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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 約束の騎士
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第九十八話 残された中で何を成すべきか

帝歴403年10月6日


 「………………。」


 その日はいつもより早く、シグレは一人道場に赴き瞑想に取り組んでいた。

 声を掛けようか僅かに迷ったが、あれほど集中している彼女に横から声を掛ける事に抵抗を覚えた。


 昨夜から、彼女は今回の対戦相手が決まるといつになく昂っているように見えていた

 しかし、先の興奮とは対照的に現在の彼女は、ただ静かに座して何かを待っているように見える。


 彼女の向かいには、的と思われる藁人形が七歩分程度の距離に置かれていた。

 そして、彼女自身の手前にカタナが一振り鞘に収められた状態で置かれている。

 

 自分は思わず、カタナの方が刃を抜かれるその時を待っているかのように見えた。

 それはあまりに気が遠くなる程の長い時間だ。

 いや長く感じたのは錯覚だ、目の前で実際に経過しているのは数秒程度の間である。

 

 「…………」

 

 固唾を呑み、僅かにこちらの息が漏れるとソレを合図に彼女の身体がゆっくり動き始める。


 それからはまさしく、刹那の御業だった。


 次にこちらが認識したのは、鞘に刃が収められる音と共に彼女は動きを終え、再び最初の瞑想の体勢に戻っていたからである。

 それから数秒後、切られた人形の上半分が床へと転がり落ちていく。

 

 本来の刀身を考えても届くはずのない距離に対して、彼女の刃は届いていた。


 いつ見ても見事な技。


 やはり彼女こそ、未来のヤマトを率いるに相応しい存在と言えるだろう。


 「………、ラクモ?

 来ていたなら、さっさと声を掛ければ良かったのに」


 「申し訳ありません。

 随分と集中なさっていたので、声を掛けづらかったものですから。

 いつにも増して、本日は更に気合いが入っているようにも見えますが?」

  

 「そうかもしれないね……。

 私、今日の試合が何より楽しみだったの」


 「それほどの相手なのですか?」


 「この間編入したっていう十剣の彼よ?

 分からない?」


 「ああ、あのサリアの……。

 前夜祭で知り合った、あの彼の事ですか?」


 「そう、その彼。

 以前会った時からいつか手合わせをしたいってずっと思っていたの。

 それがまさかこんなに早く叶うなんて、夢みたいじゃない?」


 「手合わせですか……。

 全く、あなたはいつまで剣を握るおつもりでいるのです?

 未来のヤマトを担う重責を背負うあなた様がいつまでも戦の真似事に打ち込み続けるなど……」


 「…………はいはい、わかってます。

 でも、せめて学院にいる間は剣を続けるつもりよ。

 お父様も学院の私生活には口出し出来ないわけだし、

 それとあと、在学中に弟子の一人くらいは欲しいかかもね………」


 「弟子を……、ですか?

 いやしかし、あなたのお目に適う者がそう簡単に見つかるとは思えませんが………?」


 「…………、そうかもしれない。

 でも、私の中では彼がその候補の一人。

 その辺りも、今日の試合でソレをはっきりさせるよ」


 シグレそう言うと体を伸ばし、後ろに結んでいた髪を解いた。


 「ラクモ、私一回お風呂入ってくる。

 朝食に少し遅れそうだから、先に食べてて」


 「了解しました、シグレ様」



 首都ラークに存在する第二闘技場、この時期は闘舞祭の試合会場として活用され試合が行われる日は連日大盛況の模様である。

 

 本日の試合の入場券は販売開始も間もなく全てが完売し、多くの注目を集める試合であったと言えよう。

 

 そんな試合を外部の存在である私達は、丁度自身の横に腰掛ける彼の提案から会場を囲う天井の影から隠れるように盗み見ていた。


 「何故こんな遠くから観戦を?

