第五十六話 可能性の果て
帝歴403年8月29日
太陽は昇り、現在の時刻は正午を指している。
自分の見下ろす先には多くの人集りと軽快な音楽が流れていた。
祭りの雰囲気を遠目で見ながら、懐かしさすら覚え哀愁に浸たっていた。
「やっと、見つけた……」
後ろから声を掛けられる。
忘れはしない……。
自分にとって忘れるはずのない人の声だった。
振り向くとそこには銀髪の女性。
あの時と変わらない。
その懐かしい、彼女の姿が見ずとも脳裏に浮かび上がっていく。
「あの魔法陣は、索敵魔術ですか……。
恐らく、シトラさんがあなたの近くで使用したところでしょうかね」
「あなたは……何者?
彼女と同じ存在なの?」
「例の彼女には既に会っていたんですね……。
でも、俺は彼女とは少し違う経緯と言いますかね。
俺は、俺達は彼女がこの世界に居る事を知っていますが、彼女は俺達の存在を知りませんからね……」
「あなたなの……あの予告をしたのは?」
「そうなりますね。
仲間の提案なんですけど、最初は正直何を考えているんだと思いましたが。
結果的に姉さん達が動いてくれたので、思惑通りというところですかね」
「あなた達の目的は何?」
「姉さんが知っているであろう彼女と同じく、この先崩壊する世界の運命を防ぐ為です。
その為に俺達はここに居るんですよ。
こちらの仲間は現在、俺を除いて他の国々に散って行動していますがね……。
今も無事だといいんですが……」
「………。
あなたは……本当にシラフなの?」
●
目の前には帽子をかぶった男がいる。
最初の印象は何処か寂しそうにしているという様子。
祭りの雰囲気の中、周りは楽しそうにしているのにこの男だけは何処か懐かしく哀愁に浸っているといると感じた。
こちらに背を向け、男は祭りの様子を眺めている。
私が声を掛けると、彼は淡々とその問いに答えていく。
「あなたは……本当にシラフなの?」
思わずそんな声が出た。
体格は今のあの子とは少し違う、体格や背丈が合わない。
だが、思わずそんな事を言った。
しかし私には、あの男があの子に見えてしまう……。
「あなたにそう呼ばれるなんて、
本当に懐かしいです」
男がこちらを振り向き、被っている帽子を取るとこちらを見た。
茶髪の髪、あの特徴的な癖毛は忘れるはずは無い。
右腕には赤みを帯びた腕輪、そして首には赤い石の首飾りを掛けている。
「久しぶり……で、合っているのかな姉さん?」
「……やっぱり……シラフなんだね……」
「こっちでは今、ハイドで通しているよ。
この先に色々あって自分の過去を全て思い出した。
でもさ、姉さんには感謝してるよ。
俺の為に記憶を封じてくれたんだんだからさ」
「…………。」
「学院時代は色々あったよ……。
楽しかったし、苦しかった……様々な人と出会って別れて……。
そして多くの価値観に触れたりして……。
本当に、本当に色々あったんだ」
「……。」
「俺は確かに、ここで、あなたの下で人間として成長出来たと思ってる。
騎士として……剣士として……、人として。
そして俺が選んだ最終的な答えがこれなんだ」
「なら、尚更そのやり方はおかしいでしょう?
私を見てきたなら、私の下で成長したならこんなやり方をあなたは絶対にしない。
わざわざこんな過去に来て、あなた達はこの世界に何を望んでいるの?」
「運命を変える為だよ。
あんな未来が待っているくらいなら、こんな過去は変えた方がいいに決まっている」
「あなたの未来に何があったの?」
「ラウが追っていたカオスの契約者に俺達の世界は滅ぼされたんだ。
十剣は俺以外全員この世を去り……、他国の神器使いの多くも追うように亡くなった。
サリア王国は勿論、ここラークも最終的に滅んだ。
あの世界での戦いに、結果的には勝てたんだがその犠牲が多過ぎたんだ。
だから、こうして俺達は過去を変える為に自分達の世界を捨ててまで動いたんだよ」
「…………。」
「俺は、俺達は他に生き残った僅かな仲間達と共に過去を変えるという決断を下したんだ。
そして時間を溯る為に、姉さんの神器を使用させてもらった。」
「………」
「こっちの時代に来たのは確か二週間前。
それから、散り散りになってそれぞれの目的の為に動いているよ」
「変えた後……あなたはどうする気なの?」
「さあな……?
