6-1:砂の街 カーネリア
「理想としては全員で一緒に行動したいところだが、世界樹の意志を蔑ろにするのはたしかに良いことではないな。
カーネリアにはキースと私で行くことにしよう」
「えっ」
キーラは驚いてサミュエルを見上げた。
「いいのか、サミュエル?
あなたの任務は根を守ることだろ?」
「ウォーレス様にナタリア嬢、それにユーイン殿もおられる。
私がおらずとも問題無いでしょう。それにカーネリアの根が奪還されるかもしれないと予想していながらみすみすと奪われてしまっては、それこそ面目が立ちませんから」
「そうか……俺としてはこいつの示したとおりにカーネリアに行きたかったけど。
サミュエルが付いてるならキースも無茶はしないだろうし、ふたりにお願いしてもいいか?」
「はい、お任せください」
(えーっ!?)
予想していなかった展開にキーラはサミュエルを凝視してしまった。
サミュエルはキーラを見下ろすと、任せろというように力強く頷く。キーラは全然安心できなかった。
かくして、キーラだけがひとり呆然と取り残されたまま、話はそういう方向でまとまってしまった。
▽
実はこの部分は、プレイヤーが選択肢を選んで進路を決定できる分岐点となっている。
カーネリアへ行くか、南へ行くか。
まぁ、どちらを選んでも救いようのない展開が待っていることには変わりないのだが。
カーネリアを選んだ場合、任務として根を守り切りたいサミュエルはひとり南へ進路を取る。
プレイヤーの視点はウォーレスで進み、聖剣に導かれるまま進んだ先で、ウォーレスは砂漠で暴れる魔物を見つけ交戦。先に戦っていたハンターに話を聞くと、豪雨によって洪水が起きたために流されてきた魔物が暴れているのだという。
さらに一足遅く根が奪われていたことを知る。
魔物から街を守ることを優先したウォーレスが魔物をあらかた片付けてサミュエルのもとへ向かうと、そこはすでに戦場となっていた。
なだれ込むように参戦したウォーレスだが、兵士たちが魔物ではなく赤目の民を狙って攻撃を仕掛けていることに唖然とする。そしてその指揮を執っていたのはサミュエルだった。
次々と仲間が矢に貫かれていく中、クジマは糸が切れたように笑いながら、逃げ惑う国民たちを殺して回っていった。
そしてウォーレスはクジマと対峙する。激しい戦闘の末、ウォーレスはクジマを斬ってしまう。
呆然とする中、倒れたクジマをレフが回収して戦場を立ち去り、戦いは後味の悪い勝利で幕を閉じる。
そして南を選んだ場合、当然三人での戦闘……にはならず、不利と判断したレフたち赤目の民は身を隠したまま撤退。
ウォーレスたちは身動きが取れないまま、カーネリアの根が奪還され、暴れ回る魔物にオアシスは蹂躙されたという知らせを聞くことになる。
だからこそキーラは、ひとりでカーネリアに行きたいと言ったのだ。
ウォーレスたちが南へ行ってくれれば赤目の民たちが殺されることはない。あの言葉はウォーレスを南へ誘導するための方便ではあったが、キーラは本当にカーネリアへ行くつもりだった。
街を守り切れるかはわからないが、大蜘蛛戦でも相討ちになりかけた貧弱な己を鍛え直すためにも、やれるだけやってみようと思っていた。
それに、あてもあった。ウォーレスが介入し助けたハンターはその場限りのサポートキャラとしてパーティに参加してくれるのだが、南に向かうルートで壊滅後のカーネリアに行くと、復興の手伝いをしている姿を見ることができる。
そこで彼は言うのだ。
『俺があのとき、右腕をやられていなければ……!』
そして二つ目の台詞がこうだ。
『俺はあいつを倒すまでここを離れる気はねぇ。あのサソリ野郎を、絶対にぶっ潰してやるんだ』
それを見たキーラは悔しがったものだ。
