第八十四話 より強者を求めて
試合開始の鐘が鳴り響く。
しかし、目の前の異国の剣士は微動だとして動かない。
「こうしてお前と向かい合うのは初めてだな。
ラノワ・ブルーム」
「確かに、そうですね。
私も一度あなたとは手合わせをしてみたいとつくづく思っていましたよ」
決勝トーナメントの初戦、祭りの彩りを一番に飾るものとして行われる本日の試合。
私こと、ラノワ・ブルームの初戦を飾ることになったのは自身と同じ八席の一人。
学位序列3位、ルークス・ヤマト。
全く、先のシファさんとの戦いからか、昨日の夜は自身の運のなさには落胆の溜め息がこぼれてきた。
自身の内に居るアイツも同じ反応、初戦から同じ八席にしても四位以上は流石に分が悪いと、これまでの経験から身に沁みて理解している。
「ラノワ、お前のその感じだと………。
去年とはまるで別人のようだ
今年に入って何がお前をそこまで変えたんだ?」
「色々とあり過ぎただけですよ……」
私のその言葉にルークスは僅かに微笑むと、腰に控えた剣を引き抜き構え始める。
「面白い……。
少しは変わったお前の力を見せてみろ、ラノワ」
「楽しむだけで済むと良いですが……。
私は、今出来る最善であなたを向かい撃つのみ。
相手が誰であろうと、いずれはぶつかる定め。
そうでしょう、ルークス殿?」
同じく私も腰に掛けた剣を引き抜き、構える。
全身に魔力を込め、巡った魔力が身体の皮膚からも溢れ自身を中心として黒い瘴気のようなソレが溢れ出てくる。
「ルークス、私が悪魔憑きの類いであるという事は既にご存知ですよね?」
「勿論、知っているとも。
お前が高位の魔の類いに生まれながら取り憑かれ、その力を操り戦うという事。
そちらの悪魔似た、妖の類いも俺の故郷であるヤマトに少なからず存在しているから。
大方その起源は似たようなモノ、さして恐れる脅威にはならない。
まさか、俺相手には勿体無くて使えないとでもお前はほざくのか?」
「いや、そうではありませんよ。
ただ、この力の扱い方についてここ最近色々と向き合って考えたんですよ。
己の力とどう向き合うか、どうすればもっと高みな到れるのかを………」
黒い瘴気は私の全身を包み込み、魔力の暴発と同時にソレは弾けた。
塊から出た時には、自らの姿の変わりように観客達からは恐怖にも混ざったどよめきが広がり、やはり自分は化け物なのだと改めて自覚する。
当然、悪魔同然と化した黒き異型の私がそこには居るのだろう。
先程までとは違う、握った剣すらその姿に影響され黒く禍々しい魔力を放ちながら存在しており、この姿を見た彼もまた驚きの表情を見せた。
「……なるほど。
しかし、堕ちたものだな。
まさか力の為とはいえ悪魔に魂を売るとはな……」
「ハハハ、確かにそうかもしれない。
でも自分で望んで得たんだ。
私がもっと強くなる為に、より強い存在と渡り歩く為には己にあるモノは全て使う。
より強い存在と戦う為には、コレが必要だった。
たったそれだけの話さ」
「…………そうか」
ルークスがそう言うと、彼は先程構えた剣を鞘へと収め右腕を掲げた。
するとその手の先からは一振りの剣が現れる。
見た目には特徴的な装飾は無く、金属特有の光沢しか分からない。
「お前も私の力を直接見るのは初めてだったよな……」
「ええ……。
神器の力というのは、強力無比であり一騎当千の恐ろしい力だとは聞いています。
ですが、所詮は一人の力でしょう。
出せる力にも限界は必ず訪れる」
「確かにその通り、私一人の力など程度が知れる。
その力を見て改めて認識したよ。
正直、お前相手には長期戦は避けたい。
魔力の圧で分かる。
私程度ではお前の最大火力には勝てない。
こちらの体力の限界が来る前に早々に終わらせるとするよ」
その瞬間、目の前の男の姿が消える。
間もなくして、男の剣と私の刃が交わり凄まじい魔力の衝撃が会場全体に響き渡ったのだ。
戦いの余波が観客達に直接届かぬように、学院の教官達の張った強固な結界が今にも崩れそうな程に嫌な音を響かせる。
「…………。」
「…………。」
両者の視線が交錯する。
数秒ほどの力の膠着状態から一変、すぐに高速の剣技によるぶつかり合いへと変わった。
両者の一撃一撃はあまりに重く激しい故に面の砂埃が絶え間なく舞い上がり続け、まさに嵐に等しい。
時間の経過と共に、両者の剣の速度は加速していく。
会場から悲鳴のような物もあがり始める。
そして、一際大きな衝撃が起こると両者の動きが再び均衡し、静止したように鍔迫り合う。
お互いに剣が今にも折れそうな程に軋み上げ、魔力の余波は更に強く、激しくなっていく。
「見かけ倒しではないようだな……」
「ええ、だがそれでも届かない……」
「面白い、面白いぞラノワ・ブルーム!!
