第九話 異質な力
帝歴403年7月12日
例の放送から何かのイベントがあるのかと思えば、全身を黒い軍隊服のような物で身を包み、素顔も怪しい覆面で覆われた男達が銃を握って待ち受けており。
乗客達の流れに流されるまま、私達は現在リンと共に人質に紛れ込んでいた。
人質の数は乗組員を含めて40人程度である。
「リンちゃんはここから動かないでね。」
シファはリンを自分の服の中に入れて隠していた。
そして賊達の動向を密かに確認する。
敵の数は十人……。
私達を二人で見張っているし、そして離れたところで適当に喋っている四人組。そして長と思われる者とその側近が計画か何かの確認をしている模様である。
私が動きたいのは山々だけど、周りの人達が邪魔になるかなぁ。
もう少し距離があれば私一人で問題ないんだけど、事後処理も面倒だし………。
まぁ命が助かるだけましだろうとは思うけど後々に更に面倒事が控えてる訳で余計に仕事が増えるのが厄介だ……。
学院に編入する形で一応来ている訳だし、学院からの課題やらと並行して仕事をやるのは、正直無理な話。
「でもなぁ……、どうしようかな……」
私が思わずそんな事を呟くと
「そこの女!
静かにしろ!」
「ひゃいっ!」
突然の罵声に私は思わず驚いた。
まずいと思い、視線を泳がしていると、二階の方から何者かの姿見えた。
敵に悟られ無いように、すぐに視線を戻す。
誰かが助けに向かおうとしている。
多分この場に居ないシラフかな…?
ここは、あの子に頼ってみるしか無いか……。
●
「頃合いか」
二階の手すりに、私は手を掛けるとそこから一階へと飛び降る。
床へと無事着地すると、その衝撃で賊達の視線と人質の視線が全て私に集まった。
一瞬で場が完全に凍りつき緊張感に包まれる。
「そこのお前、一体何者だ?
誰だろうと、たった1人でこの数に勝てるとでも?」
賊の長と思われる人物が私に話掛けてくる。
大した実力は無さそうだ。
自身の右腕を胸元まで上げて拳を握り締め、軽く一呼吸置き覚悟を決める。
「勿論そのつもりだ。
お前達を拘束する」
「野郎共、構えろ」
長が手を上げると、賊達全員が銃を構える。
銃口は全て私に向けられており、当然この場に身を隠すようなところは私の周りには無いのだが……。
「さてと、助けに来たところ悪いが死んでもらおう。
恨むなら愚かな自分と神様でも恨むんだな」
長が手を降ろすと同時に銃声がエントラスに響き渡った。
●
俺は二階から、ラウを見ていた。奴は敵の数と位置を確認すると
「頃合いか」
そんな事を言い放つと手すりに手を掛け、その場から軽快に飛び降りる。
奴が飛び降りると、当然のように人質と賊達の視線が集まった。
この時の奴の行動には流石の俺も馬鹿だと思った。
一瞬その場が完全に凍りつく、それを敵の長と思われる人物がラウに話し掛けた。
「そこのお前、一体何の真似だ?
まさか、たった1人で俺達に勝てるとでも?」
「勿論そのつもりだ。
お前達を拘束する」
「野郎共、構えろ」
長の命令に、賊達は瞬時に銃をラウに向ける。
まぁ当然の反応だろう。
「おいおい……。
俺を邪魔扱いしておいて、お前が一番邪魔になっているんじゃないのか……。
どうする……俺も流石に奴の助けに入るべきか……」
ただ上から眺めていることしかできないまま、状況はより悪くなっていく。
「恨むなら愚かな自分と神様でも恨むんだな。」
長の合図と同時に銃声が響き渡った。
同時に、銃撃音とは違う謎のかん高い金属音が響き渡ったのである。
俺は思わずその瞬間目をつぶった。
あれは死んだ……絶対に助からない……。
銃撃音が止むと、人質達も同じくゆっくりと視線をラウの方向へと向けていた。
そして俺も、ラウのいたところに視線を向ける。
そこには見知らぬ双剣を持った者がそこに立っていた。
間違いない、ラウである。
だが奴はあんな武器を持っていたのか?
その手にあるのは限りなく光を通さないような黒に近い剣である。
刃渡りはせいぜい俺の持つ剣の半分程度。
二つの剣は色も形も限りなく同じ物、まるで双子を思わせるような姿をしていた。
奴の生きている姿に俺は思わず唖然としていると、先程まで銃を構えていた賊達が次々と倒れていく。
彼等の体には多くの弾痕があり、その体は血で溢れ床が彼等の血で染められていた。
「もう終わりか?」
賊達の中で立っていたのは、賊の長たった一人である。
あまりの光景に、賊の長は自身が目の前の光景を認める事を拒否しているように、ただ呆然と立ち尽くすだけであった。
「嘘だろっ………あり得ない……。
こんな馬鹿げた事が………」
ラウが長に右手の剣を放り投げ、手元に赤い光を放つ魔法陣のような物が出現し、新たに黒い銃がその手には握られていた。
「投降しろ、さもなくばこの場でお前を処刑する」
敵のこめかみに、彼が拳銃を突き付けると
そのまま奴の体の力が抜け膝から崩れ落ちた。
目の前の光景に俺も思わず動けなかった。
本来であればラウが圧倒的に不利である状況。
しかし奴は自身に向けられた弾をその剣ではじき飛ばし賊達へ迎撃して見せたのである。
あの時僅かに聞こえた金属の異音の正体は奴が剣を使用した時に生じた音で間違いなかったのだと確信した。
人質達は手足を縛られているが全員無事。
そして何故か人質達に紛れて姉さんとシンの姿がそこにあった。
ラウが崩れ落ち放心状態の賊の長の身柄を拘束している内に、俺は人質の解放を専念する。
こうして今回の事件の顛末は、ラウ単独の大活躍あって無事解決へと至ったのである。
●
事件が一段落すると、乗組員達は俺やラウに礼をしたのち事後処理に向けてそれぞれの持ち場へと帰っていった。
そして事件解決した後の翌日の朝、突然の部屋に来客が訪れ姉さんかリンが珍しく来たのかと思えば、俺はその相手に驚いた。
「昨日はありがとう御座います、シラフ様」
部屋のドアを開けるとそこにはラウの従者であるシンがそこにいたのだ。
「いや、俺は何も………。
というか、ほとんど貴方の主がした事でしょう?
俺は偶然通りかかった賊の一人を片付けたくらいで……」
「ですが、ラウ様を助けて頂いた事は事実ですから。
主を助けて頂いたご恩に感謝する事は当然の事です」
「なるほど……。
それで、こんな朝早くから俺に何の御用ですか?」
「はい。
よろしければ今夜お時間を頂く……」
「別に構いませんけど、どうして急に?」
「あなた様には知っていただき事があるからです。
私の事、そしてラウ様の事です……」
彼女の急な訪問に俺は驚く。
彼女が俺に伝えようとしている、自身と主についての事……。
それが恐らく、昨日のラウの引き起こした異様な光景につながっているのだろうか?