第六十三話 魔女 対 剣士
本日、オキデンス第二闘技場にて観客達は既に満員状態となり試合を今か今かと待ち望んでいる様子。
現在の時刻は午後の六時、学院での授業は既に終了しており生徒のほとんどの生徒は今日の試合の中継を眺めているだろう。
「今日はシラフさんの試合ですよ。
しっかりと私達も応援しましょう姉様」
闘技場には私と妹シルビア、そしてリンやクレシアが一緒に来ており、理由は勿論全員シラフの応援に来ている。
「そうだね。
シルビアはもう平気なの、動いたりとか?」
「はい……。
少し筋肉痛がある程度なので問題ありません。
来年に向けて、鍛錬の仕切り直しです」
「そっか。
ならいいけど、無理はしないでよね」
「でも、今日のシラフの対戦相手って八席とかいう学院でも凄腕の人だよ。
シラフが勝てるのかな……。
ルーシャ、去年の彼女はどんな感じだったのかな?」
リンが私の肩に座り、端末を覗き込みながら質問をしてくる。
「えっと、確か去年は決勝三回戦目で今の序列3位の人に敗れてたはず……、
それまでの試合は彼女はほとんど一歩も動くことなく、圧倒的な実力差で勝ち進んでいたんだ」
「圧倒的な実力差で……。
でも3位には負けているんでしょ?」
「まぁ、そうだけどさ。
学院の序列は4番内を超えてくると、それこそ人間を辞めたとか言われてる化け物とか言われてる人達だよ。
ほんと、同じ世界で生きているとは思えない程の実力者ばありだし、その四人さえいれば一国の軍事力のそれに等しいって言われてるくらいなんだから。
まぁ、その四人のうち二人は私と同じ王族。
残る二人は、一人は勿論人間じゃないし、最強の彼に至ってはなんというかね」
「あー、こっちでのシファ姉とか、神器使いだとかと同じような扱いって感じなのかな?」
「確かにそうかもね。
でもシラフは本物の神器使いだよ。
まして、十剣のひとりなんだから負けるはず無いよ、絶対に……。
だってシラフ、毎日あんなに頑張ってたんだから」
●
闘技場に降り立ち、向かいには一人の女性が大きな黒いとんがり帽子を深く被り、いかにも魔女と言わざるを得ない全身黒ずくめの黒いローブに身をつつんで、こちらの様子をうかがっている。
対して俺は、学院の制服そのまま。
それでも、臨戦態勢をとってはいる。
しかし、そうは言ったものの、相手から感じ取れる威圧感のようなものに気圧され、早くも勝てるか正直怪しい部類の相手だと、試合開始前から感じ取っていた。
「初めまして、かの十剣のシラフ君。
君の事は噂で聞いていよ?
この間、ラノワをぶっ倒した彼女の弟さんだとね……」
「あはは。
こちらこそ、シトラさん。
あなたこそ、八席の一人としてかなりの実力者だと既に友人から聞いています」
「まぁ、お互い様というところか。
君はその若さ契約者となっている、相応の素質は生まれながら既に十分あると思うよ。
私の父も神器を使っていたらしいが、君程若い頃から使っていた訳ではないからね」
「…………」
俺が神器を使えない事をこの人は知らない。
となると、種が明かさられる前に決着をつけることが優先されるか……。
「私はね、君とは違って剣とかそういう類いの武器はどうも上手くは使えないんだ。
その代わり、私が使えるのは己が学んだ知識だけ。
まぁ、だからといって遠慮は要らないさ。
神器でも、なんでも好きに使えばいいよ」
「俺は、俺に出来る全力を尽くすだけです。
俺も負けられませんから」
「………。
君は今、何の為に戦っているんだい?」
「自分の力を試す為ですかね?
自分の大切な人達を守る為に、俺はもっと強くなければなりませんから」
そんな会話を交わしていると、闘技場内は更に歓声が響いて来ており。
盛り上がりを見せていた。
「さーて、皆さんお待たせしました!
待ちに待った我等が誇れる学院最強の魔術師!
