5-7:雨の国 ラズリズ
「信じられらない! 虹水晶を使った最高級品じゃないの! しかもそのビンの意匠、超万能薬でしょう!?」
「おや、よく知っているね」
「あ、あんた……こんなの飲ませてキースを奴隷にでもするつもり!?
この子には一生かかったって返せる金額じゃないわ!」
それを聞いたキーラは水薬を噴き出しそうになったが、そんなとんでもないもの、一滴たりとも無駄にするわけにはいかない。ぷるぷると引き結んだ唇を震わせるキーラは涙目だった。
それを見たユーインは申し訳なさそうな顔をした。
「すまない、キース、手持ちがこれしかなかったのだよ。
対価を取ろうなどという浅ましい考えは断じてない。どうか信じておくれ」
超万能薬。ゲームでも譲渡やカジノ等の景品などでしか手に入らない超貴重品だ。すべての状態異常を治すだけでなく、精神力を全回復してくれる、ラスボス戦で投入するようなすごいアイテムなのである。
ちなみに虹水晶というのは効果の高い水薬には必ず溶かされる鉱物だが、これには素材のエグみや臭みを中和してくれる効果がある。効能が詰め込まれたものにはそれだけえげつない素材もどっさり詰め込まれているため、これがないと臭いだけで気絶するほどヤバい水薬になってしまうのだ。
おかげさまですっかり全回復したキーラは、地面に額を付いて土下座した。
「ありがとうございます、ユーイン様!!
ぼくをあなたの奴隷にしてください!!」
「待って!?」
「かわいそうにキース……」
「いやいやいや、しないからね!?」
その後なんとかキーラをなだめたユーインは、ハルにも精霊術をかけて傷を癒した。
ある程度精神力が回復するまでは目を覚まさないためしばらくその場で待とうかと考えていたところ、バタバタと複数の足音がして警備隊がやってきた。そしてキーラから状況を説明された彼らが、ハルを運んでくれることになった。
どうやらキーラが強力な精霊術を行使したために異常事態と判断して駆け付けてくれたようだ。施設を破壊したのと同じ闇の気配だったためか、みんなかなり逼迫した様子だった。ユーインとナタリアもそれでキーラを見つけてくれたらしい。状況的に仕方なかったとはいえ、キーラはひたすら恐縮するしかなかった。
宮殿のそばまで戻ってきたところで、ウォーレスとサミュエルが駆け付けてきた。
「キース、ぼろぼろじゃないか……!?
いったいなにがあったんだ!」
見た目はぼろぼろだが、超万能薬効果で今なら動力施設を破壊して回れそうなほど力が満ち溢れているキーラは、つとめてしおらしく起きたことを説明した。
その結果、キーラはウォーレスとサミュエルのふたりともに責められることとなった。
「ひとりでそんな危険な場所に行くなんて、なに考えてるんだよ、キース!
まったく、こんなことなら一緒に連れて行けばよかった!」
「キース、あちら側は魔物が潜んでいるだけでなく、いつ倒壊してもおかしくない古びた建物が多く建ち並んでいる。浮浪者だっていただろう?
君のような子どもが、ましてや……いや、とにかく、興味本位で立ち入っていいような場所ではないんだ。二度とこんな馬鹿な真似はしないでくれ」
まさか怒られるとは思ってもいなかったキーラはぽかん口を開けたまま呆けてしまった。
そんなキーラの様子を見たウォーレスに髪をぐちゃぐちゃにされながら、わかったのか、と言われて、キーラはようやく慌ててごめんなさいと謝った。
村でも度々怪我をして帰ってきては、母に心配かけさせるなと怒られたものだ。
『またこんな無茶して……!
