第九十三話 刻を刻み
幾度となく刃が交錯していた。
一撃一撃が致命傷に等しく、幾ら私でも正面から受けるには厳しい威力が常に飛んでくるのは流石に神経を使い警戒してしまう。
体格差もある、剣の間合いは向こうの方が広い。
私が攻め切るには、広い間合いを詰めなければならないが向こうは当然そんな余裕を与えない。
いや、与えた時点で敗北する。
私が目の前彼の攻撃を受けると厳しいのは事実。
でも、向こうも同じ。
私の実力が分からない彼ではない
一撃を交える度に威力は増していき、嵐や銃撃と大差ないような苛烈な、命のやり取り。
鍔迫り合いになると、彼の剣が震え僅かながら私に押され焦っているのが見えた。
「流石ですよ、姉さん……」
「シラフこそ、凄いと思うよ?
私にここまで食い付けるまでになってるんだからさ。
正直驚いてるんだ、人間が私に匹敵しうる実力を持っているなんて事にね」
「………そうでしたね、姉さん。
知っていますよ、あなたが強い理由。
その異端とも言える血統もそうですが、技だけでなく神器の能力によってその強さを発揮している……。
さっきから何度か神器を用いて、こちらの攻撃を予測しているみたいですからね」
なるほど、気付いてたのか……。
その上で至近距離での剣術勝負、勝ち筋があってかあるいは負けないであろう何かの策が彼の内にある。
しぶとさは相変わらずみたいだけど、駆け引きに持ち込む胆力を身に着けたのは中々と言えるか。
「へぇ、私の神器の能力は、誰にも正確には伝えていないはずだと思ったんだけど……。
未来の私か、私と親しかった誰かが貴方達に告げ口でもしたのかな?
まぁ、知ったところで勝てるかは別だけど。
知られたところで、私が負ける可能性はあり得ない」
「…………」
「シラフは、私に勝算があってここに居るの?」
「ある程度の勝算はありますよ」
「へぇー、面白い冗談だね?」
「………、あなたが立ちはだかる事くらい、当然俺達は想定していましたからね。
あのシルビアの時でさえ、あなたは一番早くに勘づき行動していたようですから」
「貴方も、あのシルちゃんには会っていたの?」
「ええ、しかし彼女は俺達の存在を想定していなかったようですがね。
しかし、俺達は彼女が来ている事を知っている。
この意味が分かりますか?」
「なるほど、そういうこと……。
通りで、辻褄が合わない訳か……。
要は、向こうのシルちゃんの世界と私達の今居る世界とはまた別の可能性ってところか……」
「その通りですよ、シルビアが生きていた世界。
俺達が生きていた世界、そして俺達が変えようとしているこの世界……。
少なくとも、俺達の認識している限りでは現在世界は三つの世界が同時に混在している状態なんですよ」
「通りでおかしい訳だね……」
「ええ、そういう事です。
当然、この事実を姉さんが知るはずありませんよ。
あなたが干渉できるのは時間のみですからね、この事象を観測するには、また別の神器の力が必要ですから」
「シラフ……。
あなたは、あなた達は何処まで知っているの……?」
「あなたの思っている以上に、俺達はこの世界の真理を知っているつもりですよ……」
間もなく、彼は剣を振り払い彼は間合いを取り直した。
当然、私も同じく剣を構え直す。
お互いの構えは鏡のように同一。
私の教えた事を、そのまま飲み込み辿った事を彼の構えや佇まい、呼吸の一つまでもが訴えかけてくる。
だからこそ、私は疑問を抱いた。
何故、こうなってしまったの?
何処で、道を間違えたの?
私が間違えていたの?
分からない、分からないよ。
あなた達のやりたい事が、分からない。
無意味なモノだと分かっているからこそ、私はあなた達の今のやり方に賛同出来ない。
先程までの言葉が事実なら、尚更だ。
わざわざこちらに来たところで、片道どころか元居た場所、世界すらも消え兼ねない愚かな行為だ……。
私は言葉に詰まった。
何を言ったところで無駄だろう。
でも、見過ごせなくて。
私の家族が、あんなに辛そうな姿を見ていられなくて、でも何を伝えればいいの?
あの子に何を言えば良かったの?
「………、やっぱりコレではだめか」
そう告げると、彼は深層解放の証である衣を突然解いたのである。
戦いを投げ出した?
私自身、突然の彼の行動に対して、驚きと疑問を抱いた。
「シラフ、一体何を?」
ゆっくりと、彼は左腕を胸元にかざした。
視界に入ったソレに、私は言葉を失った。
あり得ない、何でシラフがソレを持っているの?
「俺達は覚悟を持ってこの場に立っています。
俺達は、ここに来るまでに多大な犠牲と代償によっようやく、今この瞬間もこの世界に存在出来ている。
俺はその中でも一番多く代償を支払いましたよ。
その結果、俺は他の奴等と違って戦力外で半ば追放も同然になってしまいましたが………」
彼の掲げた左腕の手首には銀色の腕輪が存在。
あの腕輪は、今私が持っているソレと同一であり、本来世界に一つしか存在しないはずの代物にも関わらず。
彼は、私の神器を持っている。
いや、それどころか彼は……。
「まさか、本当に契約しているの?
私の神器を、シラフが……?」
「姉さん……。
俺は、俺達の世界では、俺があなたを殺したんです。
その結果、どういう因果か俺はこの力を扱う資格を手に入れてしまったんですよ。
この、クロノスの契約者にね……」
カチッ、そんな音が何処からか聞こえてきた。
まるで、歯車が動くような音と共に目の前の世界が色を失ったのだ。
目の前の光景が白と黒に染まっていき、全てが静止。
白と黒の世界の中で、私は目の前のソレに驚きと同時に憤りを感じていた。
「…………」
私の知る歴史上の中でこの神器に選ばれたのは自分以外に存在しないはずだった。
しかし、目の前に例外中の例外として選ばれてしまったモノが居る。
それも、私が気まぐれに手を伸ばした人間の少年が私の敵として存在してしまった。
「驚くのは無理も無いですよね。
この力は姉さんが途方も無い年月もの間、あなたがずっと管理していた力なんですから……。
あなた以外誰一人、いや正確に言うなら模倣はされてもこの力のオリジナルは常に、あなた自身がずっと手中に収め管理していたモノですからね」
目の前には、銀色の長髪を揺らす男がいた。
背には歯車のような物が羽のように展開しており、そして右腕には基礎的模様が浮かぶ異型の剣が握られている。
やってくれたね、シラフ………。
「では、改めて始め……」
言葉の先を聞くまでもなく、私は彼に向かって刃を振るっていた。