第九十九話 異国の剣
試合会場の中心で、俺は今日の対戦相手と対峙していた。
長く伸びた黒髪が特徴的な、女剣士。
向こうの国の物と思われる見慣れない装束、加えて。
一番特徴的なモノと言えるのは、彼女の得物を収める腰に携えた僅かに湾曲した細身の鞘だろう……。
こちらの扱うレイピア等とは違い、似たような中東の武器とも違う代物と見受ける。
鞘は恐らく木製に漆を塗ったモノだろうか?
同じ代物を扱っていたのが、彼女の同郷であるルークス・ヤマトという人物だった。
彼の持つモノと酷似しているが、彼の持つモノよりも彼女の体格に合わせて鞘の長さが僅かに短く調整されているようである。
「まさか、こんなに早くもサリアの騎士様と剣を交える事になるとは思いませんでした。
とても楽しみにしていたんですよ?
本来なら準決勝辺りで同じ舞台に上がると思っておりましたから」
「光栄です。
ですが、俺もヤマトの剣術という物に多少興味がありましたよ。
やはり異国というだけあって、剣の形状もこちらの扱う代物とは構造が大きく異なるみたいですね」
「そうですか。
私達の国では、コレをカタナと呼びます。
斬る事を極限にまで突き詰めた代物であり、ヤマトの剣術を象徴する最たる物と言えるでしょう。
そちらの国で扱われる戦術の都合上、お目に掛かる事も無く珍しいのも当然でしょうが……」
「それは厄介な代物ですね……」
「ですが、それはあなたもでしょう?
その剣を抜かずとも実力は分かります。
シラフ・ラーニル、貴方はとても強い
そうでしょう?」
「そう褒めてくれるのは嬉しい限りです」
と、俺は彼女の言葉通りに受け止めるが………。
正直、対峙した瞬間に俺はこの人に勝てる気がしなかった、いや勝てる想像が出来なかった。
単純な実力差、魔力量で判断したという訳ではない。
彼女の姿勢や佇まいといったところからだ。
魔力だけで判断するなら、量はそこまで多くない。
しかし、魔力の流れがとても綺麗なのである。
熟練した魔術士、以前戦ったシトラさんのような人と比較しても魔術士に並ぶ程の高い精度で魔力を扱い馴れているようだ。
ここまで澄んだような綺麗な魔力を持つ人は珍しい。
大半はわざわざ魔力の流れを整える事をよりも、体内の魔力そのもの量を少しでも増やす事に努力を費やすからだ。
その方が、扱う魔術の威力や出力が上がり結果的に自身の扱う魔術の範囲が広がるからだ。
一見すれば、彼女は魔術と剣術を複合した魔法剣士似たモノだと思ったが昨年度の試合を確認した際、その予測が大きく覆える。
完全な近距離特化の剣士だ。
こちらに負けず劣らずの正面から叩き斬るを体現したかのような戦法を取るのが彼女である。
学位序列四位、シグレ・ヤマト。
学内での評価として、剣術においては歴代最強の剣士の一人に名を連ねてもおかしくない実力だそうだ。
今回の試合に赴くにあたって、決勝トーナメントに苦難の末に上がり込んだ俺としてはというと。
入学時から決勝トーナメント常連の彼女は初戦では当たりたく無かったのが正直な感想である。
せめて初戦くらいは、ルーシャに快勝を見せられる具合のそこそこの実利者が良かったんだが……。
初戦で学内四位……、この前シトラさんと剣を交えた時にあれ以上の相手は厳しいだろうと思ったのだが……。
全くもって、自身の運の悪さに頭を抱えたくなる。
しかし、同じく剣を握り続けた者として彼女と一戦交えたかったのも本音の一つ。
向こうは俺を高く評価しているが……。
何せ相手はそもそも王族で王女の一人。
そんな相手に剣を向ける事が、己の性故に僅かながら後ろめたさを感じさせる。
試合開始を告げる鐘が鳴り響くと同時に、お互いにゆっくりと武器を手に掛け鞘から取り出していく。
「「…………」」
向こうの剣を改めて見て、俺は思わず息を呑んだ。
細く、そして刃と思われる部分が片方にしか存在していない。
先程、彼女は自らあの剣を斬る事に特化したカタナと呼ばれる代物だと言った。
確かに言葉を体現したかのように造りをしているようであり、彼女の武器には魔力の通り道である魔力痕が鞘から取り出した際に光輝いて見えた。
最初は何らかの装飾だと思った、あのような繊細な絵を剣に彫り込むのは珍しいモノではない為に。
飾り物とか何らかの祭典ように扱う代物には、ああいった細かい装飾が彫り込まれる事が多いからだ。
実戦で使用される物も剣の性能をより高める為に、魔力痕を入れる事は少なくない。
しかし彼女の剣、いやカタナにはそんな細かい装飾が彫り込まれていたのだ。
アレに斬る事に特化する為の何らかの仕掛けが施されているのだろう。
こちらが先手に出るべきか、向こうも同じく出方を伺っているようで互いに出方を探り合う。
会場は静寂に包まれる、あまりに張り詰めた両者の状況故に観客達も静まり騒然としているかのようだった。
「…………。」
そして、その時はやって来る
最初に動いたのは俺だった。
長い熟考の末、いや実際には数秒の思考。
その結果俺は先手に出たのである。
速度で間合いを詰めに掛かっていた。
全速力では無いにしろ、魔力の貯め無しで動ける最速である。
普通の人間が視覚で捕らえる事は困難、試合に決着が付くほどではないだろうが戦況をこちらが先に掴む為の最善手。
しかし……。
シグレは、いつの間にか剣を鞘に収めていた。
そして視界の先でゆっくりと体を深く沈み込ませ抜刀の構えをとる。
まさか、正面から迎え撃つつもりなのか?