あいつにやられたのかよ……! と、天を仰いで。
ウォーレスとナタリアのみという心許ないパーティを、その剛腕で支えてくれたのは他でもないこの男だった。
そしてウォーレスが序盤で出会った巨大サソリ。男が言っていたのは間違いなくそれのことだろう。
彼の言うとおり、彼を守り切ることがフラグならば、街を救えるのではないかとキーラは思うのだ。
(サミュエルが付いてくるのは予想外だったけど……)
本筋だって三人だったのだから、ひとり入れ替わったくらいで赤目の民が「イける!」となることはないだろう。
サイフォンでの無双のせいでサミュエルが警戒されている可能性はあるものの、サミュエルがひとりで現れたときには決行したのだから。
むしろ戦力が増えたことを喜ぶべきだろうと、キーラはラクダに揺られながら思った。
そう、ラクダだ。
洪水によって砂漠は言葉通り海になってしまったため、ハルに乗って行くのは厳しかったのだ。
水位的にはふともものなかばくらいまでなので、頑張ればいけなくもないが。
そんなハルは非常に不機嫌そうな顔で、キーラのラクダが引く小舟に乗ってぷかぷかと浮いている。
二頭のラクダは水没した砂漠を悠々と進んでいく。皇国の騎士が乗る特別なラクダらしく、儀礼用の豪奢な鞍や、重厚な鎧にも耐えられる強靭な肉体で泥水をすいすいとかき分けている。
はじめてで落ちないか不安だったが、ハルのトップスピードを乗りこなせるキーラにしてみたら、まったくの杞憂だった。
「いやあ、すごいですねえ」
思いのほか間抜けな声が出てしまったキーラは、慌てて気を引き締めて続けた。
「わたし、水没した砂漠なんてはじめて見ました!」
海外の写真でよく見るような、一面のオレンジと青空のコントラストを期待していたぶん残念なキーラだったが、これはこれで貴重な光景なのではと思う。
にごった泥水が不思議な模様を描いて、広大な泥の海を作り出しているのだ。
サミュエルは目の上に手をかざし、太陽の方向を確かめていた。
「キーラ、君は砂漠に来たことがあるのか?」
「ないです!」
「ははっ、それならはじめてなのは当たり前だな。
乾燥した土地は土壌が固く、水を吸わないために、大雨が降ると水が勢いよく地表を流れて洪水になりやすいんだ。
しかし……これだけ浸水しているということは、魔物も流されてしまっているだろうな。急がせたいが、この足元の悪さでは厳しいか」
サミュエルは難しい顔をする。
直接触れないよう保護しているものの、ずっと水に浸かったままのラクダの足も心配だ。
時折ラクダを休ませながら方向を間違えないように進んでいく。
正直、キーラは砂漠を舐めていた。どこもかしこも同じ景色に見えるうえ、ゲームのように現在地と目的地を示してくれるマップなんてものはないのだ。時間とともに傾いていく太陽の高さと位置だけを頼りに目的地を目指すなんてとんでもない話だ。しかも迷ってしまえば一貫の終わりとも言えるこの茫漠たる砂漠の中、少しも迷うことなく歩みを進めるサミュエルの背中に、キーラは絶大な信頼感を覚えていた。
「本来なら、ラクダの足跡や隊商の轍の跡なんかが目印になるらしいのだが……これでは間違えていても気付けないな」
「カーネリアまでどのくらいでしたっけ?」
「方向が合っていれば、あと2日ほどだ」
できるだけ水の浅い高台の上、折りたたみのボートを流されないように繋ぎ合わせて毛皮の毛布にくるまりながらそんな話をした翌日、ようやく浸水地帯を抜けた。
リェークが降らせた雨は相当広範囲に及んでいたようだ。
ようやく地に足を付けることができたものの、本当に大変なのはここからだ。
「なるべく体力は温存したい。
面倒だが魔物を避けて進もう」
「はい!」




