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5-1:雨の国 ラズリズ

ゴルド大陸。

7割が砂漠に覆われた過酷な地だ。

海峡に接する海岸線の半分も占領する港を持つ大国ラズリズは、世界樹を中心とした3大陸の中で最大規模を誇っており、唯一世界樹の根を3本発掘している。

大きな船がずらりと停泊する港は、圧巻の一言だった。


「すごいわ。話には聞いていたけど、こんなに栄えてるなんて!」


たくさんの人やラクダが行き交う。

広い通りにはベージュの敷石が敷き詰められ、その両側を円柱を支えにした建物が並んでいる。通りの中央を分断している生垣には、ヤシの木が等間隔に並んでいた。


「この地には、雨を呼び寄せる聖獣がいるようです。

力を貸してくれるようなら、仲間に加えて損はないでしょう」

「そうだな。どこにいるかわかるか?」

「宮殿のそばのプールにいることが多いという話です」


仲良くなった船乗りさんたちに髪をぐちゃぐちゃにされたあと、ちょっぴり切ない気持ちを紛らわすように、ぶんぶんと手を振って別れた。

移動には時間がかかるということで、宮殿のある第一区方面の乗合馬車に乗って出発した。


「ねぇ、もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃない?

船旅だって決して快適じゃなかったし、潮で肌も髪もべとべとだわ。

先に宿を見つけてお風呂に入りましょうよ。せっかくこんなところまで来たんだし観光もしたいわ」


馬車を降りて真っ先に宮殿を目指そうとしたウォーレスに、ナタリアが不服を申し立てた。

キーラもお風呂に入りたいのは同感だった。


「あー、そうだな。

宿を決めてからにしよう。サミュエルもいいか?」

「はい、もちろんです」


サミュエルの隣にいたキーラは、ウォーレスを引き止めようと手を上げかけたのを見ていたので、ちょっと笑ってしまった。

ゲームでは当然お風呂もトイレもないが、現実はそうはいかない。ナタリアはなんだかんだ健脚だし気力もある。キーラも辺境育ちだからこそついていけているが、これが普通の町娘だったらとっくに音を上げていそうだ。

