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5-3:雨の国 ラズリズ

「キース、無事か!」

「はいっ! ありがとうございます!」


シールドを展開してくれたサミュエルにお礼を言って立ち上がる。泥は地面に縫いとめられなければくっつかないようだったが、服はすっかり泥遊びをしたあとみたいになってしまった。


「うおおおおおっ!

<水刃(アクア・ブレード)>!!」


追いついてきたウォーレスがそのままの勢いで巨大トカゲに水の刃を飛ばした。

レフが立ち上げた土の壁に当たるが、壁が崩れたあとから飛び出してきたウォーレスが魔物に斬りかかった。

聖剣の刀身が魔物ののどを斜めに裂く。魔物が悲痛な叫びを上げてよろめいた。

もう一刀浴びせようとするも、土の壁に阻まれてしまう。


距離をとって水刃を飛ばし壁を崩すと、ウォーレスはてのひらに石の礫を浮かせているレフを睨みつけた。


「俺はお前たちが許せない。

今回の水害でどれだけの人が亡くなったと思う?

美しい国と人々を愛してくれる聖獣までをも利用して……そんなに世界樹が大事なら、どうしてわからない……!

この剣から伝わってくる嘆きが、哀しみが、いったい誰のものなのか!!

少しでも彼らの死を悼む気持ちがあるのなら、せめてお前も武器を取って、俺と戦えッ!!」


ウォーレスがレフに剣を向ける。

レフは血を満たしたガラス玉のような瞳でジッとウォーレスを見据えると、手に集めていた生命の力(マナ)を手を閉じて霧散させた。


「お前の言いたいことはわかった。

でも、ひとつ、わからないことがある」

「……なんだ」

「なぜ、無関係のお前が、死んだものたちのために怒る?

こんなところまで僕たちを追いかけてきて、人間というのは、それほど守る価値のあるものなのか?」


いやしめるでもなく、見下すでもなく、純然たる疑問をもって問いかけてきたレフに、ウォーレスは面食らったようだった。


「価値があるとかないとか……そんなことじゃない。

無辜(むこ)の民の命を奪うのは間違っていると言っているんだ」

「僕たちのお母様の命をさんざんすすっておきながら、罪を犯していないというのか?

お前たちがどうしてそんなに傲慢になれるのか、僕にはわからない。僕たちの魔物(なかま)は人を殺さない。でも、お前たちはたくさん殺した。それは罪にはならないのか?

お母様に寄生して生きることしかできないお前たちは、いつからお母様より偉いつもりになった?」


レフの周囲の土が浮かび上がる。

レフの目には、はじめて感情が浮かんでいた。


それは憎しみか、怒りか、哀しみか。


混ざり合った強い感情が周囲の生命の力(マナ)を引き寄せてしまっているのだ。


「ウォーレス!」


戸惑っていたウォーレスは、ナタリアの声に咄嗟に剣を構えた。

ゴイン、と鈍い音がしてウォーレスの身体が吹っ飛ぶ。巨大トカゲの岩の頭が剣の平と衝突したのだ。


「ギャオオオオッ!」


レフの感情に共鳴するように、巨大トカゲが暴れ出した。

ドシンドシンと地鳴りをさせながらこちらに向かって突っ込んでくる。


「エリー!」


ユーインが手に持った指揮棒を降ると、白い鳥が颯爽と魔物の横をすり抜け、まっすぐにイサイに向かっていき、小さな火の玉をローブにぶつけて術を中断させた。

隙ができるのを狙っていたようだ。キーラは心の中で喝采を上げながら、巨大トカゲに精霊術を飛ばした。


「狙ってやったならお見事ね、ウォーレス!」

「そんなわけないだろ〜!」

「そこの旅のもの、感謝する!」

「ふふっ、これでよかったかな? ()()()()()?」

「はい!! ありがとうございます〜!」


さすが空気が読める男!


「ヘマしやがったな、リーダー!

<多弾(ダブル・ショット)>ぉ!」


戦闘に割り込んできたクジマが、両手に銃を持って立て続けに撃ち込んできた。

素晴らしい反射神経でサミュエルが前に出て盾を展開する。

クジマは腹立たしげに銃弾を地面に撃ち込んだ。


「言っとくが、外したのはわざとだからなぁ!!

クソッ、リーダーのせいでまた失敗じゃねぇかよッ! あー!!」

「ごめん」

「うるせぇ、謝ってんじゃねぇ! さっさと撤退だ!

雨も降ってきやがったし、聖獣まで出てきたらマジでヤラれちまう。

なにより俺は、雨が大っ嫌いなんだ!」


レフが落ち着くと同時におとなしくなった巨大トカゲの背にレフが乗ると、クジマとイサイも小型のトカゲに乗った。

ウォーレスが剣を下ろしたので、キーラたちもそれに倣う。

ウォーレスは、ただジッとレフの背中を見つめていた。


泣き出した空が、戦いの傷跡を優しく洗い流していく。



みんな疲れ切って話す気力もないまま、その日は宿に戻って休んだ。

しっかり泥を落としたあと、ハルの石鹸の香りがする毛皮に顔をうずめて眠った。ハルはちょっと嫌そうだったが。


起きた後もなんとなくぼんやりしていると、お腹が減ったので、予備の簡素な服に着替えて食堂に降りた。

入り口あたりでウォーレスがうろうろしていたので、とりあえず近付いていく。ウォーレスは困った顔でキーラを出迎えた。


「キース、どうしよう」

「なにがですか?」


ウォーレスが宿の外に視線を移したので、つられて見ると、なにやら豪奢に飾られたラクダが数頭、紐で繋がれた状態で連なっていた。

ふたりは同時に顔を見合わせた。

ウォーレスがキーラの肩に腕を回し、耳元に顔を寄せてくる。

若干びっくりしつつも、キーラは耳を傾けた。


「なんか昨日のことでお礼がしたいとかで、宮殿から迎えが来てるんだよ……

そんなことよりも俺は少しでも街の片付けを手伝いたいし、この後のことみんなで話し合って次の国に移動もしたいし、どう断ったらいいと思う?」


キーラは顔をしかめた。


「それって、皇帝陛下に会えるんですか?」

「さあ……?」

「さあって……会えるなら会っといたほうがいいと思います。

だってアーガンティアでいうシャーリー的なひとですよ! いろんな方面に顔が利くし、あっちはウォーレスさんたちに借りがあるんですから、ちょっとしたお願いなんかも聞いてもらえるチャンスですよ!」

「お願いって言ったって……」


ウォーレスは自覚が足りなすぎる。

使えるものは使うべきではないか。

今度はキーラがウォーレスの耳に顔を寄せた。


「砂漠の方に行くつもりなら、ラクダが必要ですし、港が使えない今、アーガンティアに戻るには辺境の方まで降りて山を越えなければいけないんですよ。その場合、移動に関しても、物資を運ぶにしても、馬があるとラクじゃないですか?

ついでに聖獣リェークを召喚獣として時々借してほしいことと、そうそう、この大陸に適応した服もほしいですよね!

ウォーレスさんとサミュエルさん、ちょっと暑そうですし……あ、それから……」


考えていたら止まらなくなってしまったキーラは、そのまましばらくウォーレスとこそこそと怪しげな感じになっていたが、降りてきたナタリアに割り込まれる形で話を切り上げることになった。

先に来ていたサミュエルはわりと早い段階で様子を見ていたらしい。見てないでとめて欲しかった。

ちなみに、真面目な顔でキーラの話しを聞いていたウォーレスは感心しきりで、やっぱりこの子簡単に騙されそうだな、とキーラは生温かい気持ちになった。

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