第九十一話 決着、想いの行方
混濁した不安定な意識の中、私はふらつきながら立ち上がり倒れている獣の元へ向かう。
身体の再生に魔力の使用が優先され、他の魔術を行使するのが困難。
体内のグリモワールが深刻な身体的傷に対して優先的に自己再生機能が働いてしまう設計の欠陥であろう。
学院内の医療設備なら、この程度の傷を受けた程度で治療を優先するまでもない。
辛うじて新たに錬成出来た弾丸は2発。
だが、向こうの方が酷い有り様と言える。
肘と膝を穿たれ、あれ程の威力を持った攻撃を扱ったのだ。
肉体が繋がってるだけマシであり、この国の設備が無ければ今後生きていたとしても、両手足が機能するかは分からない程だ。
「これで終わりだ、諦めろ。
カイル・テルード」
呼びかけに反応し、指先が微かに動き首が回るとこちらの方を慢心創痍の表情で見上げてきた。
「ハハハハ………、そうか耐えたのか……。
これでも、身体の丈夫さには自信があったんですがね……」
そう言って男は再び立ち上がろうとするも、傷は深く出血も酷い。
起き上がろうとするも、力もろくに入っておらず自分の血で手が滑りその場で倒れた。
「………、コレは酷い有り様ですね」
「立ち上がったところで無駄だ。
確かに、お前の身体能力は私より遥かに上。
しかし魔力量や魔術の練度の差があまりに大きい。
身体能力や自前の耐久性の高さは評価しよう。
こちらも、途中まではお前に対して有効打となる攻撃の目処が立たなかった。
しかし、獣刻に頼ったのが悪かったな」
「どういう意味です?」
「身体能力は高い。
しかし魔力量が低いにも関わらず、魔力を用いて通常の身体強化よりも遥かに負担の大きい獣刻に頼ったのが問題と言える。
確かに、今の私ではお前のその力に対応することは至難の業ではあったがあくまで身体が多少追いつかない程度、その差はお前の過去の戦闘記録から出方を推測しそれに合わせてこちらも手を打った。
そして、この厄介で強力な獣刻にも弱点はある」
「この力の何が弱点だと?」
「自分で言っただろう、魔力量が少ない代わりに身体能力が高いのが獣人族であるとな。
そして、そんな魔力量の少なく複雑な高等魔術に慣れない獣人の扱う魔術の一種が獣刻だ。
そんな物が、他者の行使する魔術に対しての耐性があるとでも思っていたのか?
それどころか、わざわざ魔力で全身の血の流れを加速させたのが更に悪い。
身体能力こそ確かに目を見張るが、あの程度なら多少実力があればすれ違いざまに毒の一つは簡単に打ち込める。
血の巡りが良くなった身体に対して慣れない毒や魔術を打ち込めばどうなるか、分からないお前ではないだろう?」
「…………」
「こちらの魔術の種は恐らく見破ったであろうが、見破る以前にそちらの視界の認識をずらす魔術を仕込んでおいた。
お前には恐らく終始私が身体能力で勝っていたと錯覚していたであろうが、この戦いのほとんどはお前の方が勝っていた。
その差を分けたのが、獣人という既に恵まれた身体能力を持ちながらわざわざ獣刻という小手先の魔術に頼ったこと。
それが貴様の敗因だ、カイル・テルード」
「なるほど、あなたの言う通りですね。
確かに獣人の扱うような魔術は、他の魔術師と比べると大きく劣るのは事実。
獣刻の欠点も、どうやら見破られていた。
全く恐れ入りましたよ、流石としか言えません」
「一つ聞きたい事がある。」
「何でしょう?」
「何故、勝てない事が分かっても尚抵抗を続けた?
