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3-5:地の国 サイフォン

「え、あの、え?」

「これも謝らなければならないのだが、君を受け止めたとき、バストに腕が触れてしまったのだ……知らなかったとはいえ、うら若き少女にとってはショックだったろう。本当にすまない」

「えええ???」


肺が潰れたくらいにしか思っていなかった。自分で触っても、鏡で見ても、ん? となるほどなのに、まさかバレていたなんて。

とはいえ、ひとり旅だったから隠していただけなので、驚きはあっても困ることない。

叱られた犬みたいにしゅんとしているサミュエルを見て、キーラは苦笑いした。


「気にしないでください。

ぼく……わたし、村でもよく男の子と取っ組み合ってたんで、慣れてるんです」


男の子達に混ざって狩りやら採集をしていたキーラは、完全に男扱いだった。

身体が触れ合って、ドキッ……なんてことは皆無だったし、キーラの目前で平然と服を脱いで水浴びし出すこともあった。

他の女の子なら絶対恥ずかしがるくせに、と引っ張ってやろうかと思ったが、さすがに実践したことはない。


「なんか言い出すタイミング逃しちゃって、このままでいたんですけど……」

「そうだったのか……キースという名も?」

「はい、本当はキーラっていいます」


思えば村を出てはじめて本名を名乗った気がする。

このままぼくっ子を続けていたら戻らなくなりそうだ。


「ウォーレス様達にも打ち明けた方がいいのではないか?」

「そうですね。隠す理由もないですし」

「そうだ、私がナタリア嬢と部屋を交換しよう。

君とナタリア嬢でこの部屋を使うべきだ」


そう言うとサミュエルはさっさと部屋を出ていってしまった。やっぱり育ちが良いと全然違うなぁ、と握られていた手を見て、しみじみと思うキーラであった。

しかし戻ってきたサミュエルは、肩を落としていた。


「すまない。ナタリア嬢は既に就寝してしまったようだ」

「あー、大丈夫ですよ。

昨日だって一緒に寝たんですし、さっきも言いましたけど、明日には発つんですから」

「それはそうだが……」


女扱いされるのも面倒くさいな、と色気のないことをキーラは思った。


「それに……今日色々あったせいで、ひとりで寝るのがちょっと怖いんです。

一緒にいてくれませんか?」


子どもらしいことを言っているが、半分は本心だった。

ハルがいてくれるとはいえ、広い部屋でぽつんと眠るのは無性に寂しい。

サミュエルはようやく表情を緩めて歩いてくると、キーラの頭をその固い胸に押し付けた。あやすような抱き方だった。


「そうだったな、君はまだ子どもなのだ。

あまりにも君が美しかったものだから、私も動揺してしまっていた。

子どもは大人に甘えていい。そうだろう?

今日はよく頑張ったな……キーラ」


どこか遠く感じていた名前が、胸に沁みて、なんだかジンとした。


──そうだ、わたしは、キーラなのだ。


無意識に切り離していた自己が戻ってくる。

止まっていた心臓が動き出すような気がした。


「……っ」


思わず、嗚咽が漏れた。


「こわ、かった……こわかったよぉ……っ」


泣き出してしまったキーラを、サミュエルが大きな身体を屈めて抱き締めてくる。

キーラは太い首にしがみ付いた。触れた素肌があたたかくて、なんだか、もっと泣けた。



翌朝朝食の席に行くと、ナタリアが頭を抱えていた。

ウォーレスも見るからに沈んだ様子だ。サミュエルが声を掛けると、ナタリアが涙目で言った。


「コラルの……コラルの根が奪還されたんですって!」


サミュエルが驚きながらもキーラの椅子を引いて先に座らせ、自分も席に着いた。


「やつら、二手に分かれていたのですか」

「そうみたいだ。今朝、コラルから支援の要請があったと……」

「もー! だから言ったのよー!」


ゲームの展開として知っていたキーラはナタリアからそっと目を逸らした。


「聞いた話だと、夜中に突然すべての電気系統が途絶えたらしい。慌てて駆け付けてみると、すでに更地になっていたって」

「コラルは街としての規模は大きい方ですが、小国のサイフォンと比べても警備は遥かに緩慢ですからね。

街への侵入も容易かったのでしょう。それにしても、まさかこのような形で出し抜いてくるとは……」


ウォーレスは、椅子に立て掛けてある聖剣の柄にそっと触れた。


「……一度トパースに戻って立て直そう。

聖剣もまだ次の襲撃場所の目星は付かないみたいなんだ。ひょっとしたら、俺が聖剣を手にしたことを知って、あいつらも警戒してるのかもしれない」

「それがいいでしょう」

「ということは……またあのそりに乗るのぉっ!?」


ウォーレスが憐れみの目でナタリアを見た。



昼過ぎにはトパースに帰還した一行は、休む暇もなく神殿に向かい、すぐに出てきてくれたシャーリーに会議室に案内された。


「……ナタリアさん、大丈夫ですか?

