがおもむろに立ち上がり、キーラの膝に顎を乗せた。

ぺたんと耳を伏せ、つぶらな黒の瞳でジッとキーラを見上げてくる。

キーラはハッとして、ハルの頭を優しく撫でた。


「ハル……ごめんね」


ハルがこうするのは、甘えたいときだ。

いつもそばにいるから忘れてしまうけど、この綺麗な子は、案外寂しがりやなのだ。


キーラの手に頭を押し付けるようにして、ハルがマズルをぐいぐいと腹に擦り寄せてくる。

大きな身体に両腕を回し、抱き締めると、くるる、と喉を鳴らす音が優しく身体に響いた。


ハルは賢い子だ。

キーラを起こさなかったのも、ご機嫌ななめだからというだけではなく、疲れて眠っている主に無理をさせたくなかったからだろう。

いつも自分を守ってくれるハルに、ありがとうと囁きながら、キーラはしばらく柔らかな背中を撫でていた。



そのままのんびりと過ごしていると、ドアが控えめにノックされた。

ハルがひざにもたれているので、床に座ったまま声を掛けると、聞き慣れた優しい声がした。


「キーラ、これから昼食を摂る予定なのだが、出てこられるか?」

「大丈夫です!

ハル、ご飯だって」


ちょうどお腹が減ってきていたので、ハルを促すと、しぶしぶと身体を起こした。

急いでドアを開くと、汗を流してきたのか、濡れた髪を下ろしたサミュエルが待ってくれていた。


「おかえりなさい!

あの……一緒に行けなくてすみませんでした!

昨日も、ベッドまで運ばせてしまったみたいで……」


おずおずと見上げると、サミュエルはフッと小さく笑った。


「気にするな。

それに、レディに無茶をさせるのは、私の本意ではないのでな」


女の子扱いにはまだ慣れないキーラは、唇をむずむずと擦り合わせてから、気恥ずかしさを誤摩化すように話題を逸らした。


「ええっと、お怪我がないみたいでよかったです! ガイさんは一緒じゃないんですか?」

「ああ……途中で置いていかれたので、ひとりで戻ってきた」

「ええ?」


なんでも、調子にノッたガイがひとりで魔物に突っ込んでは、慌てて後を追う、というのを繰り返すこと数回、とうとう追いかけるのを諦めたサミュエルは、ひとりでマイペースに魔物を狩っていたようだった。


「つくづく協調性に欠けた男だよ、あれは。

君の言うことなら多少は聞くようだが」

「あはは……」


キーラの言うことを聞くというよりは、キーラが魔物を縫い止めるのでガイも突っ走りようがなかっただけな気がする。

巌のような筋肉を膨れ上がらせて鉄球を振り回すガイは、魔物ですら尻込みして逃げ出すほどの迫力なのだ。


湖に魚を獲りにいくハルを見送り、サミュエルの部屋で昼食を広げていると、大きな足音とともにガイが顔を覗かせた。


「おっ、やっぱり戻ってたか」


サミュエルと違い、砂やら汗やらでどろどろのガイは、手に握り締めていた魔物を得意げに突き出してきた。


「見ろ! 砂穴兎(サンドホービット)だ!

こいつの肉はマジで美味いんだが、臆病でいつも穴に隠れててなかなかお目にかかれねぇんだ。いやあ、幸運だったぜ」

「ガイ、先に砂を落としてからだ。それを食べるにしても、外で捌く必要があるだろう」


サミュエルがあきれたように言う。

長い耳を鷲掴みにされている砂色の兎は、目を回しているものの、まだ生きているようだった。


「なんだよぉ、いいじゃねーか、自慢するくらい!

本当のレアもんなんだぞ? あーあ、都会人にはこの価値が分からねぇんだもんなぁ!」

「ガイ」

「坊主も食ってみてぇだろ? なぁ?」

「はい!」


キーラの村周辺の森には、森穴兎(フォレストホービット)というそっくりな魔物がいたが、こちらもかなりの臆病者でなかなか罠にもかからない貴重な食料だった。

小さな身体にむっちりと詰まった肉は、前世でいう鶏肉に似ていて、獲れた日には村を挙げての争奪戦になったものだ。

ちなみに勝負の方法は、じゃんけんだった。提案したのはもちろんキーラである。


兎を見て目をキラキラ、いや、ギラギラさせるキーラを見たガイは満足そうに頷くと、サミュエルにビシッと指を突き付けた。


「ほおーら見たか!

後から欲しいって言ったっておせぇぞ! こいつの価値がわからねぇようなやつに食わせるには、もったいない代物だからな!」

「ああ、それで構わん」

「は〜〜〜!? くそつまんねぇ男だなおい! 坊主、こんなのと二人きりで退屈じゃねぇのかよ?」

「ええ? サミュエルさん優しいし、楽しいですよ?」


こう見えてスピード狂だったり、キーラやナタリアのことをからかったり、サミュエルは意外とおちゃめさんなのである。

ニコニコするキーラに不満げなガイに対し、サミュエルは苦笑した。


「二人とも、そろそろ食事にしよう。

ガイもさっさと準備してこい」

「正気なのか、坊主? こいつが優しいって?」

「あはは」


ガイは信じられないというようにサミュエルを指差すが、キーラとしては、この二人意外と気が合うんだなぁ、というほのぼのした心境である。

基本的に柔らかい物腰で接するサミュエルがこういったぞんざいな態度を取るのは、ある程度ガイのことを信用している証拠だ。


納得がいかない様子ながら兎を外に吊るして、汗を流して戻ってきたガイは、いかに砂穴兎を捕まえるのが難しいかをひたすらサミュエルに説いていた。

食事中は口数の減るサミュエルが適当に聞き流していたので、話を振られたキーラが森穴兎の話を持ち出したところ、盛り上がりすぎて二人してサミュエルに叱られた。


自分達ほどではなくとも、サミュエルはもう少し食に関心を持つべきだとキーラは思った。

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