第八十三話 天人族
帝歴403年9月29日
前夜祭が進み、先程知り合った彼等と離れ一人会場に用意された食べ物を口にしていた。
すると、誰かに声を掛けられる。
「あなたがシラフ・ラーニル殿ですね?」
声の方を振り向くと、そこには背中に白い羽の生えた小柄な少女がいた。
背は姉さんよりも少し低い程度。
が、何より特徴的なのはその銀髪。
腰に届く程伸ばした綺麗な髪は、癖毛一つありはしない絹のようなそれである。
容姿こそ整っており、まさに天使、人形のような美しさと呼ぶにふさわしい程だ。
背中の羽からして、多分異種族の人だろうとは思う。
「確かに自分はシラフだが……。
えっとあなたは?」
「申し遅れました。
私はリノエラ・シュヴル。
下界の人間達との交流の一環として天人族から派遣された者です」
天人族と聞き、確か近年になってようやく人間と交流が始まった少数種族が居るとか聞いた事があった。
確か彼等が天人族と呼ばれる、こちらが天使と例えるソレに酷似した特徴を持つ種族だったはずである。
知性が高く、魔力の保有量も多い。
人間よりも遥かに長大な寿命を持つという噂。
そして何より、背中には純白の羽が彼等の一番と言っていい程の特徴だろう。
天使と例えられるだけの、彼等の種族としての証だ。
「天人族?
確か……近年交流が始まった言われてた………。
あの天人族ですか?」
「はい、そうです!
私はその交流の一環として派遣された者なんですよ」
「なるほど、そうですか……。
それで、その………。
天人族さんが俺なんかに何の御用で?」
「その、名前にラーニルが入っているとお聞きしましたので……。
もしかして、あのシファ様の親族ではないかとお聞きしたくてご挨拶に参った次第です。
シファ様は我々天人族にとって、まさに生きる英雄そのものですからね……」
「なるほど。
つまり姉さんの知り合いって事ですか?」
「姉さん?
つまり本当に、シファ様の血縁者であると?」
「いや、直接的な血の繋がりはないですよ。
俺はその、あの人の養子なので」
「なるほど、でもシファ様の親族なんですよね!!
お会い出来て嬉しいです!
あと確か、シラフ殿の学年は三年でしたよね?」
「ええ、三年からの編入ですから」
「そうですか、私も同じく三年なんです!
私に何か手伝える事があれば協力致しますよ。
編入したばかりでは何かと苦労するでしょうから!」
「あはは、それはありがたいですが………。
一応、その既にこちらも知人の方に色々とお世話になっているので……」
「ああ、そうでしたか……。
余計なお世話でしたね………。
しかし、手伝える事がありましたら是非とも私に手伝わせて下さいね!」
「ええ、その時は是非とも……」
なんだろう……この人少し変わっているような……。
なんというか圧が強い。
悪い人では無さそうなんだけど………。
姉さんの親族って事で、ここまで初対面で距離が近いのは………。
思わず恐怖を感じるな………。
長く関わると、面倒になる予感がするな……。
でも、ここで話を切り上げるのも悪い気がするし……。
とりあえず、話題を変えるか
「あの……リノエラさんは闘武祭に出場を?」
「はい、1年から出場をしています。
そして今年も勿論決勝進出にまで至りましたよ」
「決勝進出って……。
まさかあなたも八席の一人なんですか?」
「ええ……2位止まりですが……。
今年こそは、絶対に1位の座を取る事を目指して、日々鍛練を積んで来ました。
今年は絶対に負けられないんです」
「そうですか……。
それは立派な志ですね……」
なんと、目の前の彼女が2位だとは……。
まさか、そのうち1位にの人物にでも俺は会うのではないだろうか……。
「シラフ様も剣を磨いているのですよね?」
「ええ、姉さんから教わっていますが……」
「なんと!!!
シファ様から直々に御指南を頂けるとは……!!
うっ、うらやましい限りです……」
「あー、でしたら、姉さんに今度頼んで見ますか?」
「え?!!、本当によろしいのですか!?
私のような者がシファ様から剣を教わる事など?」
「ええ、多分剣を教わるくらいなら?
姉さんも引き受けてくれると思いますし……。
時間さえ合えば可能だと思いますよ」
そう言うと彼女は突然俺の手を両手で握りペコペコと頭を下げて感極まった様子を見せた。
「でしたら、是非とも!!
是非とも是非とも、よろしくお願いしますぅぅ!!!
あの、それじゃあ連絡先の交換しましょう!!
