第九十話 抗う意味
幾度となく身体に銃弾を受けた獣人の身体は限界を迎えようとしていた。
この状況になるまで身体能力においては奴の方が最後まで上だった。
しかし、時間の経過で私との差は縮まる。
魔力の残量に関しても私の方が遥かに余裕があるのか、お互いにダメージの影響はありつつもその差は明白。
目の前の獣人は既に体力の限界が近い。
多少のふらつきすら見え、視界も霞んでいるようであった。
「敗北は既に明白と言える。
カイル・テルード、降参したらどうなんだ?」
「そう易々と降参出来る訳がないでしょう?
ラウ・クローリア君」
「…………」
「僕は八席の一人ですよ?
末席の名ばかりとは言え、その冠を背負っている以上は無様な敗北はしたく無いんです。
私が立てていられる最後の一瞬まで戦い抜かなければ他の彼等に対して、後の彼等に対しての示しが付かないですからね」
「そうか……。
ならば、立てなくするまで追い込むだけだ」
勝敗は既に決している。
にも関わらず諦めない、獣人の男に私は再び銃口を向け発砲する。
しかし、ソレを待ち構えていたかのように躱すと、反撃に向けて奴は踏み込んできたのだ。
敗北が見えていて何故だ?
何故奴は諦めない?
その時一瞬何かの光景がラウの脳裏に過ぎる……。
●
翼の生えた異型の怪物の影。
私に向かう魔の手の攻撃を誰かが遮った。
茶色の長髪を揺らす少女。
それが怪物の手によって貫かれ、見るも無残な姿となって地面に横たわる。
『この光景は……一体?』
地面に横たわる少女に、向かう自分。
そして、側に行ったことで私は少女の顔に対して既視感を覚えた。
幼さを感じるとは言え、目の前の少女は私のよく知るシンの顔をしていたのだ。
『シン……?
何故、お前が……?
いや違う……お前は一体誰だ?』
「……よかった。
あなたが無事でいてくれて……」
何処か遠く見る少女の視線。
大量の出血によりかなり衰弱しているが、自身に死が迫る中で私に向かって、いや記憶の中の誰かに向かって話し掛けていた。
当然、彼女はもう長くは無い。
いつ死んでもおかしくない怪我の中で、記憶の中の私は彼女の手を優しく握っていた。
「……ごめんね、ラウ。
私はもう限界みたい……」
『………』
少女を自分は抱き抱えていた。
今にも消えそうな命に対して、記憶の中の私の視界は涙に覆われ視界が塞がっていく。
すると少女は自分の手を握り返してきた。
「今だけは……私のそ……ばに…」
間もなくして少女は息を引き取った。
目の前の異型の怪物は、腹を抱えて大笑いをしている。
そんな奴に怒りを覚え、震えている私。
何かの声が脳裏に過ぎった。
「許さない………」
震えるような声で、記憶の中の私はそう告げた。
「こんなところで僕は死ねない!
彼女が僕に繋いでくれた、この命を無駄にするわけにはいかない!」
その右手に存在する銀色の腕輪を、彼女の血が付いた左手で触れる。
「例え今ここで殺されたとしても……!
僕は、僕は最後までアルティアの為に抵抗する!!」
目の前の怪物に向けて腕輪を向けた瞬間、激しい閃光と共に視界は覆われ、そこで私の意識は途切れた。
●
気付けば、敵はすぐ目の前にいた。
しかし、迎撃出来ない訳では無い。
奴の身体は既に限界、素人同然とも言えるような速さも消え失せ、重みもない拳が放たれていた。
やはり限界か、これ以上は無駄だろう。
迫る彼の身体を右足で蹴り飛ばし、会場の石床に叩きつけられる。
立ち上がることすら困難、さっさと身を引き降参するべきであろう。
誰しもが思う、いや奴の身体に刻まれた数多の傷を見れば、その判断は覆らない。
しかし、奴は立ち上がる。
カイル・テルードは立ち上がった。
何度も立ち上がり、ふらつきながらも攻撃を何度も試みる。
その都度、私は同じように反撃し地に叩きつける。
それでも尚、彼は立ち上がる。
「貴様、まだやるつもりか!?」
「まだだっ!」
その声と共に、奴の身体が激しい閃光を放った。
再び目が血のような赤の煌めきを放ち、その視線が私へと向かう。
目の前の男の意思は途切れず、絶えず私へ歯向かう、勝利への執念。
カイルの髪が魔力の激しい昂り故にゆっくりと逆立っていき、その姿はまさに獣と言えよう。
完全な獣とも言える風貌へ化した彼は、前傾姿勢を取り攻撃の準備へと入る。
「………、グリモワール開放」
奴の執念深さを、私は警戒した。
反射的にグリモワールの出力を上げ、目の前の獣に対応するべく僅かに荒れた呼吸を整える。
私の皮膚にまで現れた魔力による幾何学模様が更に強い光を放ち、その光は煙のように漏れ出していき、全能感のようなものを肌で感じていた。
模様は顔の皮膚にも広がり、神経を研ぎ澄ませた。
次の一撃で確実に仕留める。
その決意を胸に銃を構え私は彼を捉えた。
そして、二つあった銃は間もなく一つの長銃へと変化し、銃口に魔法陣が出現する。
「っ!!!」
間もなくして、赤い光が銃から放たれる。
光は突如四つに分裂し、カイルの身体を突き刺しその肉を穿ち、貫通した。
光の二つは両肩を穿ち、残る二つも奴の両膝を確実に貫通した。
しかし、攻撃の後の思わぬ光景に私は驚いていた。
「何!?」
私の目には、歩みを止めぬ獣が写っていた。
そよ勢いは収まるどころか、止まらない。
致命傷とも言える傷を負うことも構わず勢いは収まる事を知らなかった。
肉を切り骨を断つ。
目の前の男は正に、その言葉を体現していた。
そして、捨て身同然の獣は間もなくして自分の間合いの内に私を捉えた。
「ウォァァァ!!!」
鬼気迫る雄叫びと共にその一撃はこれまでの攻撃とは比較にならない速度にて、私に放たれる。
拳は私の身体を捕え、衝撃は身体を貫通。
自分でもその後の事は一瞬意識が飛び、次の瞬間私の身体は会場に張られた結界へと叩きつけられ、勢いは殺し切れずそのまま舞台の端に引き戻された。
意識が混濁し、全身を激しい痛みが襲う。
その最中、私へ一撃をお見舞いした獣は燃え尽きたようにその場で崩れ落ちたのだった。