非常に顔色が悪いようですが……」

「ああ、大丈夫だ」


魂の抜けたナタリアに代わってウォーレスが頷くと、シャーリーは戸惑いつつも表情を切り替えた。

印の付いた地図を広げ、コラルの印の上にばつ印を書き込む。


「お付き合いのある各国や街には伝書鳩を飛ばしておりますので、警備は厳重になってくるかと思います。

コラルの襲撃に関しては想定外でしたが、サイフォンではよく守り切ってくださいました。さすがはウォーレス様です」


シャーリーはにっこり笑うが、ウォーレスは渋い顔をした。


「俺は……何もしてないよ。

根を守ってくれたのはサミュエルだ」

「ウォーレス様、根を守ることはサミュエルの任務ですから、当然のことなのですよ。

ウォーレス様が守ると決めたものはなんでしたか?」

「……この世界と、この世界のみんな」

「でしたらウォーレス様は、あなた自身の心に従ってみんなを守ったのですね。

あなたはそれでいいのです。聖剣が選んだのは、そんなあなたなのですから」

「……うん」


小学生くらいの女の子に慰められる英雄なのであった。なんとなく空気が微笑ましい感じになり、気付いたウォーレスが頰を染めて咳払いした。


「それにしても、シムヴァの宝石を外したのはやはり赤目の民なのかな?」

「状況からしてそう考えるのが妥当かと思います。

赤目の民は魔物を操る術に長けておりますが、聖獣まで意のままにできてしまうとしたら、そちらも警戒する必要がありますね」

「本当にやっかいな相手だな……

それで、問題は次の場所か」

「赤目の民は襲撃後、付近の森か、世界樹の森に潜んでいると思われます。

どちらにせよ襲撃場所からそう離れることはないでしょう」

「つまり次に行くとしたら、東の大陸へ移動するか、西側に戻るはず、か」


世界樹の森は世界樹を包むように周りを囲んでおり、更にその外側は浅海となっている。そこから三方向に流れている海峡が、大陸の境界線だ。


「東のゴルド大陸は7割が砂漠で、主要な国や街は沿岸に集中していますし、ここアーガンティア大陸の各国や街の警戒が高まる中、そちらに向かう可能性がないとは言えません。

むしろ西に戻る方がリスクが高いかと」

「なら先回りして大陸を渡るか……でもわからないよな。

西側に行かれたら、こちらが出遅れることになるし」

「はい……なにせ、世界樹の森を経由すれば、大陸を横断せずに西の大陸に行くこともできてしまいます。当然その分時間はかかりますが、こちらと距離を取るためにそういった手段に出ることも充分に考えられます。

とはいえ、こちらも警戒を強めておりますから、そう容易く攻め込まれることもないでしょう。もとよりなにもかもあなた方に負わせるつもりはございません。前回は手痛い結果となりましたが、トパースにも、大陸一の大国としての誇りがございますから。

ウォーレス様方はどうか大陸を渡ってください」


シャーリーの言葉にウォーレスは神妙に頷いた。

ウォーレスはコラルのことを聞いてからどこかピリピリしていたが、今は少し力が抜けた表情をしている。

いくら聖剣の英雄とはいえ、ウォーレスはまだ十代の青年。たったひとりで世界を背負った気にならなくてもいいのだ。


「大陸を渡るなら、船だよな」

「はい、ここから東へ進んだところに、我が国が領有している港町があります。

貿易港ですが余裕があればひとを運ぶこともございますので、空きのある船をお調べして手配しますね」


そういうことになった。

話が一段落すると、シャーリーは微笑んで手を合わせた。


「ではみなさま、準備ができるまで旅の埃を落として、食事をとってはいかがでしょう?

麗光の間でゆっくりしていただいても構いませんし、国内を見て回るのもおすすめですよ。

ああそうです、神殿正面の礼拝室に一度お訪ねくださいませ。自らが封じた聖剣を手にしたウォーレス様に、神君もお会いになりたいと思います。

ナタリアさんとキースさんもぜひ! かの高名な女性画家アビゲイルが描いた天井画は、英雄エルモライの激動の時代をダイナミックかつ精緻に描いた、至高の芸術作品でございますよ。一見の価値ありです!」

「あ、うん」


ここぞとばかりに売り込みをしてくるシャーリーに若干後ずさりしつつも、ウォーレスは素直に頷いていた。

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