3-3:地の国 サイフォン
「お兄ちゃん……ぼくたちを殺すの?」
「ああ? 殺すわけねぇだろ。そういう命令だしな」
やっぱり。キーラは微かに息を吐いた。
「よかった。お兄ちゃん、優しいんだね」
「はあ? んなわけあるか。お前が俺らの邪魔するってんなら、容赦はしねぇ。
殺すなとは言われてるが、痛め付けるなとは言われてねぇからな!
死んだ方がマシだってくらい苦しめて、お前の泣き叫ぶ顔を拝んでやってもいいんだぜぇ? ヒャハハッ!」
「そ、そんなことより、仲間を助けてあげた方がいいんじゃない?
そろそろみんな精神力が切れてくる頃だと思うよ……?」
「あ?」
実際、精霊術の光の数は減っていた。
サミュエルの戦い方は、精霊術を盾にしながら剣で薙ぎ払っていくスタイルだ。現に今も狼の魔物が弾き飛ばされている。赤目の民は魔物を盾に踏ん張っているみたいだが、魔物も無限に湧いてくるわけではない。
この戦闘は一部でサミュエル無双と呼ばれており、聖獣戦の後視点がサミュエルに切り替わってプレイできる、大剣をぶんぶん振り回して魔物を吹っ飛ばしていくだけの単純作業である。ただ、それが気持ちいいというプレイヤーも多く、人気の戦闘シーンのひとつだった。
ただ今は、キーラがどこにいるかわからないためか、ちょっと手加減しているようだ。
思いっきり吹っ飛ばしてキーラを潰したらまずいというサミュエルの気遣いなのである。利用してごめんね。
「チッ、あの根暗野郎、まだなのかよ」
クジマが忌々しそうに言うが、実はこの時、サミュエルはすごいことをしていた。
イサイが施設を壊すために力を集めたとき、キーラが感じたように、かなりのエネルギーがイサイの周囲に集まるのだが、そうなると当然気配も濃厚になる。
サミュエルはそこを狙って魔物を飛ばしているので、術がことごとくキャンセルされているのだ。
ゲームではひたすら吹っ飛ばすだけだったため、そんなサミュエルの努力を知らないキーラは首を傾げていた。
その時、遠くでシムヴァの高い鳴き声が響いた。
フィールド切り替えの合図だ。
「バケモンだなあいつ」
クジマがサミュエルを見て呟いた。
キーラもそう思う。
「ねぇ、手伝おっか?」
キーラが声を掛けると、クジマは訝しげにキーラを見下ろした。
「お前、あいつの仲間じゃねぇのかよ」
「まぁ、なんというか、スパイみたいなもの?」
「スパイだぁ?」
「ぼくもね、世界樹の根は修復するべきだと思うんだ」
目を見てはっきりと言う。
クジマが腰を屈めて顔を近づけてきた。
「わかんねぇな。お前も当たり前のようにお母様の力を利用してるんじゃねぇのかよ」
「ぼくは根の細い辺境で育ったから、世界樹の力がなくても生きられることを知ってる。
もちろん精霊術を使うために世界樹の力を借りてるけど、それはお兄ちゃんたちも一緒でしょ」
精霊術は昔、自然界に宿る精霊の力だと言われていた。
しかし世界樹が眠りに就いた後、徐々に精霊術が使えなくなっていったことから、世界樹の力だと判明したのだ。
この力の源は現在生命の力という名で呼ばれ、大気中に満ちていることが確認されている。
「それはそうだけどよぉ……
手伝うったってどうすんだよ。あいつをぶっ殺すのか?」
「殺さないよ。ぼくにちょっと考えがあるんだ」
キーラはにっこりと笑った。
「ぼくを人質にしてみない? お兄ちゃん」
▽
「うわ〜〜〜っ!」
キーラの悲鳴が穏やかな夜空に響いた。
「くっ! 少年!」
悲鳴の出所を見つけたサミュエルが表情を険しくする。
キーラはクジマの肩に担がれる格好で捕まっていた。
「ヒャハハハハッ!
ガキがこんなところでウロウロしてたら危ないぜぇ?
