5-2:雨の国 ラズリズ
「<木精達の円舞曲>!」
横合いから蝶のような妖精が飛んできて、地面に吸い込まれたかと思うと、枝が敷石を貫いて伸びてきた。倒れた女性を守るようにグネグネと絡み合い、瓦礫を受け止めていく。
その隙に白い鳥を連れた男性が駆け寄ってきて、素早く女性を助け起こした。
キーラは思わず、ポカンと口を開けてしまった。
「お嬢さん、怪我はないかい?」
うなじで三つ編みにした萌黄色の長髪に、スカイブルーのおっとりした瞳。
整った甘い顔立ちには余裕の笑みが浮かんでいた。
(で、出た〜、ユーイン!)
彼らしい登場の仕方に、キーラは指を指して叫びたくなった。
ユーインはポッと頰を赤らめて頷いたお嬢さんをそっと立たせ、ひらけた場所に行くように促した。
そして第一区に向かっていくリェークをキーラが見送ったところで、長い足でこちらに駆け寄ってきた。
「これはこれは、美しい魔物を連れているね。
そしてそんな魔物を操っている君の、その艶やかな黒髪に黒曜の瞳……素晴らしい! なんて美しいんだ!
君のような素敵なお嬢さんに出逢えた僕は運がいい!」
キーラは思わず固まってしまった。
一発で女と気付いてくれる人間もこの世に存在するらしい。
その間にキーラは手を取られそうになったが、ハルの威嚇音にハッとして、慌てて手を引っ込めた。
ユーインは一瞬残念そうな顔をしたが、またすぐに破顔した。
「おっと失礼!
僕としたことが、つい興奮してしまったようだ。
君は第一区の方から逃げてきたのかい?」
「い、いえ、動力施設に向かうところです!」
「まさか街を守るために……?
なんてことだ、君は心まで美しいのか!
そうだな、僕はこれをあの聖獣に返しに行くつもりだったが」
そう言ってユーインが見せたのは、深い青さをたたえた宝石だった。深海から湧き出したかのような水泡が中に閉じ込められている。
間違いなくリェークのものだ。
ユーインはそれをヒュッと上に投げると、肩に乗っていた鳥が飛び上がってそれを口に咥え、第一区へと飛び去っていった。
キーラはまたもやポカンとしてしまった。
「あの宝石は僕の賢いエリーがきっと聖獣のもとに返してくれるはずさ。さぁ、行こう!」
キーラは戸惑いつつもユーインに急かされるままハルを走らせた。
▽
動力施設にたどり着く手前に、道を塞ぐものがいた。
恐竜のような大きなトカゲの横に立つ茶髪の青年、レフは、無表情のままキーラを見澄ました。
「お前は敵ではないらしいとクジマに聞いた」
直球だった。キーラはレフに話しかけられるという感動の体験に、震えながら口を開く。
「わたしは、あなたたちのお母様に根を返してあげたいって思ってるよ。
でも、そのために街や人を傷つける必要があるの?
こんなことしたら、たくさんの人が死ぬってあなたもわかっているでしょ。血が流れればその血は世界樹をもむしばんでしまう。ねぇ、本当にこうするしかないの?」
「……お母様が僕たちを止めようとしてることはわかってる。
でもこのままだとお母様は枯れてしまう。お母様が枯れてしまったら、僕たちはもう生きていけない」
「いまアーガンティアでは世界樹に根を返すために動いてくれている人たちがいるの。どのくらいかかるかはわからないけど……あなたたち守人も、魔物も、死ぬ必要のない人たちが死ななくて済むかもしれないんだよ。
わたしは……世界樹は、誰よりもあなたたちを守りたいと思ってるはず」
レフはわずかに目を細めた。
赤い目が、雨の中にゆらゆらと灯っている。
「お前はなんなんだ?」
「……わたしはキーラだけど……」
たぶん違うだろうな、と思いつつ。
なんなんだと聞かれても、君たちを死なせたくないだけのいちファンですとしか言いようがない。
「キーラ。僕たちはもう待てない。
お母様にはもうほとんど力が残っていないから。
いまごろ返すと言われても、人間たちがお母様から奪ってきたものは帰ってこない。……本当は、なにもかも消したくてたまらないのに。お前は、お前の母が不条理に傷つけられても、たったひとこと謝られたくらいで、すべてを許せると言えるのか?」
キーラは口を閉じるしかなかった。
わかってはいたけれど、やはりとめる方法はないらしい。
レフの後ろではいまも兵士たちが魔物と戦っているが、押されているようだ。
本来ここでは名前のない赤目の民が三人がかりで精霊術を発動するために力を使うのだが、魔物のそばにはイサイがいた。
