第六十二話 学院最強の魔女
帝歴403年9月12日
会場に設置された医療用のベッドに寝かされて、いったいどのくらい経ったのだろう。
あの戦いで、私は負けた。
あと少し、もう少しで勝てると思っていた。
でも、結論を言うなら始めから敵の手のひらの上で踊っていたに過ぎない。
「やっぱり悔しいな……」
扉が開き、女性が私に話し掛ける。
「なるほど、確かに聞いた通り。
体内の魔力がほとんど無くなっているようだな。
それで、確かに君は神器使いだったかい?」
「はい。
えっと、あなたは?」
「医療班の者だ、君の治療は少し特殊だからね。
全く、この程度の一度の試合で一体何をすればものの一瞬で自身の魔力を使い果たすのかね?
余程燃費の悪い魔術に頼ったのか、後先考えず高火力の魔術に頼ったのか………」
「……すみません。
私も、まさか自分の攻撃にやられるとは思ってもいなかったので……」
「ほう?
それでは君は、自分の攻撃を受けて今の状態になったとでも言うのかい?」
「はい。
私があの戦いで最後に放った攻撃は、対象の魔力を奪う事を目的とした攻撃でした。
生物は魔力を急激に奪われると、その衝撃で身体能力が大幅に下がります。
それが、戦闘中なら尚更致命傷になり得ます。
でも、あの人は事前に控えていた空間魔術で弾道を切り替え、意表を突き私に命中させたんです」
「なるほど……それは災難だ。
しかし、君の判断は実に甘いと思うよ。
魔力奪えば、確かに相手の行動は抑えられる。
しかしだ、そんな下手に凝った攻撃を相手が読めないとでも思ったのかい?
厳しい言葉を言うが、この闘武祭において相手を傷付けずに勝ち進む事は実質不可能。
戦いとはそういうものだ」
「……やっぱり、無理なんでしょうか。
誰も傷付けずに勝ち進む事は……。
誰かを守る事は……」
「………、全く、結論出すには早いよ。
君は確かまだ1年だろう?
早々に結論づけるにはまだ早い。
これから更に色々な物を学院で学び、見て感じてみれば、そのうち今とは違う最善の答えが出るはずだ。
その甘い考えが幾らか現実に見える程度にはね」
女性はそんな事を言いながら、私の治療を手際良く進めていく。
「そう上手く出来るのでしょうか。」
「それは、私に分からない。
君のこれからが重要なのは確かだが」
治療を終えると、女性の端末から着信音が鳴った。
「済まない。
私の対戦相手の知らせが来たようだ」
女性は端末を手に取り、内容を確認すると僅かに微笑んだ。
「あの、あなたは一体?」
「私はシトラ・ローラン。
そしてこれが明日の私の対戦相手だよ」
端末に映されていたのは目の前の女性の写真とその隣に見知った顔の人物。
「シラフさん……」
「やっぱり君の知り合いか。
明日の試合、少しは楽しめそうだよ」
●
二人が会話をしているその頃、
「対戦相手が発表された」
「明日の試合?
でもシラフなら余裕でしょ、今までの試合は余裕で勝てていたんだしさ」
「どうも、次はそう上手くいくかは分からないな」
俺の端末に表示されていた人物の写真にルーシャ達は、驚いた様子。
対戦相手の名は、シトラ・ローラン。
丁度、俺のクラス担任であるアルス先生の娘か親族の誰かだろうとは思うが。
「シトラ・ローランって、あの八席の……」
「その人はどんな戦い方をするんだ?」
「えっとね、シトラさんって人は学院でも珍しい魔術を主体として戦う人なんだ」
「魔術を……?