シトラ・ローランだぁ!!」
「「ーーーーーーー!!!」」
「対するは……サリアから編入した若き十剣!!
シラフ・ラーニル!!」
「「ーーーーーーー!!!」」
「オキデンスで行われる試合の中で最も注目されるこの一戦!!
勝利の女神は一体どちらに微笑むのか!!
新たな歴史が刻まれるこの戦い、今幕を開けようとしています!!」
「「「ーーーーーーーー!!!」」」
一際鳴り響く歓声に会場が震える。
「それでは、試合開始ィィ!!!」
試合開始の鐘が鳴り響き両者が動いた。
●
開始早々、先手に動いたのは自分だった。
開始の合図と共にシトラに一太刀入る寸前の位置に身体は移動している。
しかし、その刹那。
こちらの剣がシトラに触れる寸前。
俺の目の前から彼女が、その視界から消えた。
「っ?!」
俺が改めて相手の位置を確認すると、自分が斬りかかったすぐ横に彼女はいたのだ。
「そう焦らなくてもいいだろう?
まだ試合は始まったばかりだ。
せっかくの機会だ、もう少しお互いにこの戦いを楽しもうじゃないか?」
「くそっ……!」
俺は一度距離を取り、間合いを取りなおし彼女に話し掛ける。
「一体何をしたんです?
俺の攻撃は確かに当たるはずだった。
しかしあなたは俺の攻撃をした場所にはいなかった」
「あー、君の位置をずらしただけだよ?
あらかじめ指定した位置に人や物が入り込むとその対象が現在位置とは違う場所に移動する。
まあ、このまま場外に送っても良かったんだがね。
それではつまらないので今回は少しずらす程度にしたんだよ。
これで理解出来たかな?」
「ええ、事前に想定していた予想通り。
自分と相性が悪い事は分かりました」
そして俺は目の前のシトラへ再び斬りかかった。
距離にして一歩もあれば確実に一撃は免れないだろう距離から放たれた一撃。
しかし、彼女のすぐ近くに現れた白い魔法陣の障壁によって難なくこちらの攻撃な阻まれた。
「流石……。
あの人の弟と呼ばれるだけの実力はあるみたいだが。
不意打ちとは、それは騎士のする事なのかね?」
「それは失礼をしましたね」
「まあいいさ?
君の戦い方は大まかには把握出来たからね」
「それは光栄です」
「では、次はこちらの攻撃だ」
シトラは僅かな笑みを浮かべる。
すると、突然俺の全身に大きな衝撃が飛んできた。
突然の事に僅かに身体がよろめくがすぐに態勢を整え間合いを取りなおす。
彼女にとって安全な間合いが取られると、シトラの攻撃の手が動き始めた。
彼女の周りに小さな光の玉が無数に発生。
すぐさま、こちら目掛けて襲いかかる。
目の前に来た数発を剣で弾くと追撃から逃れる為、俺はすぐさま移動を開始。
しかし、無数の光の玉は正確、尚且つ凄まじい速度で自分を追尾し続けてくる。
「どうする……間合いが詰められない」
縦横無尽に駆け回る俺に対してシトラの強力な魔術が追って襲いかかる。
しかし、俺はというと………。
自分に掛けている魔術により辛うじて全ての攻撃に反応し対応は出来るが、時期に体力と魔力が尽きるのは明白な状況であることをすぐに理解する。
状況を打開する策を巡らせつつ、目の前の攻撃を避けつつ対処しなければならない。
対して彼女は圧倒的な余裕を見せている、いかにこちら追い詰めるかを自身の箱庭と化しているこの場でどのように追い詰めるかを楽しんでいるかのように見えた。
この戦いの主導権は今、向こうにある。
どうする?
まだ出せる速度には余裕がある。
短期戦覚悟で一気に片を付けるか……。
いや……、あるいはそれを見越してからの反撃があるかもしれない。
どちらにせよ、この間合いでは防戦一方。
こちらが出来るのは剣のみ。
だったら、やるべきことは決まっている。
俺は加速した…。
これから起こる戦いの激しさが更に増す事を予感させるように……。
俺に出来る、全力を彼女に示すだけだ。