己を狙って飛んでくる精霊術や矢から逃げながら、発動のタイミングを見計らっているようだ。
その近くにはクジマもいた。キーラと目が合うと、ニッと笑って、キーラに指を向け、ばん、と撃ち抜くポーズをしてくる。
かわいさにやられて咄嗟に心臓を押さえてしまったキーラだった。
「ぼくたちは弱い。もっと強ければ、誰も傷つけないでお母様を助けられるのに。
魔物がたくさん死んでしまった。そしてこれからも死んでいくのだろう。きっと、家族も、たくさん、たくさん」
「そんなことさせない!」
思わず語気が強くなってしまった。
レフが怪訝そうに首をかしげる。
「お前は変だ。地の国でも、僕の家族を助けた。
お前がなにをしたいのか、僕にはわからない」
「……わたしは」
ふいに、雨がやんだ。
レフの目が第一区へ向く。
「聖獣が倒れたみたいだ。もう時間がない。
キーラ、お前も僕たちの邪魔をするか?」
商業地区の動力施設が破壊されれば、多くの人々に影響が出る。高潮によってさらわれたごみによって港も沈んでしまった。ほとんどの物資を貿易でまかなっていたラズリズの民たち、そしてラズリズから物資を得ていたゴルドの国々は、どうなるのか。
わからない。キーラにはわからなかった。
イベントはゲームどおりに起こっている。でも、現実は、未来は、キーラが介入することによって変わってきている。
NPCのように思っている住民たちも、たしかに、この世界に生きている。それは世界樹から遠い地で、どこか他人事のように思っていた国々を訪れて、ウォーレスたちや赤目の民、必死に国を守る兵士たち、かわいがってくれた船乗りたち……色々な人たちに出会ったことで、彼らも己と同じ地を踏み空気を吸う生身の人間なのだと、嫌というほど肌で実感してきた。
いまでも赤目の民たちの味方だという思いは変わらない。
それでも、キーラが彼らをひとり生かせば、死ぬはずのなかったひとがどれほど死ぬことになるのだろうか。
そうやって世界をめちゃくちゃにし続けて、最後に残るものはなんなのだろうか。
──世界樹が守りたいものはなに?
なんのためにエルモライに剣を与えた? みんなを救いたいと願う、ウォーレスを選んだ?
彼らが大切にする世界樹を救いたいという気持ちは、痛いほどまっすぐで純粋なものだ。
でも、そのために世界を壊すことは、この世界そのものとも言われている世界樹を傷付けることと、同じではないのか。
レフたちがそれに気付いていても、いなくても、そんなのは哀しすぎる。
キーラはギュッと手を握り締めた。
「わたしは……!
わたしの守りたいものを守るために、あなたたちをとめる!
<影>!!」
「おや、ようやく僕の出番かな?
<風精達の哀歌>!」
(あ、ユーインがいたんだった!)
すっかり存在を忘れて、色々としゃべってしまったが、大丈夫だろうか。
まぁ空気を読んで存在感を消していたように、意外と状況を読む力に長けている人だから、きっと色々と察してくれるだろう。
などと若干横暴なことを考えながら巨大トカゲの魔物に精霊術を飛ばす。
しかしいかんせんハル以外は攻撃に長けた精霊術ではないため、なかなか手応えがなかった。
「この大きい子は、土系の魔物のようだね。
僕が水の精霊術師ならよかったのだが」
レフは足止めのつもりしかないのか、攻撃してくる様子はない。
ただずっしりと構える魔物とともに道を塞いだまま、時折土の壁を作って攻撃を防いでいるだけだ。
向こうもあらかた片がついてしまったらしく、イサイの元に生命の力が集まっていくのを感じた。
「キース!」
ウォーレスの声だ。
ホッとして思わず力が抜けそうになってしまう。
その瞬間、ジッとしていた巨大トカゲが動いた。バカッと大きな口が開く。
「うわっ!?」
弾丸のように飛んできた泥団子を地面を転がってかわす。
しかし立ち上がろうと手をついた時、巨大トカゲの口から再び泥団子が放たれた。
──間に合わない!
顔だけは避けようと背中を向けて丸まったとき、強い風が吹いた。
ハルだ。
ハッと顔を上げたときには、べったりと泥にまみれたハルが転がっていた。
「ハル!!」
ハルは立ち上がろうとしているが、泥はとりもちのように地面にくっついてしまっていた。
駆け寄ろうとするも再び泥団子が飛んできて近付くことができない。
ユーインの方も足を拘束されて動けないようだった。
さらに泥を避けようとしたとき、足元に落ちていた泥に足を取られ、キーラは転んでしまった。
もう駄目かと思ったその瞬間、目の前に光の盾が出現した。




