第八十六話 剣の果てに
ルークスの表情の変化に、悪寒が過ぎった。
何だ、この違和感……。
まだ何かを隠しているのか?
神器に隠された力、いやだが何か違う……?
だが構わない……。
ここまで来た、今更引けるか?
否、一歩引くなら一つでも多く剣を前に振るうのみ。
勝利は目前、一撃でも多くを叩き込む。
私の持つ力の全てを賭して、この男に勝ってみせる!
「ルークス!!」
私は覚悟を決した。
目の前の剣士に向けて攻撃の手を加速させる。
鬼人の如き戦い振りに、会場から歓声が沸いていくのを肌で感じる。
しかし、その声に意味はない。
私に聞こえているのは、自らの攻撃によって僅かに遅れて聞こえてくる甲高い金属音、否。
捕らえているのは、目の前で対峙する一人の剣士の姿のみ。
超えるべき存在を捉えるのみ。
「これで、終わりだぁぁぁぁ!!!
ルークス!!!」
こちらの渾身の一振りが、彼に向かった。
その一撃は、自らに残るほぼ全ての魔力の粋を剣に込めて放たれたものである。
これまでで最も凄まじい衝撃が会場全体に揺れ響く。
放たれた一撃の威力からか、会場を覆っていたはずの強固な結界が薄いガラスが割れるように崩壊していく。
こちらの放った渾身の一撃により、会場全体に砂煙が舞っていた。
私達を覆っていた結界が崩壊した影響からか、砂煙は観客席にまで届いており観客達のどよめきのようなモノが聞こえてくる。
やわらかな風が吹く、砂煙がゆっくりと晴れていき目の前の敵の姿が徐々に露わになっていた。
「…………」
「…………」
この戦いは既に決していた。
空から何かが落ちてくる。
日の光が反射し、回転しながら落ちてくるそれは金属か何かだろう。
会場に落下し、それは金属音を放ち1回跳ねた。
幾度かの跳躍の果てにそして音を立てて倒れていく。
落ちたそれは黒い金属製の何かだった。
「ヤマト流剣術、山茶花……」
目の前の男がそう告げた。
直後、僅かに残っていた砂煙の残りが一瞬で振り払われる。
「貴殿の奮闘に心からの敬意を払う。
ラノワ・ブルーム、お前は確かに強かったよ」
その先を聞くまでもなく、その場で膝を折り私の意識は事切れたのだった。
●
試合終了の鐘が鳴り響く。
間もなくして、両者の激しい戦いに対して観客達の凄まじい歓声が巻き起こる。
自分の目から見ても圧巻の試合、息をすることを忘れる程にこの試合には一見の価値があったと思う。
「君の予想通りだったな………。
何故ルークスが勝てると思ったんだ?」
隣に座るシトラさんが俺に理由を尋ねる。
彼が勝つ事を見抜いていた理由が分からないようだ。
確かに、ラノワさんも強かった。
でも………
「簡単な理由を挙げるなら、神器使い手だからという理由ですかね。
神器とは、ソレを扱う一人の力が国家の軍事力と等しいとまで言われているんです。
それに立ち向かう存在がいたとしても、対抗出来るのはせいぜい同じ神器使いだけですから
一国の軍事力に、一人の兵士が勝てると思います?」
「それほどの力を持つのか、神器とは……」
「ああ、それともう一つ。
これは戦ってから気付いた事なんですが、ルークスさんは攻撃の読みがラノワさんに比べて非常に早いんですよ。
実戦経験の差なのかわかりませんが、相手の行動を読む速さが他と比べて著しく早いんです」
「ほう」
「向こうが攻撃を仕掛ける時には既に、その攻撃を迎撃出来るよう既に準備していた。
いや、予測していたんでしょうね。
ラノワさんが身体能力の底上げによって後手の対処をしていた事に対して、ルークスさんは事前に何処に攻撃が来るのかを読んでいた。
単純な力だけなら確かに最後までラノワさんの方が上でしたよ。
でも、技術的な面ではあの人の方が何枚も上手です」
「予測か……、なるほど確かに。
君に言われて、アレの違和感がようやく分かったよ」
「ただ不可解だった事が一つだけありますが」
「不可解だと?」
「ええ。
ラノワさんが最後に放った渾身の力。
あれに対しルークスさんが反撃に向かう瞬間、一瞬彼の右目が淡く光を放ったんですよ。
見間違いかと思いましたが、多分違います」
「目が光った?