女の子なのに、傷が残っちゃったらどうするの? お願いだから、もっと自分の身体を大事にしてちょうだい』
『でも』
『でもじゃないの! ちゃんとお母さんと約束して。もう無茶はしませんって』
『……もう無茶はしません』
『本当にわかってるの?』
『わかってるもん!』
『こら! まだ手当てが途中でしょ! キーラ! 戻って来なさい!』
どうやらあの頃からキーラは進歩していないらしい。
心配そうな母の顔が思い浮かんで、キーラは懐かしさに少しだけ喉を詰まらせた。
▽
新たな衣装を早々に駄目にしてしまったキーラは、泊まっている宿に戻って予備の服に着替え、そのまま部屋に運んでもらったハルの様子を見ながら明日の出発の準備をしていた。
しかし騒ぎの報告を受けたらしい皇帝ルーシャンに呼び出しをくらい、ユーインに付き添ってもらって再び宮殿の門をくぐることになった。
謁見の間ではなく執務室に通されて早々、ルーシャンは側に控えていた従者に合図し、手に持ったお盆に被せていた布を外させた。
お盆の上には、真っ赤な色をした鉱物の結晶が乗せられていた。六角錐が組み合わさった複雑な形をしている。キーラはその鮮やかな色と、両手から溢れそうなほどもある大きさに驚いた。
「随分と立派な魔結晶だね。あの蜘蛛から取れたものかい?」
「そうだ。これほど大きさのものは、ふつう聖獣級の魔物からしか採れぬ。
よもやこの地にそのような魔物が潜んでいようとはな。さすがの余も驚いたぞ!」
魔結晶とは魔物の体内から採れる鉱物で、キーラも辺境ではよく目にしたものだ。ただし今手にしているものよりもずっと小さい、指先ほどの大きさのものではあったが。
これをみんなで採集して磨き、大人たちが少し離れた街に売りに行く。実はこれが村の収入の大部分を占めていた。
魔結晶は長生きの魔物からしか採れないため、定期的に間引く必要のある、人の多いところでは育ちづらい。そのため辺境などの僻地に生息する魔物から採る必要があるのだ。
依頼を受けて魔結晶を採集するハンターなんかもいるらしいが、わざわざ数ヶ月かけて取りに行くには採算が合わず効率も悪いため、いつしか地元民から各街を経由地として取引されるのが一般的になっていったのだとか。
魔結晶は魔物が体内に取り込んだ生命の力が凝ったものと言われており、生命の力の伝導率を上げる効果があるため、たとえばキーラが譲ってもらった片刃刀や、サミュエルの大剣にも、それぞれ刀身の素材には闇と光の属性の魔結晶が含まれていたりする。
鍛冶師には必需品とも言える素材なのである。
「おまえ、あの魔物は精霊術を使わなかったか」
「はい」
「ふむ、そうか。これはこの魔結晶を見た鑑定士の憶測に過ぎぬが、あの魔物は永いこと化石のように眠りについていたと考えられるとのことだ。
生命活動を維持するために体内に生命の力を取り込み続けた結果、そのような純度の高い魔結晶となったと。
そしてその場合、あの魔物は精霊術を使えなかったはずだと申していた」
「つまり、精神力をすべて生命維持のために使っていたということかい?」
「そうだ」
ふたりの会話が理解できず、キーラは頭にいっぱいはてなを浮かべた。
キーラの様子を見て、ユーインはいたずらっぽく人差し指を立ててみせた。
「キーラ、君は肉体を持たない魔物を見たことがあるかな?」
「霧状とか、粘液状のやつ?」
「うん、そうだね。それじゃあ、そういった魔物から取れる魔結晶は、肉体を持つ魔物よりも純度が高いということは?」
「知ってる!
粘液状のは高く売れるから、見つけたら最優先で倒すようにって村でも言われてたの」
所謂スライムと呼ばれる魔物だが、彼らは属性によって異なる粘液状の身体の中心に魔結晶を持っている。
濁りが少なく形も綺麗なため、高値で取引されるらしいということは大人から聞いて知っていた。
「そういえば、精神体の魔物って精霊術を使わないよね?」
「その通り!
例えばスライムであれば、生命の力はすべて、粘液の形成と維持のために使われているのだよ。
つまり肉体を持たない魔物は、生命の力、もとい精神力を、擬似的な肉体を作るために消費しているということだ」
「肉体を持つ魔物はそれを維持するために、当然呼吸や食事を必要とする。すると形成途中の魔結晶に不純物が混じり、濁った色となるのだ。
しかしこの魔物の魔結晶は濁っていない。つまり肉体を持つ生物としての生命維持活動を永い間行なっていなかったということになる」
ユーインとルーシャンの説明に、キーラはようやく理解が追いついてきて、ふむふむと頷いた。
「あのおっきいのが精霊術を使わなかったのは、精神力が足りなかったからってことなんですね」
「そうだ。もしも精霊術を使われていたら、おまえも無事では済まなかっただろう」
キーラは神妙に頷いた。
糸と毒液だけでも精一杯だったのに、火の精霊術まで使ってこられたら勝ち目はなかっただろう。




