第八十八話 人ならざるモノ達
こちらの一撃が、会場全体に凄まじい揺れを引き起こす。
会場の一部からは悲鳴が聞こえる。
しかし、自分は意図せぬ感触に驚きを隠せずにいた。
「何故……受け止められて……」
僕の一撃に対し、彼は残された左手で難なくと受け止めて見せたのだ。
そして、破けた衣服から露出した肌からは、魔術的なものであろう赤い幾何学模様の光が浮かび上がっていたのである。
学院の秀才、そして外部との関わりの一切を拒み続けたあのシトラ・ローランが興味を示し、彼女を変えたと思われる人物。
その経歴の一切が不明、祖国であるサリアからの推薦で特別に編入したという話だが……。
今年度の注目するべき相手は、例年通りの昨年に引き続いての僕以外の八席の彼等とそして新たに十剣となったシラフ・ラーニルくらいであろうと。
しかしその考えは、先日行われた臨時召集にて大きく認識を改める事になったのだが………。
「確かに、貴様はこれまでの相手の中では一番強い。
退屈な予選を我慢した甲斐はありそうだ」
ラウ・クローリア。
ラノワを軽々と倒したシファという人物と何らかの繋がりがあり、加えてシトラが変化する一端となった特別な存在。
予選段階での彼の実力は未知数であり、どのような戦術を得意とするかも分からない。
無名ながら、突然出てきた今回一番危険視するべき存在であろう。
やはり、その予想は正しかった。
いや、予想以上だ………。
「あなたのその力……。
普通の人間の使える物では無いですよね……。
一体何者です?」
「………さあな、私もソレを知りたいよ」
瞬間、片腕の彼は私の顔に目掛け蹴りを放つ。
問題なく躱せる、しかし間合いを取られる。
対話より、すぐに追撃するべきだった。
しかし、彼の力に興味が湧く自分がある。
「面白いですね、全く……。
これだからこの祭りは楽しいんですよ」
「…………」
「ただ、一つだけ分かった事はありますね」
「…………」
「その力は、とても強大な物だということです!」
再び、僕は攻撃へと向かう。
しかし、その攻撃は愚か、即座に放った追撃をも容易に躱されてしまう。
先程までとは明らかに違う、反応速度。
「っ!」
更に速度を上げ、攻撃はより苛烈に鋭くなる。
しかし彼を捕らえる事は出来ず、こちらの放つ全ての攻撃が空を切り続けた。
当たらない…?
この目で確かに捕らえているはず。
それも、身体能力はこちらの方が遥かに上だ。
にも関わらず、こちらの攻撃は当たらない。
何故だ?、何故一度も当たらない?
「そろそろか……」
「なっ!」
突然、彼のの姿が僕の視界から消えた。
僕が見失ったのか?
常人の何倍もの動体視力を誇る獣人の血を引く僕が、目の前の彼を、人間を見失ったのか?
あり得ない、そんな事がただの人間に……。
魔術が働いているのか、だが今の僕の目を欺ける程の高度な術式を練れる程の時間が経過したか?
あの瞬間で、攻撃を躱しながら並行して?
人間にそんな真似が出来る訳ない。
だが、奴は確かに……くそっ!
見失った彼を探す、見失ったにしてもそこまでの時間は経過していない。
何かしらの魔術を練るなら、魔法陣特有の発光が……
「後ろ……?!」
すぐさま、敵の方向に振り向く。
彼は確かにそこに居た、だが奴の思わぬ行動に私は再び驚愕する。
肉が千切れたのだ。
この男、自分で折れた腕を引きちぎったのだ。
狂っている、何を考えてる?
頭でもイカれたか、魔術で治療するならまだ分かる。
だが、自分から自分の腕を取るなんて……。
会場全体からは悲鳴が巻き起こる。
当然だろう、僕自身もその光景に思わず一歩下がってしまったのだ。
「何を考えている?
正気か、気でも狂ったのか?」
当然千切れた先からはそ多くの血が垂れているが当人は僅かに表情を歪める程度で顔色はあまり変化していない。
そして、彼の様子に気絶する観客もいた。
千切った右腕を彼は僅かに眺めると……
「練習台になって貰おうか、カイル」
そう言い、自身の右腕だったモノを上に放り投げた。
そして、赤い魔法陣が彼の頭上に発生する。
しかし、通常の魔法陣とは違うのか、魔法陣から何かの文字のようなモノが現れる。
観衆の目視で分かる程に、魔法陣からは莫大な魔力が放出され、そのまわりの空間すら歪んで見えた。
そして、魔法陣から奇妙な機械的な女性の声が聞こえてきた。
『対象の物理変換要請を承認、及び実行。
同時に契約者の生体機能、及び右腕の欠損の確認。
対象の治療を開始します』
魔法陣から伸びた文字の帯がラウの欠損した右腕の位置に向かう。
すると先程までの大量の出血はすぐに収まる。
それどころか、失ったはずの右腕が何事もなかったかのように綺麗に再生されていたのである。
あり得ない、学院の現在の医療技術でも失った四肢の再生は困難を極めるどころか不可能に近い。
なのに、彼は………、
『治療を完了しました。
物理変換の構築完了まで残り3……』
「っ!」
言葉を聞き終える間もなく、僕は反射的に攻撃を仕掛けていた。
アレを使わせてはいけないと、本能的に判断した。
間もなくして、最初の一撃が放たれる。
勢い任せの飛び蹴りを、上体を逸らす事で彼は軽々と躱してみせる。
そこから、着地して間もなく追撃を仕掛ける。
時間の猶予はない、間に合わないかもしれない。
でも……。
放たれた拳が空を斬る。
あり得ない………。
掴みかかろうとした腕が、見切られる。
あり得ない。
並の人間が反応出来る訳がない………。
「まだだぁぁぁ!」
残された猶予はない。
無理矢理身体を切り返し、右足に全神経を集中。
刹那、激しい閃光と共に僕の蹴りが放たれた。
神速にも達した衝撃で、会場全体が大きく揺れる。
しかし、彼の身体を捕えた感触は無かった。
「あり得………」
僕から程離れた場所で、彼の目の前にはあの赤い魔法陣が展開されていたのだ。
例の如く、魔法陣から再び機械的な女性の声が聞こえてきたのだ。
『対象の構築プロセスを完了しました』
魔法陣から、何かが現れた。
二つの黒い物体。
馴染みある形した、よくある拳銃。
しかし、アレは何かが違う。
よく見ると、あの銃には引き金が存在しないのだ。
他に特徴があると言えば、その銃身に今の彼の肌のような幾何学的な黒い溝のような物が施されているくらいだった。
ここに来て彼のとっておきが、拳銃だと?
ふざけているのか?
僕があんな銃を撃つ暇を与えるとでも?
獣人の肉を、あんな小さな銃から放たれる鉄屑が貫けるとでも?
いや、何かある。
ただの拳銃ではない、何かがある。
彼が僕を倒せると見込んだ何かがあるに違いない
こちらの警戒を他所に、彼は魔法陣から現れた二つの銃を手に取る。
再生した右腕の動作を確認するまでもなく、右の銃口を僕に向けた。
「コレは厄介かもしれませんね」
拳を握り締め、闘志を燃やし覚悟を決める。
対して、向こうからは熱意や闘志といったモノは感じない。
まるで、機械のようだった。
相手を倒す為に動く道具、いや兵器と表現する方が正しいだろう……。
「これより対象の殲滅を開始する」
そう、感情のない声で僕に告げた。
同じ生き物とは思えないような、あまりに無機質で冷酷な視線と共に………。