確かなのか、だがアイツは魔術はそこまで得意では無かったはずだ。
多少の身体能力の補強こそ可能だとはいえ、魔術に関してはラノワの方がずっと上だぞ?」
「でも、その直後にラノワさんの攻撃を受けきったのは事実です。
あの時落ちた黒い金属片がその証拠です。
攻撃を読んだ事に加えて、魔術的なナニカが彼に働いたんだと思います」
「なるほど、目が光ったか……。
奴はやはりは変わった特性の持ち主かもしれん……」
そう言うと、持ち込んだ飲み物のカップをシトラさんは飲み干した。
「あと20分後ですよね、例の試合は」
「ああ、ようやくだよ。
早くしてもらいたいものだがね。
どうも日の光は苦手だからさ」
「そうなんですか?」
「ああ、いつもは家の中にいるからな。
日の光を浴びなくて済むし、外の世界は鬱陶しくてしょうがないよ」
「まさか……、えっと、その?
俗に言う、引きこもりって奴ですか?」
「そうだが?」
「ちゃんと登校した方がいいと思いますよ」
「嫌だが、まぁ分かっている。
君に負けたせいで、闘武祭が終わったら八席の資格は剥奪されてしまうからな。
これまでの特権が無くなる、まぁ次は特待生の特権を振るうだけだが」
「えっと、シトラさん?
あなたもしかして、学校をサボる為だけに八席を?」
「そうだ、じゃなきゃこんな面倒な祭りはやらんよ」
「あはは、そうですか……」
なんと、俺はサボる口実を得る為だけの人に先日あれほど苦戦していたのだ。
変な笑いがこぼれる。
そんな他愛も会話を交わしている内に時間は過ぎていく。
しかし、その数分後間もなく。
会場全体にアナウンスが鳴り響いた。
「会場の皆様、第二試合の開始時刻は予定より二十分程遅れて行われますのでご了承お願いいたします。
繰り返します、第二試合の開始時刻は予定より二十分遅れで行われます。
続きまして、この場に魔力等級が一等級の方の中で結界の補助を手伝って貰える方がいましたら、第三会議室に集合して下さい。繰り返し申し上げます……。」
そんな放送の内容に対してシトラさんは立ち上がった
「ようやく、私の出番のようだな……」
「どういう事です?」
「私は彼に、このような事態が発生する事を踏まえた上で呼ばれたんだよ。
全く、ゆっくりと見物だけするなら楽な仕事だったんだけど………」
「呼ばれたって、誰にです?」
「君の思っている通りの人物だと思うが?」
シトラの言葉に、俺は驚いた。
まさか……と心の底から思ったが……。
「まさか、あのラウが?」
「もちろんだよ、まあ実力が実力だからね。
私も受けざる得なかったんだよ。
それに、教員共も驚いているだろうよ。
まさか初戦であの結界が破られるのは想定外だったらしいからな」
「つまり、あの放送は観客の安全を図る為に?」
「だろうね、今回は怪我人こそ出なかったが次また同じ事が起こらないとも限らないだろう?」
シトラは席から立ち上がると
「私はそろそろ行くとしよう。
まぁ、私の分もせいぜい楽しんでいてくれたまえ」
シトラは軽く俺に手を振ると去って行く。
そして俺は端末を開き次の試合内容を確認する。
闘武祭決勝トーナメント第二試合
ラウ・クローリア 対 カイル・テルード




