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6-2:砂の街 カーネリア

とはいえどこを見ても魔物がうようよしているので、避けようにも難しいことは明らかだった。

ラクダを守りながら、砂中に潜んでいる敵にも気を付けて進む。

ここでもキーラはサミュエルに感謝することとなった。

光の盾(シールド)の存在の心強さといったらもう。キーラは、ひとりで来ようなんて馬鹿なことを考えた自分を張り倒したい気持ちでいっぱいだった。


まったく関係ないが、サミュエルは少しでも暑さによる消耗を防ぐために頑なに着たがった制服をついに脱ぎ捨て、筋骨隆々な肉体を惜しげもなく晒している。

もちろん下は穿いているが。汗が滴る立派な胸板と、キラキラとたなびくポニーテールのコントラストが非常に美しい。


目の保養をしつつ、魔物を避けながら歩いていると、突然遠くで大きな砂塵が舞った。

振り上げられた節のある巨大な尻尾が舞い上がった砂の隙間から覗き、ぬめりのある光沢に輝く。


「なんだ、あれは?」

「サソリの尻尾ですかねえ?」

「そうだな……かなりの巨体のようだが」


辺境の魔物は基本的に巨大だ。

岩みたいなダンゴムシとか、木みたいなシカとかふつうにいた。一匹獲れば村民全員に肉が行き渡るので、狩猟組は張り切って飛び付いたものだ。


「サソリのお肉って美味しいのかな……」

「それは……どうだろうな……」


サミュエルは育ちがいいはずなのだが、野営などにも抵抗がない。

今も生真面目にサソリの味を想像している。その間にもサソリの全貌が見えるほど近付いてきた。


「む。誰か戦っているようだな」


重い金属音とともに鋭い風が吹いた。

ハルが風で砂を逸らしてくれるが、流れた砂がすべてサミュエルにぶつかったために、サミュエルはちょっと切なそうな顔で砂を払っていた。


「チィッ!

いい加減くたばれってんだよッ!」


サミュエルはハンサムな顔立ちを殺さない程度のマッチョだが、その男はまさに筋肉の塊といった容貌だった。

いくつもの古傷が刻まれたゴルド大陸民らしい褐色の肌に、短く刈った淡いモスグレーの髪、ギラギラと光るシルバーの瞳。

男の手には鎖が巻き付けられており、その先には顔ほどもあるトゲの付いた鉄球がぶら下がっていた。


しかしサソリの甲殻は固く、彼が得意とする物理攻撃とは相性が悪い。


苦戦しているとみたサミュエルが男の前面に盾を展開し、キーラにラクダを見ているように言うと、男に駆け寄っていった。

サミュエルも物理攻撃だが大丈夫だろうか。

キーラは念のために手の中に生命の力(マナ)を集めた。


「失礼、私も参加しても?」

「おう兄ちゃん、俺の獲物を横取りしようってか?」

「む、そうだな。サソリの味ならば、ぜひ一度堪能してみたいところだが」

「このでかいのをか? あっはっは!

いいぜ、こいつを調理できるならな!」

「任せておけ!」


サソリが振り下ろした爪をサミュエルがバックステップで避け、大剣を振り下ろす。

重たい攻撃だったにも関わらず、ぶつかった刃は火花を散らしながらサソリの爪の表面を滑った。


「むぅ、固いな」

「腹が弱点なんだが、爪を盾にかばいやがるんだ。やっかいな野郎だぜ」

「ならば私が爪を引き付けよう。貴殿はその隙を狙ってくれ」

「おうよ!」


足場が悪い中、サミュエルはうまく砂を捌きながらサソリの視線を誘導する。

男が鉄球をびゅんびゅんと音を立てて回しているので、サソリはそちらも警戒して動きがきごちなくなっていた。

キーラはそれを遠くから眺めつつ、鴉ほどの鳥の姿になった生命の力をサソリに向けて飛ばした。


「<黒は(ブラック)虹をも融かす(・メルト・カラーズ)>」


防御力ダウンの精霊術だ。距離があると効果は落ちるものの、ないよりはマシなはず。

そのとき丁度男が鉄球をサソリに向かって投げ付けた。


「<流星(シューティン)(グ・スター)>ッ!!」


サミュエルに向かって振り上げていた爪の根本を狙った攻撃は、見事に脇腹にヒットした。

悲鳴を上げてたたらを踏んだサソリに畳みかけるようにサミュエルの大剣が逆袈裟に腹を斬り裂く。しかしサソリががむしゃらに払った爪がサミュエルの光の盾にぶつかり、ガラスが砕けるような音とともにサミュエルの身体が砂の上を数メートルスライドした。