ネズミかと思ってうっかり駆除しちまうヤツがいるかもしれねぇからな。例えば、そう、この俺様とかなぁ? ヒャハハハッ!」
「貴様、その子を離せ!」
「あーん? 離していいのかぁ? 本当に?」
「ひいいいっ」
「やめろ!」
現在、クジマは屋根の上に登っている。
身体を傾けられて宙吊りのような状態になったキーラは、わりと本気めな悲鳴を上げた。
クジマならやりかねない。怖い。
ちなみにハルも赤目の民のひとりに押さえられるフリをしてもらっている。
本気で嫌がってうなり続けているので、迫力としては充分だろう。押さえてるひとも若干ビビっているが。キーラは心の中でハルに謝罪した。
さすがに疲労が出てきているサミュエルは、肩で息をしながら大剣を振り下ろし、魔物を両断した。
屋根から見下ろして気付いたが、それが最後の魔物だった。
「あーあー、派手にやってくれやがってよぉ。
てめぇ、地獄に落ちる覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
言動は物騒だが、クジマは目をギラギラさせて非常に楽しそうである。
サミュエルは剣に付いた血を払った。
そしてハッと視線を巡らせ、剣を構える。
その先には精霊術を練るイサイがいた。
「おいおい、余所見してていいのか?」
バン、と破裂音が響き、サミュエルが咄嗟に剣を盾にする。
弾かれたのは金の銃弾。耳元で銃声を聞いてしまったキーラは、自分に向けられたわけでもないのに心臓がバクバク鳴っていた。
「どんどんいくぜぇ!
<火弾>ぉ!」
銃口からバチッと火花が散る。
火の弾が立て続けに撃ち込まれた。
サミュエルはシールドを展開してそれを防ぐと、イサイに向かって走り出した。
「あいつ、お前を見捨てるかもな」
「そうかも。でも大丈夫、いざって時はハルが助けてくれるもん!」
クジマはニヤリと笑うと、屋根から飛び降りて、イサイとサミュエルの間に立ち塞がった。
そして肩から下ろしたキーラを丁度盾にするように後ろから首に腕を回した。
サミュエルが大剣を構えたまま立ち止まった。
「なんという卑怯な手を……」
「サミュエルさん、ごめんなさい……!」
足が震える。なにが怖いって。
この人はキーラごとクジマを斬るかもしれないから。
本来ここで死ぬのは、イサイだ。
静寂が落ちた一瞬、響き渡ったシムヴァの最後の叫びが、キーラには希望にも絶望にも聞こえた。
「ウォーレス様は上手くやったようだな。
こちらも早急に済ませたいところなのだが」
「ああ、同感だ。
こっちとしても聖獣に戻ってこられちゃ、手が出しにくくなるもんでな!
<火弾>ぉ!」
「くっ……」
タイミングよく飛んできた闇の精霊術がサミュエルの盾を溶かし、すり抜けた銃弾が僅かにサミュエルの肩を掠った。チリチリと布が焦げる。
最後の精神力を振り絞ったらしい赤目の民が、ガクンと膝を付いた。
その隙にクジマが全弾を撃ち込む。
さすがはあの暴れトナカイを操る猛者というべきか、動体視力も反応速度もかなり優れている。
剣で防ぎ切れない分は敢えて掠らせながらも、たったの一発も直撃を許さなかった。
なんて恐ろしい人だろう。殺されるかもしれないという恐怖が、背後で膨れ上がっていく生命の力の気配とともに、キーラの胸を圧迫していく。
頰を風が撫でる気配がして、ハルに視線を移すと、周囲に風が渦巻いていた。
「ハル……」
「そこのにゃんこ、余計なことしたら、こいつの頭に銃弾をぶち込んでやるからなぁ」
キーラを押さえながらあっという間にスペアの弾倉に交換していたクジマは、カチリと銃口をキーラの頭を押し当てた。
ぞわっと背中が冷たくなる感覚とともに、勝手に足が震え出してしまう。
「やめろ……!」
サミュエルが凄みのある声で牽制した。
クジマは若干呆れた顔でキーラを見下ろした。
「んな怯えた顔されると、マジで殺したくなっちまうじゃねぇかよぉ。ヒャハハッ」
その時、遠くから足音が駆けてくるのが聞こえた。
ハッと視線を移す。ウォーレスの聖剣の輝きは、遠くからでもよく見えた。
「うえ、おっかねぇのが来ちまった。
もたもたしてんじゃねぇよ、根暗野郎!」
「うわぁっ!?」
「少年!」
突然クジマに突き飛ばされたキーラを、サミュエルが駆け寄って片手で抱き止める。
たくましい腕に肺を圧迫され、思わずうっとなった。
なぜかサミュエルが固まった隙に、飛び付いてきた赤目の民がふたりを地面に倒した。
サミュエルの怪力ならばすぐに振り払えたはずだ。
しかしバランスを崩したせいでキーラが下敷きになりかけたために、キーラの頭を挟むようにして地面に両手を突っ張ってしまった。
赤目の民が重なるようにサミュエルの上に乗っていくのをキーラは呆然と見上げていたが、ふいに響いた銃声にハッと顔を横に向けた。
追いついたウォーレスたちとクジマが交戦しているのを見て、サッと血の気が引く。
ここで死ぬのがイサイだと決まったわけじゃない。
ウォーレスもナタリアもきっとクジマを殺そうとは思わないだろう。でも周りには兵士もいるのだ。
「だめ! やめて……!!」
思わず漏れた悲鳴に──
「<万物は無に帰す>……!」
──イサイの声が重なった。