でも詠唱とかで時間を食うんじゃないのか?」
「それはほぼ無いと思う。
彼女は世界でも稀に存在する無詠唱で高度魔術を行使出来る人なの。
そして魔術に関する知識量は歴代の魔術師の中でも五本指に入る程って言われてる。
元々、学生ながら魔導工学分野において第一人者ってくらいなのに、あの祭典では八席の一人として存在している凄い人なの。
でも、学院での素行は良くなくて……サボる口実に八席の座を取りに行ったっていうくらいのちょっと変わった人だね」
「なるほどな………。
相手は魔術主体となると遠距離型。
至近距離の剣で戦う俺とはかなり相性は悪いかもしれないか……。
本人の性格はまぁ置いておいて
去年の試合とか残っていないのか?」
「えっと、端末で検索を掛ければ……。
えっと、あった……!
これが去年の闘武祭決勝の第一試合でシトラさんが出場しているところだね」
クレシアがそう言いながら自分の端末の画面を見せて来る。
映っている映像には、シトラ本人と思われる人物の戦いの様子が映っていた。
「これが……八席の実力……。
前回のラノワさん以上の実力者じゃないか……」
「うん、学位序列は闘武祭の結果に応じて学院の高官達が判定するので実際の実力と合わない事はよくありますから」
映っている映像には、一人の女性がただ立っているだけで対戦相手の人物は四方八方と数多の方向から放たれる攻撃魔術を軽々と回避していた姿。
かなり高位の魔術を放っているはずだが術者である女性は余裕を見せており、挙げ句の果てには相手の攻撃を直接防壁で受け止めつつ、あくびまでかいているあり様である。
「確かにかなりの実力者だと言えるな。
だとしても俺に出来る事は決まっているんだ。
勝てるように、最善を尽くすよ」
●
帝歴403年9月13日
「珍しい。
お前が早起きしているとはな」
私が自室から出ると、いつもは寝ているはずの人物が起きて端末を手に取り眺めていた。
「コーヒー、いつものを頼む。
ついでに、いつもより少し多めの朝食を用意して貰いたい」
「了解した」
私が朝食を作っていると、何を思ったのか唐突に話し掛けてきた。
「そちらの調子はどうなんだい
確か昨日は三試合連続だったそうじゃないか?」
「問題無い、ものの数秒で片が着いた。
その物言いだと、今日はお前が試合なのか?」
「ああ。
対戦相手は例のシラフ・ラーニル、君の同級生の弟さんだ」
「なるほど、あの男か……。
実力は相応にある、せいぜい気を付ける事だ」
「ふーん、君が私を心配するとは珍しいね?
どういう風の吹き回しかな?」
「心配という程では無い」
「はいはい、そうですか。
あと、これ。
昨夜回収した奴。
テーブルの上にある手紙は今朝の奴か?
相変わらず君は随分な人気者だね」
「シトラ……あれにはどう対応すればいい。
正直迷惑なだけだが……」
「無視でも効かないなら、いっそ誰かと付き合えば済む話じゃないか。
例えばほら、君の隣にいる例の彼女も同じような被害者だから共謀を図るとかはどうだろう?」
「…………。
なるほど……その方法があったか……。」
彼女の助言に、参考の価値はあると判断。
そんな雑談を交わしつつも、私は朝食を作り終え出来上がった品々をテーブルへと並べていく。
問題なく仕上がった作った料理は、レシピ通りのほぼ完璧の仕上がり。
しかし、料理を見た彼女は少し複雑な表情を浮かべ困惑していた。
「何か不備でもあったか?」
「いやいや、そうじゃない。
だがその、なんというか毎日こう完璧だと、堅苦して食べにくいなと。
普段はそう感じないが、流石に自分も多少の背徳感か罪悪感を覚えそうだ」
「私の作った物に何か不満があるのか?」
「いや、文句とは違う物だよ。
ほめ言葉の一つとして受け取ってくれ」
「そうか。
それと注文のコーヒーだ」
私が淹れたてのカップを彼女の元に置くとようやく自分の席に座り淡々と作った食事を摂り始める。
少しよそよそしい彼女は、何度かチラチラとこちらの様子を伺ってくる。
何を言いたいのか、流石にはっきりしてほしい。
が、例の件の解決の方が今の私には先決か………