だが、過去の自分を殺せば俺は間違いなく死ぬだろう。
つまり、処刑を指定したのは、万が一に備えてだ。
いわゆるタイムリミット、この時間までに俺の存在が姉さん達に知られなかった場合に備えてのこと」
「シラフ……」
「まあ、これでわざわざ事件を起こす必要性は無くなった訳だ。
自分達に注目を集める事が出来れば最初の段階としては充分。
明日、誰かを殺す事が無くなったんだ……。
例の予告は行われない、誰かが尊い犠牲になる事は無い事は保障するよ」
「…………」
私が様々な感情を抱き、困惑を抱いていると。
「で、立ち聞きとは趣味が悪いな二人共?」
「っ!」
私の後ろにある建物の物影から、二人が現れる。
現れたのはラノワとローゼンの二人であった。
「いつから、気づいていたんだ?」
「勿論、最初から気付いていたよ……。
まあローゼンは分かっていて、あえて気配を出していただろ。
こちらの実力を測る為にね?」
「そこまで見えていたとは、流石に恐れいるよ」
「恐らく、シトラさんに二人一組で動くように言われたんだろう。
敵の実力が分からない以上、せめて片方でも動きやすくするために」
「シトラのやり方を見通ししていた訳ですか………」
「そうでも無い、こちらに出向く以上様々な状況を想定していたんだ。
こっちにも優秀な指示役が居るのでね」
「それでも、想定の範囲内だとして流石にこちら三人全員を相手取るは厳しいんじゃないのか?」
「やってみれば分かるさ。
まあ戦うとしてもこんな町中で怪我人は出したく無い。
せめて、場所を移していいかな?
君たちも人質がいては戦え無いだろう?」
「「…………。」」
二人は何も答え無い。
恐らく彼の実力はある程度読めているのだろう……。
「それじゃあ場所を移そうか?
場所は、例の西の荒野でいいかな?
姉さんも来ます?」
「私は……」
思考がまとまらない。
どうすればいいのか、どうしたいのか何もかもが定まらない。
今の彼に、剣を向ける事が………今の私には……
「考えがまとまらないなら、例えあなたであろうと二人の足手まといになるだけですか。
そうなると、行くのは二人でいいのかな?」
彼が指を鳴らすと下に魔法陣が出現し三人を包むと光の中に消えて行った。
私はその場に一人残され地面をただ見つめていた。
●
炎天下の下、見渡す限りの荒野にて、視線の先に1人の男の姿があった。
「二人は全力で掛かってこい。
一人ずつでも二人同時でも、どちらであろうとも構わないよ」
「随分余裕がありますね?」
私がそんな事を言うと、目の前の男は笑った。
「話を立ち聞きして聞いているなら、ある程度は分かるだろう。
俺が何者なのかは……」
「なるほど………。
当然、俺達の事をあなたは知っている訳ですか?」
ローゼンが問いかけると、男はうなずく。
「まあ、そうだな。
一応、今のお前達の実力は分かってるつもりだよ」
「気味の悪い事を言う……」
「そうかもしれない、俺も同じ時期にやられた同じ感想を言うだろうよ」
男は腰に差している剣をゆっくりと引き抜いた。
それに応じたのかラノワ達も反応し戦闘に構える。
「いい反応だよ、でも少し遅いな。
年相応、いや単に経験が浅いだけか」
「怖い事を言う……。
どんな生き方をしたらその境地にたどり着ける?」
「色々あっただけだよ、お前達もそのうち分かる。
さっさと始めよう、この暑さは体に堪えるからな」
そして両者の剣が交錯した。