サミュエルは細やかに気を遣ってくれているが、ウォーレスは己がいろいろと規格外なことにいまだに気付いていない。

どれだけ過酷にパシられてきたんだろうと、キーラは思わずナタリアを見つめてしまった。



ようやく人心地ついて再集結し、宮殿に向かう。

ヤシの木で囲まれたビーチのような人工的なプールには、風が葉を擦らせる音だけが聞こえていた。


「違う場所にいるみたいだな」

「雨を降らせて、水辺を移動する魔物だそうです。

どこかの水辺にはいるはずですが……」


そのとき、ぽつりぽつりと水滴が落ちてきた。

驚いて見上げると、からりと晴れていた空に急速に雲が集まり出し、雨を降らせ始めていた。


「これって、聖獣の仕業か?」

「やだ、せっかくさっぱりしたのに!」

「強くなりそうですね。軒下に移動しましょう」


雨はすぐに打ち付けるような激しさに変わった。

同じように避難している国民の間から、不安そうな囁き声が聞こえてくる。

どうやらここまで強い雨が降ることはなかなかないらしい。


空気の冷たさにハルに抱きついて暖を取っていると、ナタリアが精霊術で火を出してくれた。

それからサミュエルがいつのまにか持っていたホットドッグのような食べ物を全員に配ってくれる。

軒先の店から買ってきたらしい。ピリッと辛くて、あたたまる味だった。


難しい顔で空を仰いでいたウォーレスが、ハッと目を見開いた。

同時に周囲にも動揺が広がっていく。


「闇の精霊術の気配……!」


サミュエルが押し殺した声でつぶやいた。


そして雨の中をかき分け、駆け付けたときには、動力施設がひとつ、姿を消していた。



しばらく周囲を警戒していたが、赤目の民も魔物も姿を現すことはなかった。

日が暮れた後、キーラたちはウォーレスの部屋に集まり、緊急会議を開いた。

卓上にはラズリズの地図が広げられている。


「ラズリズは大きくみっつの区画に分かれています。

ひとつはここ、宮殿が建ち富裕層が集まる第一区。

その外側を囲うのが、商業地域である第二区。

更にその外側が一般市民が住まう第三区。

各区画に根を利用した動力施設があります」

「根を奪われたのは、第三区だな」

「はい。そのため動揺した国民が第二区に押し寄せています。今は二区三区ともに門を閉ざしているようですね。

兵たちは残った動力施設の警戒とあわせて、暴動が起きないよう警備に当たっているはずです」

「残りの根も狙ってくるかしら?」

「わかりません。ただ、市民街の警備と比べて、一区二区はもともと警備が厚い。いくら国内が混乱しているとはいえ、奪還は容易ではないかと」


雨はまだ降り続いている。

真っ黒な雲は、時折ゴロゴロと怪獣の唸り声のような音を上げていた。


「あたし雷嫌いなのよね。

ねぇキース、一緒寝てくれない?」

「いいですよ」


普通に返事をしてしまってから、キーラは首を傾げた。


「ナタリアさん、あの、ぼく男ですけど……」

「だって、キースはあたしのこと異性として見てないじゃない」


ウォーレスは微妙な顔をしていたが、それはそうだろう。

ナタリアと一緒にお風呂に入れるか? と言ったら、キーラ以外は即座に首を横に振るはずだ。キーラもある意味まずいのだが。


「ナタリア嬢は鋭いのか鈍いのかわからないな」


サミュエルが呆れたような声を出した。



ナタリアに抱き枕にされて眠った翌朝、じめじめした空気の中起き出した。雨は小降りになったものの、まだしとしとと降り続いていた。


「キースには抱き枕の才能があるわ」


寝起きスッキリのナタリアの言葉に、サミュエルが物言いたげな視線をキーラに向けたので、キーラは横を向いた。

抱かれても女子と気付かれなかったですがなにか?


「キース、嫌だったらちゃんと言ったほうがいいよ」


キーラを健全な男子と思っているウォーレスは心底気遣う様子を見せたが、キーラはなんと返事をするのが最適かわからずに曖昧に笑った。



街のうわさ話から、三区の建物がほとんど流されてしまったことを知った。

急激に気圧が下がったことにより高潮が押し寄せたことで、波に飲まれたらしい。さらに恐慌をきたした市民が、水から逃れるために二区、そして一区へ続く壁をも破壊したという情報も入ってきた。被害は少ないものの、二区もある程度流されてしまったようだ。

一区から二区に向かっては比較的なだらかな傾斜になっているため、まったく無事だった一区は、避難してきた住民であふれていた。


いくら大国といえど、災害からは逃れられない。

事態はすでにパニックどころではない騒ぎになっていた。


そして、そこに追い打ちをかけるように、魔物がなだれ込んできたのである。


「きた」


ウォーレスの声には、隠し切れない怒りがにじんでいた。


「予定通り、このまま二区に向かう!」


魔物を斬りながら叫んだウォーレスの言葉に、それぞれ返事をする。

一区には宮殿を守る精鋭の兵士が回されているらしく、キーラたちは二区の様子を見に行く予定だった。


「先に行ってます!」


キーラはハルに乗せてもらい、逃げ惑う人々を避けながら、道を塞ぐトカゲの魔物を精霊術でかわしつつ一足先に二区に入った。

ふいに女性の悲鳴が聞こえて、思わずそちらを向く。

そこには、蛇に似た大きな魔物がいた。太く長い胴体は虹色の光沢を持つ透き通った鱗をまとい、耳の位置には水かきのついたヒレが扇子のように鮮やかに広がっている。

尾の先にも水かきがあり、その身体は雨の中を泳ぐように、地表からわずかに浮かんでいた。

赤く染まった目の上、青白い額からは、水色のもやが漂っていた。


「聖獣リェーク……!」


海の色の宝石を額に持っているはずの、聖獣だった。


狂気に染まったリェークの姿に驚いた女性の横を素通りし、リェークがその尾ひれで周囲を破壊しながらこちらに向かってくる。

しかし、ガラガラと崩れた壁が、今にも女性に降りかかろうとしていた。


咄嗟に手に羽を出したとき、精霊術の気配がした。

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