最後の瞬間、勝てない事があの時点で明白だった。
しかし、お前は諦めず向かっていく決断をした」
「背負っている物があるんですよ……。
だから、途中で諦めるという選択肢は私には無い。
八席として選ばれた者としての、名誉と意地。
それを果たさなければならない程、この冠はとても重く重要な意味を持つ。
あなたのよく知るシトラはその意味を履き違えた認識をしているのでしょうがね……」
「………」
「あなたにもいずれそれが分かる時が来ますよ。
例えそれが、八席としての重さでなくともね」
「………」
「敗北を認めます、ラウ・クローリア」
彼の言葉から間もなくして試合終了の鐘が大きく鳴り響いた。
そしてすぐさま、奴は救護班によって運ばれていき向こう側へと姿を消したのだった。
●
試合が終わり、会場の通路をゆっくりと歩きながら今回の戦いで得た情報を整理していく。
整理した内容の八割程をメモに留めた頃、シンの気配を感じメモを一旦胸ポケットに仕舞うことにした。
「初戦の勝利、おめでとう御座いますラウ様。
とても良い試合でしたね」
「そうか……」
「何か気になる事でもありましたか?」
「シン、お前の造形は確かラウ・レクサスの幼なじみだったアルティアを元にしたんだよな……」
「ええ、マスターからはそう伝えられています。
それがどうかしましたか?」
「彼女の死因は?」
「帝歴374年、ラウ・レクサスの故郷でもあったシハラスという町が謎の怪物によって滅ぼされました。
彼女はその事件での犠牲者の一人であり、唯一の生存者がラウ・レクサスという者であったそうですが……」
「なるほど、そうか……」
「何かありましたか?」
「…………」
「ラウ様……?」
「シン。
ラウ・レクサスについて再び調査を進めて欲しい。
そしてシハラスという町についても調査を頼みたい、可能か?」
「承知しましたが、理由をお尋ねしても?」
「少々気掛かりがある……。
私も調べてはみるが、今はそれが難しい時期か」
「そうですね。
しかし私も、そこは同じですので……報告が僅かに遅れるかもしれません」
「そうだったな、済まない。
であれば、この祭典が終わり次第調査を進めてくれて構わない」
「了解しました」
「では、私は先に失礼する」
私が去ろうとすると、すぐにシンが私の服を掴み呼び止めた。
「申し訳ありません、ラウ様……。
その、一つお尋ねしたいのですが?
現在ラウ様は、シファ様と交際をなさっているのですよね?」
「確かにそうだが、彼女に何かあったのか?」
「いえ……その……。
何か理由があっての事ですか?」
「強いて言えば協力者だ。
利害関係の一致、そして行動を共にすることでお互いに利点がある。
我々の目的の為には彼女の力が必ず必要になる。
そして、やはり彼女を敵に回すよりは利口な選択でもあるからな」
「確かに、そうでしょうが……。
その……、えっと……」
「……何か不服あるのか?」
「そういう訳では……。
えっと、仮にです……。
彼女がラウ様にとって大切な存在になった場合、その時に彼女が我々の敵だった時どうするおつもりでいますか?」
シンの言葉に対して、率直に私は答えた。
「……愚問だ、私は目的の為なら全て排除する。
それが色恋等であろうが揺らぐ事は決して無い。
それが分からない、お前ではないだろう?」
「………、そうでしたね。
ラウ様はそういう人ですから……」
そう言って、僅かに俯き視線を反らした。
反応からして、何かしらの思うところがあるように見えるが素直に聞いたところではぐらかされるだろう。
偽装交際の一件を同室のシファがどのように説明したのか、少々問題があったのかもしれないと思えてくる。
しかし、私の身近な人物であるシンが交際の一件を信じている点においては、シファの目論み通りの結果。
彼女と行動を共にすることで、余計な声を掛けられる事が減ったのは事実。
このまま現状維持で当分問題は無さそうだろう
「シン、我々の目的を忘れてはいないだろうな?」
私は彼女を問う。
その問いに僅かな間を開けて彼女は返事を返した。
「はい……」
「ならば、迷わずその役目を果たせ。
それが我々の存在理由のはずだ」
「そうですね。
必ず果たして見せます、ラウ様」
そう、彼女は淡々と返事を返した。
これで良いはずだと。
私は自身に言い聞かせ、その場を立ち去った。