 こんな周りくどいやり方をしなくても観客席に紛れた方が安全だと判断しますが?」


 「この国では端末が戸籍管理の役目を果たしている。

 加えて端末と銀行口座を紐付けた事により直接金銭のやり取りをせずとも、端末一つあれば買い物が出来る国だからな。

 加えて個々人の持つ魔力の波形が一致しなければ、他人の端末を用いての操作は大きく制限される。

 そんな国で端末を持たない我々は不法入国者そのものだからな直接観戦しようものならこういう手を使わざるを得ない」


 「確かにそうなりますね……。

 でしたら何故、今回の試合を観戦したいんです?

 結果はそのものは当時あの場に居た貴方自身が身を持って知っているのでは?」


 「当時の実力を測る為だよ。

 あの当時の自分がどれくらいのものだったのか、俺自身よく覚えていないんだ」

 

 「………、そうですか」


 「故に俺が見ておかなければ意味がないんだ。

 実際に奴と戦うのは俺自身、君が見たところで意味はないからな」


 「ですが、それではお身体に障ります」


 「その通りかもな、この通り俺にはあまり時間が残っていない。

 この間、無理して姉さんと戦った時の反動が思ったより酷いみたいだ。

 今こうして生きてるのが不思議なくらい。

 でも、だからこそ予定を早めてでもこれは俺自身でやらなくてはならない」


 「………それじゃあ、私は一体どうすれば……」


 「要は俺が死ぬまでの手伝いになる。

 全てが終わったら、君の好きなようにするといい。

 他の仲間と合流するか、この時代の姉さん達と協力するか……。

 正直、この世界の異物である俺達を生かす利点は無いに等しい話だが……」


 「そうですね、分かりました」


 彼の言葉を私は聞くことしかできなかった。

 事実、先のシファ・ラーニルとの戦闘で生死の境を彷徨った程、正直今すぐにでも彼をベッドに放り込み無理やりにでも休ませるべきなところ。

 しかし彼は、奇跡的な回復力で目を覚まし今こうして試合の観戦に赴いている。

 

 その横顔は私の知るいつものあの人そのもの。

 

 でも、私には分かる。

 

 この人はもう長くないんだと………。


 この症状は以前も見た事がある。

 確か、ホムンクルスの末期症状に酷似したような魔力の流れの乱れと同じ症状なのだ。

 今朝も食事をほとんど取らず、常に眠そうにしていたがアレも末期症状の一つ。

 

 私の知るあの人は早朝早くから鍛錬に取り組み、そんな姿を晒す事は一度たりとも無かった。

 特に、私達の前では決して見せなかった。

 

 多分あと2週間、それ以上は生きていられるか分からないだろう。

 彼も多分分かっている。


 私は会場へ向けていた視線を逸らし彼の方を見る。

 何処か寂しげな表情で、赤い石の首飾りを服の中から取り出し手に取りソレを眺めていた。

 

 「ん?

 どうかしたか、シルビア?」


 「………、その首飾りが何なのか分かりますか?」

 

 私の問いに彼は、首飾りを握り締めると服の中にしまい天井を見上げる。


 「いや、さっぱりだよ。

 俺はコレを何処で手に入れたのか、誰のものなのかもよくは覚えていないんだ」


 「そう、ですか……」


 「でも……」


 「でも?」


 「コレはとても大事なものだった気がするんだ。

 だからずっと手放せなくてさ……。

 今更なんでコレに拘るんだろうなと……。

 でも、コレを持っていると不思議とさ安心するんだよ、特別な力は何もないけど誰かに守れられる気がするからさ………」

  

 「そうですか、確かに不思議ですね……」

  

 やはりこの人は忘れてしまっている。

 それが進むと決めた彼の代償なのだ。


 ならば、私に出来ることは………。


 この人の為に私はどうすればいいの?

 

 あなたなら、どうしたんです?

 彼の知るあなたなら、今のこの人の為に何をしてあげましたか?


 私じゃ、無理ですよ。


 教えてください………、

 私はどうすれば良いんですか?

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