俺に見せてみろ!!
悪魔憑きとやらの力をなぁぁぁ!!」
「言われずとも見せてあげますよ、ルークス!!!」
●
「君はこの戦いをどう見る?」
目の前で繰り広げられる両者の戦いに、息を呑んで見守っていた俺に向けて隣のシトラさんは尋ねてきた。
「この戦いについてですか?
そうですね………、例えばラノワさんは以前の姉さんとの試合より格段に強くなっていますよ。
以前までより動きの無駄が無くなり、より正確にかつ速く剣を扱えているようですし。
魔力の制御も含めて全体の練度が一回り以上上手くなっています」
「なるほどな、確かにそうかもしれん。
私から見ても、以前の醜態を晒した頃とは見違える程強くなっているよ」
「しかし、ルークスって人の実力のソコがまだ俺には正確に分からないんですよね。
彼から放たれる魔力の圧から、全体の魔力量やその出力の面で劣っているのは確実でしょう。
しかし、剣を扱ったり身体運びといった基礎的な身体技術面に関しては相当なモノです。
あれほどの練度を同年代で習得しているという事実、相当厳しい鍛錬をこなしていたんでしょうね。
流石と言えますよ。
だから体力や技術的な面において、少なくともラノワさんよりは余裕がある事は確かですけど………」
「ほう、君にはあの戦いが君には見えているのか?」
「ええ、一応は。
これが八席の上位4人の実力ですか……」
「二人の試合の感想はどうかね?」
「正直言いますと、震えていますよ。
自分もこれから挑もうとしている人達への恐怖と武者震いが混在しているくらいには……。
楽しみで、恐ろしくもありますよ」
「そうか、楽しんでくれてなによりだ」
それでシラフ君?
この勝負、君はどちらが勝つと思っている?」
「決まっていますよ……それは……」
●
戦いの最中で私は自分の中にいる悪魔と脳内で会話をしていた。
「速い……、そして一撃一撃が重すぎる」
「確かに、このままでは負けは確実だろうな……」
体内にソイツは冷静に、欠伸をかくかのように俺に語りかけてきた。
「わかっているさ、そんなこと」
相手の実力はこちらの想定を遥かに超える。
神器の力もあるだろうが、それ以上に本人の技量が高過ぎるのだ。
こちらが魔力の暴力でどうにか同程度に抑えている程度のこと………。
単純な技量が足りないなら、こちらに出来るのは決まっている。
「………アレを使うぞ」
「お前、正気か……?」
「ここで負ければ、後が無い。
せめて、目の前の奴に勝てなければ、お前は今の八席の地位ではいられなくなるのだろう?」
「確かにそうだが…………」
「出し惜しみする理由はない。
僅かでも今勝てる可能性があるなら、その手札確実に切っていくべきだ。
先のような醜態を再び晒されるのは、私も御免被る」
「そうだな……。
私もあの時のような無様な姿はアレで最後にしたい」
「フッ……たまには悪くはないな。
こうして共通の目的の為に手を組むというのも」
そう言うと、体内のソイツはニヤリと微笑む。
そして、私の意識を瞬く間に塗り替えいった……。
同じ目的の為に、私はこの悪魔と共に戦い抜く。
勝つんだ、目の前の強き剣士を超える為に!




