第九十六話 感じる変化
「私の見た所、彼女が生まれた時既にその呪いは体埋め込まれていた。
いや、あるいは母体から引き継いだ可能性、それ以外はにも何らかの外的要因で体内に呪いを背負ったと思われるが、少なくとも昨日今日になって受けたモノではないことは事実だ。
それも不完全な状態で、呪いを受けている」
「不完全な呪い……それでは呪いの効力が本来のように発揮されずに終わるだけでは?」
「いや、だがしかし呪いは確かに発動していた。
そして、辺りの人間からとても微々たる物だが病気や怪我を肩代わりしている。
呪い及び魔術としての効力は間違いなく働いていた。
魔力の微弱な流れが彼女に集まる事を観測したのだから、間違いない。
かなり珍しい症例、治療をわざと遅れさせ経過観察をしているのか、治療そのものが現段階も目処が立っていないかは知らないが……」
「それでは、このまま進んだ場合は……。」
「確実に死ぬだろう。
あのまま放置すれば、あと2年保てば良いところだ」
「っ…………。
この事はシファ様は知っておられるのですか?」
「さあな、それは分からない。
奴の仕えるサリアの第二王女と共に行動していたのが例の彼女であったから多少警戒していた。
が、何か特別強い力を秘めているとは思えない。
何故、奴の素性を探っているのかについては、警戒をした方が良いのかもしれないがな」
「…………。」
シンは何かを考え込んでいた。
何かの心当たり、あるいは何かしら思うところがあるのだろうか?
私と違って、社交的な彼女は奴及びその近辺との接触が容易かつ、彼等との関係の建前で色々と気に掛けているのだろうか?
「何か気になる事でもあるのか?」
「その、彼女の呪いは治るのでしょうか?
ラウ様の仰る通りであるなら、治療は困難ではあるが治る見込みは僅かでもあるのですよね?」
「誤解を招いた発言だったか。
私の見た限り不可能だ、手の施しようがない。
後天的なモノならば、比較的付与されて新しい魔術であり治療はある程度容易い部類だった。
しかし、生まれ持った先天性の呪いは別だ。
この場合、宿主の魔力の経路に深く魔術が干渉している可能性が高い。
コレに干渉するのは、体内に張り巡らされた血管や神経そのものに対して、外部から新しく引き剥がして繋ぎ直すことと何ら変わらない行為。
要は無理やり剥がせば四肢不全、最悪の場合命もない事と同然と言えよう」
「っ……。
それはつまり、彼女は助からないと?」
「言葉通りならば、そうだな。
学院の医療技術を持ってしても現状維持で手一杯ならば私の見解通りと見て間違いない」
「………。
ラウ様はどうするおつもりです?
自分の近くで誰かを、大切な誰かを失いそうになった時、ラウ様ならどうするおつもりで?」
「私は手の届く範囲でしか救いの手を伸ばさない。
可能な範囲でしか救う事は出来ないのなら、余計な手助けは最初からしないさ。
それが例え己の大切な何かであろうと、出来ない、助からないと確定している以上は手の施し要はない。
それは、仕方のないことだったという話だ」
「……そう、ですか……。」
「何か言いたい事でもあるようなら、言えばいい」
「っ……。
ラウ様は、シラフ様の事を気に掛けているように見えます。
いや、それはシラフ様ではなくシファ様の関係者であるからであると……。
私にはそう見えますが………」
彼女の指摘に対して返答を僅かに迷った。
確かに、遠からずシファの関係者だから警戒し調べ上げたまでのこと。
しかし、彼女の言っている意味合いを汲み取るなら……。
私が個人的な感情に揺さぶられてシファの為に動いてると言うことなのだろう。
しかし、以前にシファ本人から奴に関しての手助けを頼まれた事もあったのが事実。
それに対しての私の行動が、彼女にとって誤解を生んだのであろう。
弁明をするべきか、いや下手に言葉を重ねればあらぬ誤解を更に生みかねない。
加えて、シファとの偽装交際にあたっての諸々が彼女に知られる可能性もあり得る。
偽装交際の件がシンに知られるのは構わないが、元々彼女に対する負担を軽減する為の行為でもある。
書類の解析、シファの身の回りの世話。
この上に学院から出された課題、今の時期は祭典に向けての身体の調整もある。
コレに彼女の私生活への干渉もあり得る偽装交際を加えるのは流石に彼女の時間を多く奪いかねない。
故に、彼女に偽装交際の一件を知られるのは控えたいところなのだ。
しかし、私はシンと違ってその辺りの社交性を伴うやり取りが未だに苦手な部類である。
となると、簡潔に最低限伝えるのが的確と言えよう。
「…………。
彼女は我々の協力者だ。
その協力の条件の一つに可能な限りでの奴に対しての手助けをして欲しいとシファ自ら頼まれていた」
「……、それは本当の理由を隠す事の当てつけでしかありませんよね?」
「何が言いたい?」
「っ……まだ自覚もありませんか?」
「自覚だと?」
「……いえ、何でもありません。
今の言葉は気にしないで下さい」
「……、分かった」
何か思うところはあるようだが、渋々と私からノートを受取り自分の鞄へと仕舞う。
「それでは、先に失礼致します。
ラウ様、本日もお気を付けてお帰り下さい」
そう告げ彼女は私の目の前から去って行く。
彼女はシファと違って表情の変化は少ない。
故に、長年共に過ごしたとはいえ未だに彼女が何を考えているかはわからない。
以前はその度に直接彼女に尋ねる事を繰り返した事もあったが、本人から他の方に同じような真似をするのは失礼な事ですのでお控えください。
と、不機嫌そうに対応された。
故に、今回も細かい詮索は避けるべき状況と判断。
こうして目の前を去っていく彼女よ後ろ姿からは何も読めない。
私自身も対応を間違えた可能性も拭えない。
しかし、今更再度尋ねるのも愚策と言えよう。
溜め息を一つ吐き捨て、私は空を見上げた。
彼女は変わったのか……此処で何を感じ、何を思ったのかまでは私にも分からない。
しかし、学院に来て数ヵ月で何かが変わったのは事実であり、私の知る以前の彼女とは何かが大きく変わったように見える……。
そして彼女が変わったというなら、同じような環境に晒された私自身も例外ではない。
私自身には自覚は無いが、シンから見た場合では以前の私とは何が違っていたのだ。
良い変化、悪い変化、そのどちらかは分からない。
しかし、私が変わったのは事実なのだろう。
依然として分からない事は多い……。
我々の目的の為にも私はより多くを知り多くを見ておく必要があるのだろう。
そうすればこの変化や違和感も分かるはずだ。