「無事か、兄ちゃん!」

「問題ない!」


サミュエルが光の盾を張り直す。

同時に、腹から血を噴き出しているサソリがサミュエルに向かって尻尾の先を向けた。


「そいつの火の針は飛ぶからな! 当たんじゃねぇぞぉッ!」


無防備なサソリの脚に男が鉄球をぶつけると、ばきりと音がして脚が千切れた。

一瞬バランスを損なったサソリの針は大きくサミュエルから逸れ、ドリルのように砂に穴を開けた。


「おおっ? なんだあっさり欠けたな」

「先程の黒い鳥だろう。仲間が手を貸してくれたようだ」


新たに生命の力を集めているキーラの方に男の顔が向いたので、キーラは空いた手でサムズアップした。男は一瞬目を見開いたあと、ニッと笑って同じようにサムズアップを返してくる。

キーラはくるくると飛んでいた鳥を、手を振り下ろしてサソリに向かって飛ばした。


「<闇は月をも(ダークネス・)覆い隠す(フィル・アウト)>」


爪を避けながら頭部にぶつかった鳥が黒いもやとなってサソリにまとわりついた。

いわゆる目くらましの精霊術だ。こういう小賢しいのがまさにキーラの得意分野なのである。


狂ったようにもがき出したサソリから距離を取りながら、男が鉄球を振り回して確実にサソリを削っていく。

そして何度目かの攻撃で、ついにサソリの爪が取れた。

しかしそのとき、あらぬ方へ飛んでいたサソリの針が偶然にもキーラに一直線に飛んできた。


「キーラ!」


サミュエルが駆け寄ってくるが間に合わない。この距離では盾も張れない。おそらくハルの風でも捌き切れないだろう。

キーラひとりならば避けられるが、うしろにはラクダがいる。

キーラは咄嗟の判断で片刃刀(シャムシール)を抜いた。


「ハル!」


即座にキーラの意図を汲んだハルが片刃刀に風をまとわせる。

ふつう違う属性の魔結晶(エレクタル)を使った武器では精霊術がなじまず反発してしまうが、ハルの精霊術の精度ならばうまくやってくれるという信頼がキーラにはあった。


「うりゃあっ!」


風をまとわせた片刃刀を思い切り針に向かってぶん投げると、風の推進力と風圧によってわずかに軌道が逸れた。

慌てて軌道の外側にラクダを押す。キーラの背中すれすれに針が通り過ぎ、すぐにジュッと砂が焼ける音が上がった。


「え、えげつな〜……」


極太の針が内臓を焼き切りながら貫通する恐ろしい光景を想像してしまったキーラはラクダに抱き着いたまま身を震わせた。

まともに当たったら即死に違いない。


「ひゅー、やるねぇ、坊主!」

「キーラ、怪我はないか」

「ハルのおかげでなんとか……!」


責めるように頭をぐいぐい押し付けてくるハルの体重に耐えながら答える。

針をめちゃくちゃに飛ばされる危険性は頭になかった。目くらましは失敗だったかもしれない。


胴体ほどもある爪を片方失くしてバランスを崩し、サソリは酩酊したようにふらついている。

サミュエルがキーラの前に立ったとき、ごう、と熱風と砂が吹き付けた。

思わず目を眇めると、重い風切り音とともに男が鉄球をぶん回しているのが見えた。

サミュエルがキーラたちを固まらせ、ラクダごと光の盾で包んでくれる。周囲は砂嵐の様相を呈していた。


「気持ちのいいくらい豪傑な男だな」

「はい、サミュエルさんもすごいですけど」


体長を超える大剣を己の手のように操る姿はいっそ恐ろしいくらいだとキーラは思う。


「私は頑丈さだけが取り柄だからな。

逆に言えば、そうして鎧をまとわなければなにもできないのだ。

その点君はとても勇気がある。その小さな身体の内に秘められたパワーと度胸を見せつけられるたびに、私は未知への驚きと興奮を覚えるよ。ただ、それ以上に肝が冷えるが」

「あはは……」


サミュエルはそう言うが、危険な魔物がすぐ見えるところでうろうろしているような辺境の村で暮らしていれば、度胸も付くというものだ。

不測の事態に遭遇して身動きできないようでは生き延びられない。とはいえ、キーラほど無謀に突っ込んでいく子どもは男の子でも少なかったが。

魔物を見ると真っ先に経験値が頭に浮かぶキーラなのである。


そんな会話をしている間にも、砂嵐は目の前が見えないほど深くなっていた。

台風の目となっている男から荒々しい生命の力の気配がする。

やがて暴風とともに雷のような咆哮が轟いた。


「俺の全力、受けてみやがれえッ!

<暴風剛(ハード・ハリケーン)鉄球(・インパクト)>おおッ!!!」


ドンッ、という地響きの音とともに大地が揺れた。

目の前で爆発が起きたような衝撃に、キーラはよろめいてサミュエルにしがみついた。

魔物にも動じなかったラクダも驚いてその場で足踏みしてしまっている。キーラごしにラクダを落ち着かせながら、サミュエルが呆れたような声を出した。


「私はたった今、あの男がひとりで戦っていた理由がわかったよ」


やがて砂塵が晴れた先、陥没した砂地の上には原型不明のサソリと、鉄球を掲げたドヤ顔の男が立っていたのだった。

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