ええ、私の番号を勿論教えますから!」
「ああ、はい……」
あまりの豹変ぶりに俺は呆然とする。
彼女の圧に押され、なんというか……。
余程姉さんを尊敬している人なのか。
姉さんに関わる事となると反応が凄い……。
とりあえず、彼女の端末の番号を自分の端末に登録し連絡先を共有……。
うん、この人本当に大丈夫?
だよな多分………。
「これで、連絡先は登録出来たと思います……」
「そうですか……。
でしたら、その時は是非とも」
「はい……。」
それから、この前夜祭が終わるまで彼女に付き合わされるとは思いもよらなかった。
姉さんと途中顔を合わせた際には、なんというか事後処理と彼女の対応に追われ………。
何とも刺激的な1日を過ごした気がする。
●
帝歴403年10月1日
慌ただしい前夜祭が終わり、いよいよ十月を迎えた。
これから闘武祭決勝という激しい戦いが始まる。
そして今日、闘武祭決勝トーナメント第一試合が行われようとしていた。
学位序列3位ルークス・ヤマト。
対するは、学位序列5位ラノワ・ブルーム。
試合会場は首都ラークの第一闘技場。
俺の知る限り、世界最大規模の大きさを持つであろう巨大な施設だが既に観客達で埋め尽くし満員御礼の状態である。
「直接赴いて試合の観戦。
随分と勤勉な心掛けだなシラフ君」
そう言いながら、俺の隣に見知った女性が座った。
「シトラさん?
あの、この前の怪我とはもう大丈夫ですか?」
「お陰さまでね。
むしろ、日頃の寝不足が解消された程だよ。
しかし、君のあの攻撃はかなり効いたさ……。
あのお姫様がいなければ、私はあのまま熱湯で茹でられていたかもしれないね」
「それはなんか済みません」
「まあ、いいさ。
これもいい経験だろう。
ソレに、あの戦いで分かった事があるからな」
「分かった事?」
「ああ、君は神器が使えないのだろう?
あの時は何らかの異常で暴発したようだからな……」
「ええ、正解です。
実はその、俺はまだこの力を上手く扱えないんです」
「なるほど、それで、あの剣技か……。
正直おかしいと思ったんだよ?
噂に聞く、かの神器使いがその力に頼らずにあれだけ剣に頼った力を使う事はまずしないからな。
あのルークスでさえ、神器は割と使う方だからな。
神器を使用した方が魔力の効率も戦術の幅も広がる。
わざわざ使わない奴がどうかしているよ」
「あはは……まぁそうですよね……」
「シラフ君。
君はこれから、どうやって勝ち抜くつもりでいる?」
「いや、それはまぁ………。
神器を使わずに剣技のみで勝ち進むしかないですよ」
「なるほど……、まぁそれしかないか。
しかしだ、それでは決勝は勝ち進めない。
八番内はともかく、四番越えはまず不可能だろうな」
「…………。」
「君も知っているだろう?
今回のラノワの対戦相手は神器使いのルークス。
その彼ですら3位なんだよ。
その上にいる序列2位の天人族の彼女など化け物じみた実力を持っている」
「彼女が化け物ですか?」
「既に面識があるようなら話が早い。
あの可愛らしい見た目からはまず考えられない実力を持っている。
例えるなら、君の姉と同類と思えばいいな」
そう言われると、一瞬背筋が凍る感覚が来た。姉さんと同じような者となると危険極まりない。
「確かに……それは化け物かもしれませんね。」
「だろう?
そして、学院最強の彼……。
奴はそれこそ我々とは別次元の実力を持っている」
「別次元……リノエラさんとはまた違うんですか?」
「そうだな……。
彼女ならまだ我々人間でも太刀打ち出来るだろう。
おそらく、君でもね」
「でも、そいつだけは勝てないと?」
「ああ。
彼女は去年そいつにやられたんだ。
まさに圧倒的な敗北だったなあれは……。
この前のラノワもいい負けっぷりをしたが、負けず劣らずというかね………。
そしてルークスも同じく、アレに負けたんだ。
神器使いともあろう奴がいとも容易く倒されてしまったんだ。
それで付けられた奴の二つ名は、神殺し。
まさしく、神を倒した者にふさわしい名だろう?」
「神器使いを容易くですか……。」
「ああ、赤子の手を捻るように容易くだよ」
「そう、ですか……」
「これからの戦い、覚悟しておけよ。
この私を倒してここまで進んだんだ?
無様な負けは許さないからな」
「あはは、そうですね………。
全力を尽くします」
「まあ、今日わざわざ私が観戦に来たのはラノワの応援などの為では無いが……」
「では何の為に?」
「次の第二試合だ。
そして君もだろう、わざわざ見に来たのはさ?
お互い目的の本命は同じなのだからね……」




